◆7




ボクの言葉に男は黙り、殺意を膨れ上がらせた。


男の言葉にボクは怒り、感情を赤く高ぶらせた。



もう怯えない。もう眼を反らさない。

必ず助けるから、どんな事をしてでも取り戻すから、待っててね。ひぃちゃん。




自分に気合いを入れる様に叫び、竜騎士族の里に、ボクの家に昔から飾られていたカタナを強く振った。

動きを見て、予想して、攻撃する時は狙い、防御する時は確実に。


「....動きは良くなったが、その程度じゃ話にならねぇよ」


冷たい表情のまま男は呟き、予想を越えた動きでボクを簡単に斬った。


何度も何度も、武器をぶつけ合った事で男の剣は刃がボロボロに、比べてボクやひぃちゃんの武器は綺麗まま。

ボロボロの剣刃で斬られた事で、痛みはあるもダメージ量は見た目ほどない。

すぐに立ち上がり何度も攻め、その度ボクは斬られる。


それでも、守りたいモノがあるから、ボクは負けられない。


「いい加減飽きた...モルモットが1匹、二匹減っても問題ないだろ」


生きる事を諦めていたボクはモルモット以下だった。そんなボクに生きる理由を思い出させてくれたのは半妖精、ボクと半妖精を繋いでくれたのは鼠のお爺さん。

ここにいる人達は実験動物じゃない。

ここにいる人達はみんな、同じ 人 だ。


「消えろモルモット」


腹部に強烈な痛みが走り、全身に熱が通る。


何をどう足掻いても今のボクじゃこの男には勝てるワケもなく、剣を突き刺され死と言われるものが近付いてくる感覚を知った。


腹部から剣を抜き取られ、グラスを倒した様に溢れ出る血液。足下は赤く濡れ、視界は霞む。


こうやって人は、殺されて死ぬんだ。こうやって...モモカは殺されたんだ。


ごめんひぃちゃん。

ボク、キミを助ける事が出来なかった。


ごめんモモカ。

お姉ちゃん、モモカを終わらせてあげられないや。




─── バチッ。




またあの音が聞こえた。

弾ける様な音...何の音だっけ?




─── バチッ。




ッ. . .痛い。全身を細い針で刺された様な痛み。

この後、毛が逆立つ感じがして、瞳が熱くなるんだっけ。


これは...確か。



「待って、...まだ、返してもらってないから」


これは...ボクの力だ。

化け狐みたいになっちゃうけど、化け狐になってでも、ボクはひぃちゃんを助けるって決めてたんだ。


「ボクはまだ終われないよ」


熱を宿した瞳で男を睨み、ボクは強く言った。その直後、全身を包む様に青白い雷が溢れ出た。肌を強く刺す痛みも、熱を持つ瞳も、そんなの今はどうでもいい。


肩や腹部の傷口から溢れる血液はチリチリと焼け消える。



「お前...なんだよ、それ...」


「返せよ。ひぃちゃんの感情」


「なんだよお前、なんだよそれ」


男はボクを見て怯える声で言った それ は、今ボクの頭から伸びた幅広の狐耳の様なものと、背で揺れる幅広の尻尾。


「何でもいいから返せよ...それはひぃちゃんのだ!」


翔ぶ様に床を蹴り、線の様に流れる視界の中で、瞳がハッキリ捉えている男へボクは雷を帯びたカタナを振った。

轟音を響かせ落雷の様な斬撃が男を襲い、床に穴を開け吹き飛ばす。


「ふざ、けんな...。ふざけんなよお前!俺はここの」


「お前は失敗作だ!」


そう叫び一瞬で距離を消し、カタナを振った。男は剣でガードするも、接触する感覚も無く剣を斬り、そのまま男の胸に浅い一太刀を与えた。

傷は浅いも、青白い雷が男の全身を駆け回り、身体をビクビクと揺らし、男は力無く倒れ動かない。


「...おやすみ」


ボクは倒れた男へそう呟くと、音が突然遠くなり、自分の心臓の音が妙に大きく聞こえた。


自分を落ち着かせる様に息を吐き出し、速まる心音を安定させると、ボクを包んでいた雷は弱く弾け消えた。

瞳の熱も肌を刺す痛みも消え、疲労がのし掛かる。


「っ、まだ倒れちゃイケナイ」


カタナを床へ突き刺し、身体を支え、倒れる事を拒んだボクはゆっくり男へ近づき、腰に吊り下げられていた革の袋を取った。


やっと取り返した。

ひぃちゃんの感情のクリスタル。

これで沢山...話が出来るね。

これでやっと一緒に、泣いたり笑ったり出来るね。


安心したのか、ボクは揺れ、そのまま倒れそうになる。


そんなボクを受け止め支えてくれる温かい手。


「ひぃちゃん...。これ、キミのでしょ?」


革袋を渡し、ボクはゆっくり座り、そのまま倒れた。


「大丈夫、ちょっと休むだけ。それより早く感情を戻しなよ。今度はキミの声でボクに色々話してよ。そして2人で、沢山笑おう」


ひぃちゃんは頷き、革袋から綺麗な緑色のクリスタルを最初に取り出した。

自分の胸に当てるとクリスタルは輝き、スッと溶け込む。


今のは何の感情かな?



「.....、ありがとう、プンちゃん」



まだ表情はなく、無愛想な声音だけど、声が、ひぃちゃんの声が聞けた。


「ボクの方こそ、ありがとう。ひぃちゃん」








温かい涙。

温かい笑顔。

優しい声。


人が、生き物が当たり前の様に持って産まれるもの。

それが感情 ───心。


自分の気持ちに、心に鍵をかけられていた半妖精はその鍵を解き、感情をクリスタルではなく、滴に変えて溢れさせている。


悲しいからじゃない。

安心して、嬉しくて、自然と溢れてくるものなんだ。


恥ずかしい事じゃない。

心から喜び、心から溢れてくる当たり前で、綺麗なものなんだ。



「プンちゃん...」


「ひぃちゃ、痛っ...」


「無茶して...心配したんだよ」


「...ごめん、ひぃちゃん。ボクは大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないわよ、傷...見せて」


涙を拭き取り、ひぃちゃんはボクの傷を見て、両手をかざして唇を震えさせる。

すると温かい光がボクの傷を癒しはじめる。


これは...治癒術。


「ひぃちゃん...治癒術が使えるの?」


「傷を一時的に癒すだけのものだけど」


「凄いや!ボクそーゆーの全然出来ないからさ。凄いや」


「べ、別に普通よ!そんなに大声だしちゃ傷が痛むわよ」



本当に凄いよ、ひぃちゃん。

治癒術もだけど、それ以上に...ここで感情を奪われ、独り泣く事も出来なかったのに、生きる事を諦めずに。

凄い強いね。ひぃちゃん。



「ボクの傷はもう大丈夫だから、次はひぃちゃんの傷を...アレ?ひぃちゃん、傷が」


完治しているワケじゃないけど、傷が癒えている。


「私は ──────!?」


「うわっ、なに!?」


ひぃちゃんの傷がなぜ癒されているのか、その話をしていると突然大きな音と揺れが。

数秒後、焦りを煽る様な警報がうるさく響く。


「なにこれ!?ひぃちゃんなにこれ!?」


「私に聞かれても知らないわよ!」


ボク達の声と響く警報音で、倒れ意識を失っていた最高傑作の男が眼を覚ました。


「ハハ...これが聞けるとはな」


「...ねぇキミ、何が起こってるのか解るの?」


ボクが男へ質問すると、男は笑い、揺れ震える瞳で答える。


混合種キメラやモルモットが反乱を起こした時に鳴る、殺し許可の合図だ。お前等が混合種や牢のゴミをそそのかしたから、みんな殺されるんだよ」


男の答えにボクとひぃちゃんは固まった。ボクが勝手に牢を出て、この建物を走り回ったせいで...みんなが、関係ない人達が殺される...。


「プンちゃん!」


「っ...ボク、だって、こんな事になるなんて...」


「プンちゃん!」


「?...ひぃちゃん」


「行くわよ」


「え?」


「みんなの所へ。速く!」


考えがハッキリしていないボクをひぃちゃんは強引に立たせ、ボクはただひぃちゃんの後ろをついて走った。


不安を逆撫でする警報と焦げる臭い。

ボクはみんなを巻き込んでしまった...?ボクがみんなを...みんなを殺した?


長い廊下を走り抜け、螺旋階段を降りると、混合種達がいた広いエリアに出る。


機械は火を吹き、黒い煙が黙々と上がり、人間や混合種が倒れていた。


「ボク、ボクは...」


「プンちゃん!...落ち着いて聞きなさい」


ひぃちゃんは強くハッキリした声でそう言い、ボクの肩を掴み言った。


「こうなってしまった以上、ここから出る事だけを優先に考えるの。悩み苦しむのは後でいくらでも出来る。私は...こんな所で死にたくないし、プンちゃんはこんな所で死んじゃいけない」


「でも、でも」


「助けられる命があったら助ける。でも自分の命を優先しなさい。いいわね?」


ボクは頷き、ひぃちゃんの後ろを走った。


広場の中心は酷い有り様だった...。ボクのせいで、ボクの勝手がみんなを巻き込んで、みんなを殺した。

ここのみんなも、竜騎士族のみんなも、ボクの勝手が...みんなを殺した。


奥歯が震え、お腹から何かが登ってくるのを必死に堪えるも、走る速度は徐々に低下する。


「プンちゃん!」


ボクを見て足を戻すひぃちゃんへ、震えた声を投げ掛ける。


「ボクは、違うんだ。ボクはそんなつもりじゃ、ただボクは」


「わかってる。私がプンちゃんの立場でも多分同じ事をしたわ。助けたいと思ったら誰だって同じ事を選ぶ」


「でも、ボク、イヤだよ!ボクはみんなを殺したくないのに、ボクがみんなを殺したんだ、ボクはやっぱり生きてちゃイケナイんだよ、ボクわかんないよ、何でボクばっかり」


歯が、唇が、手が、全身が震える。怖くて、ボクのせいで、みんな殺される。


「なにやっちょるんじゃ!」


大声。

爆音にも負けない大声が響き、ボク達の元へ走り寄ってくる複数の人影。


「あなたは...」


ひぃちゃんが人影を見て呟くと、大声の主は言う。


「ほおぉ、声が戻ったんじゃな...綺麗な声じゃ」


ボクの前、ひぃちゃんの横の牢にいた、鼠族のお爺さんはひぃちゃんの声を聞き、優しい声でそう言った。


「おい、爺さん!ここもヤバイ!早く逃げないと」


獣系の混合種がそう叫ぶとお爺さんも頷き、ボク達へ言う。


「逃げるんじゃ。お前しゃん達だけは何としゅても逃げ切るんじゃ」


「でも、ボク、勝手が、みんなを殺して、ボクは」


「お前しゃんの為にみんなしゅんだ訳じゃない!みんな自分の為に逃げ、自分の為に命を使ったんじゃ!命を粗末にしゅる事が、みんなへの裏切りじゃぞ狐っ娘」



みんな自分の為に...自分の為に逃げて、自分の為に戦って、自分の為に命を使った。

ボクは今、自分の為でも誰かの為でもなく、命を使う事も考えず、捨てようとしていたんだ。

ボクの両親が伸ばしてくれた命、竜騎士族のみんなが伸ばしてくれてた命をあの時も捨てようとした。モモカが命を伸ばしてくれて、魅狐の力が命を伸ばしてくれたのに。

今のみんながこうして...それなのにボクは。


「プンちゃん」


「...行こう、ひぃちゃん」


「...、うん!」


ひぃちゃんはボクの顔を見て、眼を見て、強く頷いた。


今は迷ったり、苦しんだりしてる時間はない。みんな必死に生きる為に進んでるんだ。


ボクも、一度は諦め捨てた命だけど...ボクも。





ボク達は必死に出口を目指し走った。途中、命を終わらせた者を見て、胸の中が強く掴まれる感覚に耐え、ただ足を動かした。



「出口だ!」


混合種の1人が光射す場所を指さす。やっと、やっと外に出られる。ボクを含めた全員がそう思った瞬間、ボク達の足下に黒の球体がいくつも転がってきた。赤い光が中央で点滅する黒の球体...これは?


「「 !? 」」


球体を見ていたボクとひぃちゃんを獣系混合種が大きな手で掴み、出口の方へ投げ飛ばした。

なぜこんな事をしたのか、なぜボクとひぃちゃんを出口方向へ投げたのか、その瞬間は理解できなかった。でもすぐに、


「お前らは死んでも生きて逃げきれ!お前らがいたから俺達は最後に正直になれた!」


混合種は太く荒々しい声でそう叫び、鋭い歯を見せ笑った。他の混合種も笑い、牢にいた人達は真っ直ぐボク達を見て頷いた。


「最後にお前しゃん達に会えて、ワシらは幸しぇ者じゃい。諦めず確り生きなしゃい」



鼠族のお爺さんの言葉はボクとひぃちゃんの耳には届かなかった。

黒の球体は点滅を早め、爆発し赤い爆炎がみんなを呑み込み、ボク達の視界を消した。


爆風に運ばれ、ボクとひぃちゃんは出口から吐き出されるも止まらず、数メートル飛ばされ地面に身体を落とした。


「みんなが、みんなが!」


黒い煙が溢れる研究所へボクは戻ろうと足を動かすと、ひぃちゃんがボクを掴み止める。


「離して、みんなが、みんなが中に」


「いい加減にしなさい!」


渇いた音が一度響き、遅れてボクの頬は熱を持った。


「どんな気持ちで、どれだけの覚悟で、みんなが私達を助けてくれたと思っているの!今戻って死んだら...みんなの気持ちも覚悟も、全部無意味だった事になる!」


「....」


「竜騎士族もプンちゃんや妹だけじゃなく、みんなを助ける為に、生かす為にそのリリスって奴と戦ったんでしょ!お爺さんや混合種のみんなも、そうやって戦って、最後の最後に私とプンちゃんを生かす為に命をくれた!命を簡単に捨てさせる為に助けてくれたんじゃない。そんなつもりで助けてくれたんじゃない!」



頬が熱を高める。

熱くなって、少し痛くて。

ボクは今生きてるんだ...。


竜騎士のみんなも、ここにいたみんなも、モモカも、もう痛いって思えないんだ。


全部ボクに渡してくれて、ボクを生かしてくれたんだ。


それなのにボクは全部無くしたと思って、全部無くなったと思って...みんなが命を差し出して助けてくれたこの命も、無くそうとしてた。



ボクは馬鹿だ。

みんなから貰っていたのに、それでも何も無いと思っていた。


竜騎士達もここのみんなも、ボクに大きくて大切なモノをくれたのに、ボクはそれも捨てようとしていた。


馬鹿だ。



「みんなの気持ちを捨てないで、生きよう。妹を救ってあげられるのはプンちゃんだけよ...。私も手伝うから、支えるから、進もう」



涙に濡れ、溺れた声でボクは泣いた。



どんなに辛くても、苦しくても、ボクは生きる。

泣いても、叫んでも、精一杯生きて、生きて、生きる。



ボクを辞める時が来たらみんなの所へ行って、今度こそちゃんとお礼を言おう。


ちゃんとお礼を言って、どんな風に生きてきたか、どんな事があったのか、辛い事も楽しい事も、全部全部みんなに話そう。



精一杯生きた証を、今度はボクがみんなへ渡す番だ。



その時まで、みんな、待っててください。





「...ありがとう、みんな。ひぃちゃん、ありがとう」







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