◇8




メイルプシロップを混ぜた様に甘い湖、緑色の魚が跳ねる。

馬車で移動する商人から買った古い釣竿と地図。

リス達は木の実をかじり鳥達は楽しそうに唄を歌う。


「プンちゃん釣れた?」


茂みから顔を出し、肩くらいまで伸びた髪を揺らしボクを見て不安そうに呟く少女。


「3匹釣れたよ!ひぃちゃんは?」


半妖精ハーフエルフのひぃたろ。耳はボク達と変わらない大きさだけど形は違って尖っている。ハーフなので長く伸びた耳にならなかったらしく、髪で隠れるので帽子などを被る必要はない....まぁ、ボクは隠す必要もないと思うけどね。


「私は沢山採れたわよ」


そう言って沢山のキノコや木の実をボクに見せてくれるひぃちゃん。

予想以上の量にボクは少し驚いた。


一時は無愛想で───と言っても感情を奪われていて、心に鍵が掛けられていた様な状態だったひぃちゃん。

感情を取り戻した直後はまだ温度の無い声や表情だったけど、時間が経てば身体に、心に、感情が溶け込む。



「む、ボクも負けられないなぁ.....。お?おぉぉ!?これは大物の予感!ヌシかも!」



商人から安く譲ってもらった釣竿が軋む程しなり、少し湖へ引かれる。この手応えは今まで感じた事のない、大物だ。


「ヌシ...って?」


首を傾げ質問してくるひぃちゃん。

ヒットした大物を釣り上げたくて必死になっていたボクは、大声で答える。


「この湖のヌシだよ!ボス!リーダー!お父さん!」


「お父さん??」



お父さん...はちょっと違うかも。と思った瞬間、ヌシは更に力を強め、ボクを湖へ引く。負けじと気合い充分の叫びを響かせ、釣竿を引き上げ様とするも、さすがヌシ。全然勝てない。


「ひぃちゃんも、手伝っ....て!」


ボクの声と表情を見たひぃちゃんは、首を更に傾げゆっくりボクの方へ歩み寄り、釣竿を握った。


「プンちゃん、少し放して」


「ダメだよ!1人じゃ無理だってば!」


「大丈夫」



余裕と言うか...そんな雰囲気を感じさせるひぃちゃん。ボクは数秒だけ、ひぃちゃんに任せてみる事にした。


ボクが釣竿を手放した瞬間、ガクッと釣竿が下に下がり、ズルズルと足が湖の方向へ。


「やっぱり1人じゃ無理だよ、ひぃちゃん!」


急ぎ釣竿へ手を伸ばそうとした瞬間、ボクは足を、手を止めた。


釣竿に微かな無色光が...。


直後、ひぃちゃんは釣竿で右下から左上へと斜めの斬り───の様なアクションで釣竿を上げる。

すると糸も高く上がり、先にはオレンジ色の巨大な魚が、甘い水飛沫みずしぶきを盛大に飛ばし、文字通り釣り上がった。



「すご...おっきい」


「あれが...ヌシ?」



噂のヌシは宙でボク達を見て、眼を一瞬輝かせ、牙を剥き出しに、ボク達が立つ陸を狙い....



「え、やば、ひぃちゃん早く!」


「早くって、何をどうすればいいのよ!?」



巨大魚は降ってきた。










半年前ボク達は出会った。



竜騎士族の里を失い、帰る場所を無くしたボクは薄暗く湿った雰囲気の牢で、半妖精ハーフエルフと出会った。



殺風景で暗いボクの世界に強い光を、忘れかけていた事を、半妖精のひぃちゃんは思い出させてくれた。


ボクを育ててくれた竜騎士族のみんな。研究所で出会ったみんな。ボクを助けてくれたみんな。そして、ボクに大切なモノを思い出させてくれた半妖精ハーフエルフ



失い無くしたモノは確かにある。でも、全部無くしたワケじゃないんだ。






湖を離れ森を抜けた先には価値観の違う世界が広がっていた。

見た事もない建物。

見た事もない食べ物。

聞いた事もない物、全てが知らないモノで溢れている世界。



「ここが、この地図の終わりだね...」


ボクは手に持った古い地図を見て呟くと、ひぃちゃんが看板を見つけ読み上げる。


「自由の街 バリアリバル」


「「...すごい」」


声が揃った事に笑い合うボク達の前を様々な装備の人々が通過する。



「冒険者がいるよ ひぃちゃん!」


「うん!ギルドとかもあるのかしらね?テイマーや魔女、猫人族も!」


「ボクは武器と防具を見てみたいなー!」



話で聞いた世界、本で見た世界が眼の前に広がっている。

まるで絵本の中に飛び込んだ様な気持ち、眼の前に広がる世界はボク達の想像を遥かに越えた素敵な世界。




「...ひぃちゃん。ボクはリリスと妹を、モモカを探す」


「私も一緒に探す。プンちゃんが取り返してくれた感情はとても大切なモノだった。凄く助かった。だから次は私が、プンちゃんを助けたい」


「ありがとう、ひぃちゃん」




不思議な気持ちだ。

知らない世界への不安、リリスへの恐怖や怒りも、今は無い。消えたワケじゃないけど、今この瞬間がとても綺麗で、とても儚いモノに思える。



「プンちゃん」


「ん?どうしたのひぃちゃん」



隣にいる半妖精のひぃちゃんは、瞳にたしかな色を宿し、街へ入る為に渡る橋を見ていた。



「この先が私達の知らない世界で、冒険者の世界ね」


「そうだね」


「...行こう、プンちゃん」


「うん!」






長くて辛いプロローグが終わったんだ。ここから始まるボク達の物語。

この先何が待っているか、どんな未来に、結末になるか誰にも解らない。



それでも、ボクは、ボク達は前へ進む。



リリス。

ボクは必ずキミを...。


モモカ。

待っててね。お姉ちゃんが必ず行くからね。















渇いた風が金色の髪を優しく撫で、桃の花弁はなびらが薄い足を撫で、落ちる。



「金色の子狐と桃色の半妖精はやがて大人になり、青髪の魔女や白黒の騎士と出会い、色々な世界を見ていくのでした。おしまい」



手に優しく降りた桃の花弁は小さく揺れ、風に乗って、ふわり、ふわりと。



「えぇー!もっと聞きたいよ、お狐様!」


「ボクも!」


「わたしも!」



子供達が声を出すと、桃の花弁はゆっくり、優しく子供達の元へ、優しく。



...子狐の物語は、もう終わったんだ。


狐の物語も、もう。



桃の花弁を手に乗せ微笑むと、1人の女の子が、自分の所へ届いた桃の花弁を、開いた手に乗せてくれた。


それを見て他の子供達も花弁を。



「...ありがとう。さぁみんな、今日はここまで、迎えが来たよ」



子供達の家族が迎えに来る頃、空はあたたかい夕方色に染まり、カラス達は懐かしい歌を奏でる。


手を繋いで歩く子供達を見送っていると、最初に桃の花弁をくれた女の子が戻ってくる。



「明日はお姉ちゃんと来てもいいですか?」


「うん、いいよ」



そう答える頭を撫でた。

女の子はニッコリ笑い、母親の元へ駆け戻る。

途中、つまずき転んでしまうと、母親は驚き子供の名前を呼んだ。



「モモカ!大丈夫!?」


「えへへ、転んじゃった。でもモモカ泣かないよ!」



心が少し、ほんの少しだけ小さく揺れる。


桃の花に触れる度、思い出す。


桃色の髪を揺らし、走っていた妹。



戻らない日々の、優しくてあたたかくて、痛む思い出。








桃の花が咲き、散った。


少し遅れて、紅く黄色の狐の花が咲く頃。




ボクはまたみんなに会えた。


透き通る身体を寄せて。



「プンちゃん」


「プンプン」


「お姉ちゃん」


「....お母さん、お父さん、モモカ。ただいま」









人は、命は、線香花火みたいなものなんだ。

揺らすと落ちちゃうしいつか消えちゃう。

脆くて弱い。

でも、だからこそ精一杯長く輝ける様にするんだ。



いつかは消えちゃうかもしれないけど、大切に、大切に....ね。







「....おやすみなさい。プンちゃん」








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