◆13
大盾を装備しているタンク系騎士が3人、細剣を装備した騎士が2人とエミちゃ、剣を装備した騎士がヒガシンと騎士1人そしてワタシの3人。
合計9人のメンバーで巨大蜘蛛型モンスター【ビネガロ】との戦闘が始まっていた。
モンスター図鑑の情報ではこう記されている。
【ビネガロ】
150㎝程の蜘蛛。黒い甲羅の様な皮膚を持つ。体長程の太い腕を使い餌の捕獲をする。腕の内側には麻痺棘があるので注意。
危険度はさほど高くないモンスターだが、ワタシは全員へ注意し戦闘するように言った。探り探りの戦闘は危険度以上に対象を見て、警戒するのが定番。
何度か攻めているとやはり図鑑の情報の通り、堅い皮膚が剣撃を弾く。迂闊に近づくと長い腕の餌食、距離を取り続けると腕で地面をエグり岩等を投げ飛ばしてくる。
弱点───攻撃が有効な部位を見極めるまで、この攻防は続く。堅い皮膚よりも問題は、全員の集中力が何処まで続くか...だ。
もう何度か麻痺状態になった騎士も現れ、その度パライズポーションや細剣使いの治癒術でデバフを解いているが、何度も同じ事を続ければビネガロもさすがに気づく。
ヒーラーを潰すのが優先だと。
乾いた音を響かせ脚を動かし奇妙に走る蜘蛛。横歩きも縦歩きも出来て、速度も速い。黙って走る姿を見ているワケにもいかないが、何をしてくるのか...。観察する様に戦闘しているとシビレを切らしたエミちゃはフルーレを強く握り、剣術を脚へ叩き込むべく、接近する。
「カバー!」
ワタシは騎士達へ叫び、自らも動く。
「いっ..」
予想通り堅い皮膚に弾き返され、エミちゃは短く声を溢す。ダメージ量は無いに等しいが今の攻撃でターゲットはエミちゃに向けられる。
両腕が衝撃で痺れる中、驚いた事にエミちゃはバックステップして見せた。
使った剣術はスラスト...ディレイクールが予想以上に速い事から、スラストをマスターしている?クチ先だけの冒険者ではない様子。
「ゴー」
エミちゃとビネガロの間に出来た空間へ、盾持ち騎士がワタシの合図で入り込む。
襲い迫るビネガロをシールドバッシュし、激しい衝撃と音が響くも騎士達は踏み堪えた。
「サンキュー、助か、、やば!」
エミちゃが声を出した瞬間、ビネガロは両腕を全開にし衝撃に堪えている騎士を盾ごと一気に挟む。鉄の砕ける音。ギィギィ牙を擦る音。
ワタシを含めた全員が動きを一瞬止めた瞬間、ビネガロは鋏んだ騎士をヒーラー...細剣騎士へと投げ飛ばす。
ビネガロは半回転し、回転でスピードをブーストした上で騎士を投げ飛ばす。
全員が焦り、頭を動かす中、ワタシは鋭く言った。
「よそ見しない!前見て!」
飛ばされた騎士を眼で追う気持ちは理解できる。しかしここで対象から眼を離すのは一番危険な行為。
ビネガロは腕を擦り、牙を擦り、余裕な雰囲気を出してるが、このモンスターも...所詮は雑魚モンスターか。
ビネガロが動きを止めた瞬間、クゥが強く叫んだ。
その声を背に、ワタシは地面を蹴りビネガロへ攻める。
遅れてヒガシンもビネガロへ走る。
妙に濃い魔力を背後で感じるもワタシは足を止めず、大きく踏み込み、ビネガロの前腕へ上から下へと剣を振るべく構える。
するとヒガシンは逆───下から上へと剣を振るった。
ヒガシンの剣撃がワタシよりも早くヒットする様に、ワタシはわざと大きく踏み込んだ。
ビネガロの腕が一瞬上がり、その瞬間を逃さずワタシは剣を一気に下げる。
鉄が激しくぶつかる音、鈍く重い音が追う様に響くと、耳を刺すザラついた声が平原を走った。
身体を反らし転げ回るビネガロ。胴体に近い部分から緑色の体液を撒き散らし悲鳴を漏らす。
ビネガロから離れた位置に自慢の前腕が落下する。
ヒガシンは一旦呼吸を整えるが、ワタシはもがくビネガロへ容赦なく追撃を与える。
腹部を狙い剣を深く突き刺し、剣を手放しバックステップする。
剣はビネガロを貫通し地面にも深く突き刺さり、暴れもがく事も許さない。
悲鳴じみた怒りの咆哮をビネガロが響かせる中、ワタシは鋭く叫んだ。
「エミちゃ!お尻を狙って!」
叫び終えるとすぐに薄緑色の風の刃がビネガロの大きなお尻を貫いた。完熟したトマトが潰れる様な音を残し、風の刃は消滅。
緑色の液体が噴水の様に吹き出る。
妙に濃い魔力はやはりエミちゃ...エミリオのモノか。
「っ!...はは、なるほどね」
そのエミリオはクゥを見て気が抜けた様な声で言い、安心した様に笑っていた。
しかし、すぐにビネガロを見る。戦闘経験値は低いが、流れを理解している。
したっぱの騎士ならば、ここでビネガロを見ず安心しきってしまう。
対象───ビネガロまだ生きている。
脚を器用に使い、腹部に突き刺さるワタシの剣を抜いた。
グジュグジュと漏れる緑色の血液が辺りに散らし、湿った咆哮。そして身体をクネらせる縮める。
縮めた身体を一気に伸ばし何かをエミちゃへ吐き出した。
ビネガロのクチから延びる白いゴムの様なモノがエミちゃの左足ごと地面を被う。
「おええ、キッモ!なにこれ!」
エミちゃは叫び身体を動かすも、足は全く動かない。
足が完全に拘束されていると判断し、エミちゃは細剣を構える。しかしビネガロは細剣を使う暇さえ与えず、一気に動いた。
全ての脚で地面を蹴り、吐き出した白いネバネバする糸を使い、円を描く様に空中移動。ビネガロと騎士達の中間にいたエミちゃは、たまたま糸が直撃しただけらしく、狙いはエミちゃではなく治癒術が使える騎士か。
ワタシは口笛を吹き、剣を拾いに向かう。
ビネガロは腕を大きく開き移動速度も乗せ一気に振るが、腕が当たるよりも早くクゥが騎士を背に乗せ、飛んだ。
口笛を回避の合図だとクゥが判断してくれると信じていたからこそ、ワタシは剣を拾いに行けた。
騎士達の無事を安心する暇を与えず、ビネガロは再び地面を蹴り、今度はエミちゃをターゲットに跳んだ。
回避は不可能と踏んだエミちゃは、なぜか自信に溢れた表情を浮かべ、叫ぶ。
「ならば、来い!」
細剣を強く握り、無謀にもビネガロを迎え撃つ事にしたエミちゃ。
しかし細剣を背負う様に構える。それでは剣がヒットする前にビネガロの餌食だ。
「下から!」
無意識にワタシは叫んでいた。
別にエミちゃを見捨てるつもりは無いが、この状況ならば騎士達に命令するのが今までのワタシだったハズ。しかしなぜかエミちゃへ。
そして...ワタシは無意識に、ビネガロへ向かい走っていた。
距離的に間に合う。しかしワタシは今更何をするつもりだ?迫るビネガロを迎撃?無理だ。速度も速く、剣も騎士団で支給される量産品。
確実に、1ミリも外さずビネガロの関節を斬れば腕は落とせる。が、そんな神業クラスの剣技をワタシは持ち合わせていない。
無理しなければ...エミちゃだけがビネガロにやられる。
自分は助かる。
なのに...ワタシは死ぬ為に走ったのか?バカなのか?
エミちゃだってもう、死ぬ覚悟くらい出来ているだろう。
そう思い、エミちゃの顔を見ると謎の自信が溢れる、もう勝ったかの様な表情。
死ぬとか生きるとか、そんな事考える場面ではない。と言う様な表情を浮かべ叫んだ。
「ど、りゃああああっ!」
直後、ワタシの世界はズレた。
ビネガロの腕に全集中力を使い睨んだ瞬間、薄く重なり、ズレるもう1体のビネガロ。
現実的ではなく、霊体と言うべきか...とにかく本体ではないビネガロが見えた。
そのビネガロは1秒もない短い時間だが、本体より速く動いている。
ここに、この先に動くビネガロの関節へ剣を入れればイケる。
なんの根拠もないが、そう思って疑わなかったワタシは迷わず剣を振った。
両眼の奥が突然、捻れる様に痛むも、無視して剣を。
.....。
「....。」
静寂に呑まれた平原に、何かが落下した。
ビックリした声を小さく溢すエミちゃへ、ワタシは静寂を破り言った。
この時、両眼の痛みは嘘の様に消えていた。
「大丈夫だった?」
「え?」
ワタシを見てエミちゃは元気よく声を出した。
「まさか、ワタポが腕斬ったの!?」
「うん」
「まさか...わたし何もしてない!?」
落ち着きないエミちゃは、ブツブツと呟き頭を抱えたり、細剣をブンブン振り回したり、謎のリアクションをする中でワタシはビネガロを指差し言う。
「アレ斬ったのエミちゃだよ、やるじゃん」
頭から醜い程、裂き斬れているビネガロ。
数分その場でビネガロはピクピクし、消滅した。
ビネガロの消滅を確認し、一気に緊張の糸が切れ、騎士達はその場に座り込んだ。
エミちゃも座りたい様子だが、面白い事に足のネバネバが消滅していない。
「なんだコレ!おいヒガシン!コレ何とかしろ!」
エミちゃは細剣で白いネバネバをツンツンすると、心地よい音が...ポキン と。
「!!?」
真っ白になり固まるエミちゃの肩をヒガシンが軽く叩き、ビネガロ戦の締めを。
「ネバネバドロップおめでとう。剣...どんまい」
◆
エミちゃのネバネバ地獄から何とか解放され、ワタシ達はポルアー村へ帰還。
村長の御厚意で、ワタポとエミちゃはシャワーを借りる事が出来た。
怪我人は宿屋で治療。
無事な者は夕食の準備を手伝う。
エミちゃはシャワーが嫌いらしく、先にワタシが。
温かいお湯が肌を叩く。
ワタシはなぜ...あの時走ったんだろうか?
あの時の眼の痛みは?
過去ばかり見ているワタシへ、神様が「今を見ろ、未来を見ろ」と伝えたかったのか...なんてあり得ない。
ワタシの幸せは...光は過去にしかないんだ。
過去にしか。
「エミちゃ、次どうぞ」
シャワーを浴び終えたワタシは濡れる髪をタオルで拭きながら扉を開く。
「んぁぇ?めんどくせー」
ビネガロの体液まみれでも、全然平気そうなエミちゃは床に転がる。
「ちょ、転がったら床が汚れるってば!」
「うわ、わたしじゎなくて床の方が心配かよー!ってワタポ結構おっぱい大きいね、見して見して」
ビネガロの体液でベットリ汚れる手を伸ばすエミちゃ。
さすがにワタシは怒ってしまった。
「いいから早くシャワー浴びて!汚いんだってば!」
「んぉ、怒るなよぉ....シャワー浴びるから、待っててね」
クチをへの字にし、渋々シャワールームへ入るエミちゃをワタシは見送った。
エミちゃは恐ろしい速度でシャワーを終え、村の人達が御厚意で用意してくれた着替えを着て、ヒガシン達がいるテラスへ。
色とりどりの光が作り出すテラスまでの道。
水色のショートヘアが夜風に揺れ、ワタシを見てニッと笑う。
「お?エミさん、隊長!」
ワタシとエミちゃに気付きヒガシンが恥ずかしい程、手を振る。
普段なら恥ずかしいと思うが、不思議と悪い気はせず、笑顔で手を振り返した。
珍しくクゥは尻尾を振りワタシの足元をクルクル回った。
なんだろう、不思議な気持ち。
今も...悪くないと思える気持ち。
もちろん過去を許したワケじゃない。
でも、今のこの現実は...本当に壊していいモノなのか?
「なにしてるの?行こうワタポ!」
悩み考える必要はないよ。と言う様にエミちゃはワタシの手を掴み、テラスへ走った。
ふわり、ふわり と水色の毛を揺らし。
ワタシの左手を引いて。
左手から伝わるエミちゃの温度がワタシの中にある氷を───完全に溶かしてくれた。
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