◇2



「お!ヒロー!久しぶり!」


「りょうちゃん。名前で呼んだらダメって言ったでしょ?久しぶりだね、みんな最近どう?」



配属された騎士隊がダラダラしている隊だったのでこうして黒の、ギルドの人間としての時間も取りやすい。

と 言ったもののバリアリバルまで行く時間はなくペレイデスモルフォはノムーを拠点としたギルドになっている。

メンバーで最年少の男の子は笑顔の裏側で、眠そうな瞳の奥で誰よりも強い怒りを静かに燃やしている。


「一応ボク達のギルドはBランクになったよ!ヒロ...じゃなかった、マスターのランクはA!」


ワタシ自身がクエストをこなせない現状でのランクアップには秘密がある。

マスターの名を別の誰かが語りワタシのギルド専用のフォンを渡してマスターを演じさせている。

自分でクエストを攻略してもいいのだが騎士としての自分が足を引っ張る。


「ありがとう。もうランク上げはしなくていいから次は騎士団を叩く」


「なるほど...騎士隊を潰して騎士団長を引っ張り出して殺すんだね?」


「そう。騎士隊が襲われ潰されれば騎士団もワタシ達を的に動き始める。それも潰して騎士団長を引っ張り出して殺す」



騎士団長を殺す事。それがペレイデスモルフォの存在理由。やり方なんて気にしていては目的を達成出来ない。

騎士団長を殺し、バランスを失った騎士団を叩き全てを消す。そこにあったという痕跡さえも残らない程に。



「ワタシはまた騎士に戻る。何かあったら必ず報告して」



そう言い残しワタシは白へ。

内側から情報、騎士の動きを知りそれを黒で塗りつぶす為に内部へ。


誰かが内部情報を外へ、ギルドへ持ち出しているとバカでも気付く。団結している様に見えるが騎士団は大きすぎる。小石を落とせばすぐにその団結力は崩壊し大きな隙間が産まれる。不信感と混乱。

この2つの武器があれば簡単に崩れる。それが人間の作った大きすぎる組織だ。



ワタシ達から奪ったモノの対価は必ず支払ってもらう。


その後この街、大陸がどうなっても必ず。








「あーあ、最近物騒だよねー怖い怖い」



故郷を無くして3年、騎士団に入って2年があっと言う間に過ぎ去った。

成人を迎えたワタシはやっと騎士としての自分、ギルドとしての自分の区別がつけられる様になった。勿論はじめから気を付けていたが最近は気を付ける必要もなく、自動的にスイッチが変わる。

空気が抜けている様な声で話しかけてくる騎士。ワタシと同じ隊の騎士だが物騒や怖いと言いつつも眼はダラけている。ここ数年、騎士は本当に何もしない。

騎士という権力で市民を威圧し、任務もダラダラとこなし見合わない給料で楽しく遊ぶ。全ての騎士がそうだとは言わない...でも全体の8割はそんな生活をしている。



「何が物騒なの?平和...じゃん?」



今のうちにこの平和を楽しんでいた方がいい。きっと...いや絶対この平和は終わる。

そんな言葉を鱗粉で包み隣を歩く騎士へ降りかけた。



「まぁ平和なんだけど、最近ギルドの連中がこの平和を脅かしているのです、よっと」



平和を脅かす物騒で怖いギルドの話をしているとは思えない程...能天気な騎士だ。

自分には関係ありません。と言っている様な顔と行動に眉がピクつく。



「ギルドが何かしてるの?」


「え?聞いた事ないの?!」


...すぐこれだ。

自分が他人より何かを知っていて、その他人がそれを知りたがると鼻を伸ばし上に立った様な口調で話す。

噂話に花を咲かせるくらいしかやる事がない今の騎士団はゴミの集まりだ。

過去に何があったか知ろうともせずただ平和と呼ばれる今現在の環境を貪るだけとゴミ虫の巣。


「最近2つのギルドが酷い酷い!1つは蝶のマークを持つギルド、ペレイデスモルフォ!前から騎士を狙い選んで襲撃してくる悪党ギルドだったんだけど最近その攻撃が酷いらしい」


悪党、か。

2年前からりょうちん達には騎士の動きを教えて、その騎士隊を襲わせていた。

最近になってようやく名前が広まり始めたと言うのに何処のギルドだか知らないけど、ワタシ達と似た事をやり始めたゴミ虫がいる。


「そしてもう1つが蜘蛛のマークを持つギルド、トワルダレニェ!ここは騎士を襲って拐ってるらしい!この平和な時代に物騒な事とかやめてほしいよね!」



蜘蛛...トワルダレニェ。

聞いた事ないギルドだがそのギルドが最近ウチの邪魔をする連中か。

どこかのギルドがウチと似た事をして面倒事をウチに押し付けてくるって話は聞いた。

トワルダレニェ...どんな連中で何を企んでいる?


「へぇ。その2つのギルドマスターの名前とか解る?」


「蝶はマカオンで蜘蛛はネフィラ、だったかな...マカオンの情報は全然ないけどネフィラって方は女で結構強いらしいよ。なになに逮捕しにいっちゃう感じ?」


「ははは、まさか」



ネフィラ。

聞いた事ある名前だ。

妙なクローを使う冒険者で実力も中々。その女の蜘蛛ギルドがウチの邪魔をしているのか。


「だよねー騎士隊を相手にしてるギルドなんて上層部隊が出ないと手に終えないってね」


「そう、だよね」



そうか。蜘蛛も騎士を狙って攻撃しているなら上層部隊が出てくるのも時間の問題か。

邪魔だと思っていたが使えるぞ蜘蛛。騎士団長を引っ張り出すまでその手足を借りるか。勿論 目障りに思えたら消させてもらうけど。


「ま!気になるならこの後の会議に参加してみたら?階級問わず参加出来る会議で今日はそのギルドの話らしいし!」


「へぇー」


「んじゃ、行くね。お互い命大事にしよーねー、また」


「はーい」



議題に上がるまでに成長した自分のギルドと隣まで這い上がってきた蜘蛛に興味がある。

それに騎士はどんな対応をするのか決まるかも知れない。

ウチの隊は民間人の手伝いばかりしている隊なので顔を出す必要も報告する必要もない。会議には勝手に参加させてもらおう。




会議が行われる場所へ行くとそこには凄い顔ぶれが並んでいた。

有名な隊長達、そして...騎士団長 フィリグリー。

たかが2つのギルドに対してこのメンバーはやり過ぎではないか...いや、それ程までに2ギルドを評価しているのか。


早速始まると議題はやはり2つのギルドの現状と今後の対応。

平和を乱す存在ならば捕らえるべきだと訴える騎士や別のギルドとの関係もあるので今はまだ と言う騎士も。

表情1つ変えず黙って聞き入っていフィリグリーがゆっくりそのクチを開く。

最終的な決断はお前の言葉だフィリグリー。

どっちのギルドを的にする?

蝶か?蜘蛛か?


「現状、我々騎士団だけで2つのギルドを相手にするのは不可能だろう。どちらも簡単に対応できるギルドではない。しかしどちらかを静めなくてはならないの」


そう言い卓上へ1つの小さな物体が置かれた。紙に包まれた小さな球体...ドメイライトの街でも、簡単に手に入るキャンディーか?

なぜこのタイミングでそれも1つだけ取り出した?


「このキャンディーは先日騎士が民間人から買い取った物だ。中はこの様に...真っ赤なキャンディー」


全員に見える様に包み紙からキャンディーを取り出し卓上へ。ベリー系のキャンディー...にしか見えないが 一体それは何だ?

騎士が民間人から買い取った時点でただのキャンディーではない事は確かだ。


「このキャンディーの名前はバブーンキャンディー」


バブーン...確かバブーンスパイダーという名の低級モンスターが存在していたハズ。


「気付いた者もいるだろう。バブーンとはバブーンスパイダーの事を指す。そして」


今度はキャンディーをペンで叩き割る。キャンディーの断面には小さな粒が見える。

粒が入っているキャンディーなんて何ら珍しくない。唾液でパチパチ弾ける物もあれば泡立つ物もある。話の速度が遅い事へ苛立つもここで目立つ行動だけは避けたいのでフィリグリーの言葉をただ待った。


「この粒はバブーンスパイダーの卵だ」


フィリグリー以外の全員、勿論ワタシも驚き言葉を疑った。

バブーンスパイダーの卵をキャンディーで包んだ?

そんな物を食べてしまったら大変な事になる。バブーンの卵は高温で燃やす以外に排除する方法はなくクイーンバブーンの出産時期には卵排除のクエストが貼り出される。騎士の任務にもなる程だ。

元凶のクイーンバブーンを討伐すればいいのだがこのモンスターのランクはSS...S2だ。最高ランクの危険度を持つクイーンバブーンを討伐するのは簡単ではない。バブーンは雑食でモンスターだけではなく人間も平気で襲い餌にする。バブーンスパイダー自体は低ランクモンスターなので討伐し数を減らしているが1度の産卵で500万匹のバブーンスパイダーが産まれる。そして厄介なのは産まれたてのバブーンスパイダーは僅か1センチ程しかなく何も食べずに1週間で通常の大きさまで育つ。戦闘力の無い民間人は産まれて3日程のバブーンスパイダーに殺される確率は充分ある。


そんな危険なモンスターの卵をキャンディーに仕込み売り捌いている者が存在しているのか。



「このキャンディー 一粒に卵が約200入っている。食べた者は数日後 身体中の穴から数千、数万の子蜘蛛を出産する。出産時の快感に溺れ何度もキャンディーを求めては快感に溺れ、最後は力尽きる。このキャンディーが出回り始めたのはこの2つのギルドが動き始めてからだ」


「トワルダレニェ...」


無意識にワタシから溢れた言葉を逃さず拾いフィリグリー。冷たく鋭い瞳が突き刺さる。


「キミは...新人かな?」


フィリグリーと会話するのは避けたかったがこうなってしまった以上、避ける手段もない。もし会話を避ける手段があったとしてもここでそれをするのは不自然すぎる。


「...はい、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」


自分の名前等は名乗らずただフィリグリーの言葉への返事をしクチを閉じる。名前を聞かれれば言う。しかし自ら言う必要はないだろう。それに新人騎士にそこまで興味もないだろう。


「うむ。それでキミが今クチにした...トワルダレニェ?とは?」


やはり新人騎士には興味を持っていない。

それもそうだ。年間 何百と入隊してくる騎士の1人1人を見ている時間など騎士団長様にはないし見た所で新人など使えない駒を手に取る事はしない。


「はい。先程別の隊の騎士から聞いたお話なのですが、蜘蛛のマークを持つギルドがトワルダレニェというそうでして...安易な考えなのですが蜘蛛の卵を使っているのは蜘蛛のギルドではないかと...」


「うむ。我々騎士団はこれよりバブーンキャンディーについての情報を積極的に調べ集める。ギルドの件はペレイデスモルフォではなくトワルダレニェの動きを監視する。怪しい動きがあった場合でも独断で行動せず必ず1度私へ連絡を入れ指示を待つ様に」



これで騎士団の的は決まった。

蜘蛛のマークを持ち、目障りな動きをするトワルダレニェ。

キャンディーの情報は騎士団にいれば嫌でも手に入る...ワタシ達ペレイデスモルフォはギルド トワルダレニェの情報を優先的に調べる事にしよう。


邪魔するならギルドごと消すまでだが、騎士団とトワルダレニェが衝突してくれればワタシ達も動きやすい。



今は手を出さず空から地面を這いずる蜘蛛と騎士の動きを見させてもらうよ。





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