◆6



誰よりも早く眼を覚ました。

まだ静かな研究所で、今が朝か夜かもわからない場所で、あの夜を思い出す。


リリスは...どうしてあんな事をしたのか。そんな事考えても解らない。

でもきっと あの夜の様な事を繰り返す。

誰かの大切な人を奪って笑って、、、。


もうボクみたいな思いをする人を、モモカみたいな辛い思いをする人を生ませちゃイケナイ。

ボクが止めるんだ。

リリスも、操られてるモモカもボクが...。


リリスを止めて、モモカにおやすみを言った後、ボクに何が残るのか...そんな事はその時にならなければ解らない。死ぬのはその後でも遅くはない。


リリスは憎い。殺してやりたい。


でもリリスから誰も助けられなかった自分は、もっと殺してやりたいと思う。


逃げたくて、泣いて...結果全部を失った。



もう絶対にあんな思いするのは嫌だ。今度こそ、絶対に大切なモノを守ってみせる。


ボクを黒く冷たい海から救い上げてくれた半妖精の彼女をボクが助ける。

実験とか最高傑作とか、そんなモノの為に人の命を、気持ちを、感情をもてあそぶなんて許せない....。


ボクは今日、錆び臭い鉄格子の日々を終わらせる。

モモカの願いを叶える為、リリスを追う為に外の世界へ行く。奪われた感情を取り戻して、ひぃちゃんと一緒に。



ボクに生きる理由がある事を思い出させてくれた、いや...気付かせてくれた。

自分の感情が1つ、また1つと奪われているのに他人であるボクを心配してくれた。

そんなひぃちゃんをボクは助けたいんだ。


それに...感情も完全に奪われたワケじゃない。

少し残る感情の欠片を心を守って、奪われた感情の結晶を取り戻す。


こんな研究...やってる事はリリスと同じだ。

自分達の為に他人を簡単に踏み潰す。


こんなおかしな世界を変えたいとか、世界に住むみんなを守りたいとか、そんな大きな事は思わない。

でも、自分の手の届く範囲にある大切なモノだけは守りたい。





その為に力が必要なんだ。


魅狐みこでも化け狐でも、何でもいいから、大切なモノを守る力を...。





『驚いた。キミからボクに話しかけてくるなんてね』


...あの時の声だ、ボクの頭の中に話しかけてくる、ボクの声。



『もうボクからキミには話しかけれない。でもキミからボクには話しかけれたみたいだね。いいよ。使いなよ。この力はキミのモノ。でも忘れないで...この力を使い過ぎると戻れなくなっちゃう』


?...髪や眼、耳や尻尾が?


『それもだけどキミも戻れなくなる。この力は悪魔の様な力。悪魔に心まで奪われたらキミはもう戻れなくなる。こうして会話するもの今日で最後になると思うから、忘れないで。怒りや憎しみだけで扱える力じゃない。自分を見失わないで。キミには生きる意味や理由があるんだろ?助けよう...半妖精もモモカも』





銀色の髪、狐の耳と尻尾、真っ赤な瞳と、顔には知らない模様を持つボクはボクにそう言って、ゆっくり薄れ消えてしまった。





どこにあるかもわからないこの研究所では毎朝朝食が配られる。味の無いスープと白くないパン。これを受け取る時だけがこの檻から出るチャンス。

ボク達に毎日朝食を配る人は研究者ではなく、朝食を作り配るだけの存在。

ボク達が暴れたりした時の対応方法は知らないハズ。

もし知っていても武器を持たないこの人達には何も出来ない。


ボクの牢の鍵を開けるその時を、虎視眈々こしたんたんと待った。

顔まで隠している男が2人ボクの前に来て沢山ある鍵からボクの鍵を探し、開ける。


「...ッだ!」


ボクは短い気合いの言葉を無意識に溢し、鉄格子の扉を左足 ───足枷がない方の足で強く蹴った。そこから回転しつつ全身の力を使って右足を振る。

カタナを好んで使っていたからこそ、全身の力を使って重いモノを操る感覚がボクにはある。


左足で蹴った錆び付いた扉は狙い通り蹴り抜け、1人を圧し飛ばした。直後、右足の鉄球がもう1人の男を地面へ叩き付ける。

一瞬の事なのに、想像以上に体力が減り、疲労感がボクを襲うも、ぐずぐずしてる時間はない。

すぐに2人の首部分をグーで殴り気絶させる。竜騎士になりたかったボクは剣術だけじゃなく、体術も頑張っていた。こんな所でそれが役に立つとは思わなかったけど...それに殴る方も手が痛くなるんだ...。

そんな事を思いつつ、鍵の束を拾い、


「動くな!」


気絶させる事に成功したのは1人だけで、もう1人の男は気絶していなかった。

男はボクに見た事もない小さな何か...武器?を向け、歯を剥き出しに震える。


そして1度身体が揺れ、男はその場に倒れた。


「大丈夫きゃい!?」


ボクの向かい側の牢にいた鼠のお爺さんが食器を男の頭に投げ当て、助けてくれた。


でも、ボクが勝手にやった事に対して手を貸すなんて...ボクがどこかで捕まって失敗に終わるならそれはいい。でもこんな事するとお爺さんも研究者達に、


「おじょうちゃん達には未来がある!こんなすけったばそで終わってはならん。あの娘をたしゅけるんじゃろ?行きなしゃい」


ボクがここを出ようとしていた事を知っていた?

なら、


「ならお爺さん達も」


「ワシゅらに構っておったら他の者が来てしゅまう!早く2人で行きなひゃい!」


牢からボクを見る強い色を宿した瞳。覚悟...。

他のみんなもボクにその瞳を向ける...あの夜ボクのお父さんが見せた瞳と同じだ。


「...、ッ!」


ボクはすぐに足枷を外し、ひぃちゃんの牢を開き同じ様に足枷を。

説明なんてしてる暇は無い。ただ一言「行こう」と言い手を掴む。

鉄球から解放された軽い足を動かしボク達は最高傑作が居るであろう上を目指す。


「...お爺さん。ごめん」


そう言い、持っていた鍵をお爺さんの牢へ投げ入れ埃っぽい湿気ったこの場所を出た。


迷う時間はないんだ。

お爺さんが助けてくれたのに、迷って無駄にするワケにはいかない。見捨てる様な真似して、ごめんみんな。





牢部屋を出てすぐに血液を採取された部屋に。

幸運にもこの部屋にはまだ誰も居ない。

ここでボクは武器になりそうな鉄の棒を手に取り、壁に貼られる地図を見ながらひぃちゃんへ簡単に説明した。


「今日ひぃちゃんは心を奪われて、その後は死ぬまであの牢に居る事になるんだ。そうなる前に奪われたモノを取り返してここを出よう。外の世界へ一緒に行こう」


そう言い今ボク達がいる場所を地図で確認し、地図に赤い星マークが書かれた場所を見る。

この星は初めから書かれていた訳ではなく、後から人間の手で追加されたモノだ。

間違いなくここに最高傑作がいる。

振り向きひぃちゃんの手を掴もうとした時、ボクに1枚の紙を見せる。

そこには「お爺さんの話は聞こえた、ありがとう」と書かれていた。ボクは頷き「行こう」と短く言い次の部屋へ向かう。


この部屋から階段を登ると広い部屋へ、その部屋の中央にある階段を登れば星マークの部屋へ到着する。

地図通り大きく広い部屋に出た。

ここにも...誰も居ない。

巨大な水槽の様なモノが沢山あり中には人間の形をした人間ではない生き物が入っている。

管に繋がれて緑色の液体の中で眠るそれは突然眼を開き管を強引に引きちぎり水槽割って出る。


シュー...と溜めていた空気を漏らし血走った眼でボク達を睨む。


「なんだ...?」


ボクの声に眉をピクリと動かし、鋭く伸びた爪で迷いなくボク達へ襲い来る。

牢を出て僅か数分、まさかこんな怖いモンスターに襲われる事になるなんて。


爪攻撃をギリギリ避け、距離を取り様子を見ていたボクから、ひぃちゃんは鉄の棒を奪う様に手に。

そして迷わず近くのモンスターの頭を...潰した。

不快な湿った音と、飛び散る奇妙な液体。

仲間が殺された事で他のモンスターは怒り、ひぃちゃんをターゲットにするも...表情1つ変えず..変えられずモンスターの頭を確実に狙い、潰した。


時間にして僅か2.3分だろうか。数匹のモンスター全ての頭を潰し、全滅させ、ひぃちゃんは紙に文字を書きボクに見せる。


〈人間にもモンスターにもなれない混合種キメラを救う方法は殺してあげる事以外ない。今ここでの迷いは自分を殺す事になる〉


混合種...そんなモノが本当に存在していたとは...でも、確かにひぃちゃんの言った通りだ。人間にもモンスターにもなれない混合種は...この研究所がなくなったら何処どこにも居場所は無くなり、自分達を組み作った人間に、殺されて終わる。


「アァ...ア」


突然聞こえた湿った声と引き摺る様な音。その方向を見ると...人間とモンスターが混ざった混合種が、でもさっきの混合種とは違って...涙を流してクチをパクつかせていた。


昔本で見た亜人種デミヒューマンのゴブリンやオークに似た、姿。

ブタの鼻、汚れた様な黄色の瞳からは涙を流し、破れ裂けた様にボロボロの幅広い耳からは膿の様な液体を滲ませる黒緑の肌を持つ....。



「助テ、殺テ、オデも殺テ」


「え、今...喋った?」


確かに聞こえた。ボク達と同じ言語を使って、喋った。


ボク達を見て、手を伸ばし、涙を流して...助けを求めている様に。


ここは何だ?

研究所?違う。ここはまるで地獄じゃないか。

この混合種キメラは人とモンスターを無理矢理組み合わせられた、元はボク達と同じ、人だったんだ...それを、人間は...。


「...ひぃちゃん。それ貸して」


ボクはひぃちゃんから鉄の棒を受け取り、混合種の前まで歩いた。

一歩進めば視界が湿って、もう一歩進めば視界が揺れ、混合種の前で止まった頃には頬から流れた。


「ごめんね。ボクにはキミを助けられない...ごめんね」


「アァ...ガト」


「...、、ッ!」


鉄の棒から指へ、腕を通って肩、全身へと伝わる衝撃。

耳に届く鈍く湿った音。

ボクには混合種キメラ達を助けられない。

だからって殺していいワケじゃない。でも...この人はボクに涙を流して「殺して」と言った。

それがこの人にとって一番の願いで、救いだったんだ。

殺される事が、終わる事が唯一望めた救いだったんだ。


「あ、あぁ...神様...」


「!?...」


また声が聞こえ、涙で汚れた顔を向けると...地獄は終わっていなかった。

肥大化した上半身と、痩せ細った下半身を持つ、今度こそハッキリ聞こえる言語でボク達を見て、涙を流す...混合種キメラの集団がそこに居た。


「神様、神様...ありがとう」


ボク達を見て、拝み、涙を流す混合種。

嗚咽を吐き、床に顔を擦り付け泣く混合種までいる。


みんな...元々人なんだ。

辛くて、死にたくて、でも死ねなかった時、ボク達が現れて...神様なんて言って。


「どうか、我々も...我々も殺してください。救ってください神様」



なにが神様だ。何が、誰がこんな事。


肌を突き刺す痛みと、全身の毛が逆立つ感覚がボクを襲った。


ピリピリと肌から、全身から溢れ出る青白い雷にも気付かず、ただ混合種達を見詰め、混合種を作った誰かも知らない、みた事もない相手を憎んだ。


「赤い瞳...お嬢さん、最近入ってきた魅狐...かい?」


混合種の1人がボクを見て呟くと、全員がボクを見て眼を丸くする。

どうやら怒りで狐化まではしてないものの、瞳の色だけは変わったしまっていた様だ。

でも、そんな事どうでもいい。


「ボクは神様じゃない。ひぃちゃんも、神様じゃない。だからボク達に涙を流してお願いしないで...お願いだから...やめてよ」


そう言うも混合種達はボクの言葉に耳を貸さず「噂の魅狐だ」「隣は半妖精」と呟き始める。


なんなんだ。

ここじゃ魅狐も半妖精も珍しい存在ではないだろ...ボク達に言いたい事があるならハッキリ....ボクは叫ぼうと空気を吸い込むも、隣にいたひぃちゃんがボクの肩に手を置き、頭を左右に揺らした。


混合種達を割ってペタペタと歩いてくる蛙に似た混合種は布に包まれた何かをボク達に見せ、言った。


「この武器はキミ達のモノだろ?」


ペタペタと歩き、ボクとひぃちゃんへ布に包まれたそれを渡し、蛙混合種は少し下がった。

ひぃちゃんと眼を合わせ、頷き、布を外してみる。


「これ...ボクが持ってた長いカタナ」


昔から家にあった長いカタナ。あの時ボクは研究者達に連れられ、ここに来た。

その時持っていたカタナが残っていて、混合種達が持っていた様だけど...なんで混合種が?


「武器を持ってここに来た者に、我々はいつの日か期待してしまっていたんだ。反乱でも起こし、我々を殺してくれる存在に期待を...」


ひぃちゃんは薄いピンク色のクリスタルで作られた刃を持つ剣、刃には独特な模様が彫られている綺麗な剣を手に取り、床へ突き刺した。

クリスタルの剣は鋭い音を小さく奏で、鉄の床へ綺麗に突き刺さる。

剣を手放し、紙を取り出し棒墨を走らせる。


〈剣を預かってくれていた事のお礼がしたい。殺してほしいと言うならそれでもいい。でも、外に出て生きたいと願うなら、一緒に出よう。さっきの混合種と違ってあなた達は会話をする脳がある。私はこの奥に用事があるから、戻った時までに考えておきなさい。剣 ありがとう〉


「ひぃちゃん...。混合種さん、ボクも同じ気持ち。この奥に行って用を済ませたらここから出る。ここから出るにはこの場所を通らなきゃ出られない。その時までにどうしたいか...考えおいて。それとボクの武器もありがとう。行こうひぃちゃん」



ボク達は混合種へそう言い、ボクは長いカタナを背に、ひぃちゃんは綺麗な剣を腰に装備し、中央の階段を一気に駆け登った。


螺旋状の鉄階段を登り終えると長い廊下が。

廊下の先には1つだけ扉があり、嫌な空気があの扉から漏れ出す。重い空気が充満する廊下をボク達は覚悟を決めて進んだ。




この時、牢部屋ではお爺さん達が人間達と戦っていた事をボク達は知るハズも無く、ただ眼の前の扉へ向かった。







分厚い鉄で作られた扉は冷たくボク達を迎える。

鍵穴等は無く押せば開く鉄の扉は見るからに重そうな色と雰囲気。

1度ひぃちゃんと眼を合わせ、2人で扉を押す。

ひぃちゃんの中に残る感情の欠片が反応しているのか、光無い瞳が一瞬揺らぐ。


扉の向こう─── 室内は広く、その部屋に1人座る影。

短い黒髪で眉毛は無く、眉部分には数字が刻まれている。

鋭く尖る眼でボクを睨み、ひぃちゃんを見て一瞬驚き、ゆっくりと笑い革袋を手に取った。


「ハハ、コレ取り返しに来た?」


そう言い革袋から赤いクリスタル ─── ひぃちゃんの感情の結晶を取り出し見せる。


アイツが 他人の感情をクリスタルにして奪う力を持った...噂の最高傑作。


「仲間は1人だけか?下にいたゲテモノも連れてくればよかったのに」


姿を見た瞬間から違和感の様な何かがあったけど...コイツ、研究者達に無理矢理やらされているワケじゃなく...あの眼、あの顔、そしてこの態度は...間違いなく本人が楽しんで研究に手を貸している。


「武器なんてどこで拾った?それと...お前は何だ?ゲテモノ達より有能そうには見えないが...ま、いいか」


革袋のクチを縛るヒモを掴みクルクルと回す男。

その態度、行動、言葉、全てに怒りが込み上げてくる。

人の感情、楽しいと思える気持ちや辛いと思える気持ちを奪って、人から心を少しずつ削って、自分達は笑って、ふざけるな。


「それはひぃちゃんのだ!今すぐ返せ!」


「は?コレは俺が奪ったモンだ。研究者達もよこせと言ったが...俺がそいつから奪ったモンだし、どうしようが俺の勝手だろ?そんなに欲しけりゃ奪ってみろよ」


「~~~ッ!」


ボクはすぐに床を蹴り、全身を捻る様に跳び、長いカタナで抜刀斬りをする。男は腰に下げられた剣を抜きボクの攻撃を受け止める姿勢に。


「...返せ!」


背から大きく振り下ろしたカタナの威力を受け止めきれず最高傑作の男は後ろに大きく吹き飛ぶも、クチ元がぬるりとユルむ。


宙で身体を捻り、上手く着地して見せた男はボクを睨み言う。


「...武器の使い方と戦い方を知ってるタイプのオモチャか....いいね」


男は膝を折ったまま剣を構える。すると剣が無色光をまとう。

武器が無色光を纏うアレは....剣術だ。


今度は男が床を蹴り、予想異常のスピードで距離を詰め、無色光を放つ剣を斜め上から....素早く振り下ろす。

迫る剣に集中し、斜め上から襲い迫る剣術をギリギリで回避。この瞬間、ボクのカタナは無色光を放つ。


「っ...だぁー!」


下から上へカタナを振り上げる剣術。この剣術は父が唯一知っていた剣やカタナを使って発動させる、単発剣術 弧月こげつ

無色光を放つカタナは三日月を描く様に空気を斬り進み、男の胸に弧を残す。


全力で放った弧月はボクの身体を浮かせるも、どうにか爪先を床から離す事なく剣術は終了、カタナが数倍重くなるディレイが訪れる。


「キャシャハハ!」


「クッ...!」


完全にヒットした弧月、手応えも充分あった。

男の胸からは血が溢れ出ている。しかし男は怯む事なく素早く立ち上がり、ボクを攻撃するべく走り、怪鳥種の様な奇声を吐き無色光纏う剣を振り下ろす。


眼の前に迫る無色光の剣を、横から叩き、弾く無色光の剣。

繊細な模様を持つ綺麗な刀身は振り下ろしたにも関わらず、まだ強い無色光を帯びている。


二連撃剣術の二撃目が放たれるも、剣は空気を揺らし無色光が消えた。


「ひぃちゃん!助かったよ」


「チッ、目障りな半妖精だな....」


男はそう溢し、ポケットから長方形の薄い何かを取り出した。その何かを指で素早く撫でると、突然別の剣が眼の前に召喚される。


「そっちは2人、剣2本にしても文句ないだろ?」


魔術...じゃない。

武具やアイテム、お金などを収納できて、好きなタイミングで取り出せるアレは...様々な機能を持つ魔器。

竜騎士団に入隊した時に渡される魔器が外の世界にも存在していたのは驚いた。


男は2本の剣をチリッと鳴らし、歯を剥き出しに襲い来る。


「ひぃちゃん、くるよ!」


そう言いボクは床を蹴り、男を迎え撃つ。

ひぃちゃんのディレイが終わっていないかも知れない状況で、相手を待つのは危険。

少しでもひぃちゃんから距離を離して、ディレイクールの時間を稼ぐ。


休みなく迫る剣をボクはカタナで受け、2本同時に振られた瞬間を狙い、カタナを振った。

強い衝撃がカタナから身体へ抜けるも、必死に堪え、押し合いへ。

直後、男の表情は更に歪んだ。


がら空きになったボクのお腹へ、男は容赦ない蹴り撃ち込む。息が無理矢理吐き出される感覚と激痛に堪えきれず、力が抜け膝が床に付く。

視界上から微かに無色光が...。


「目障りだ、モルモット」


振り下ろされるた剣がボクの左肩を深く抉る冷たい感覚。

その冷たさは肩から溢れる熱で消え、想像を絶する痛みがボクの全身を叩く。

喉から搾り出される声。

大きく響く心臓の音。

身体に力を入れると、左肩がボクの命令を焼き消す様な熱と痛みを全身へ走らせる。

視界が一瞬、でも確実に揺れた。それ程までの熱と痛み。


痛い、怖い、殺される、怖い。


ボクは内でそう叫び両眼を強く閉じてしまった。


痛みと恐怖...ボクが感じている痛みと恐怖よりも、もっと痛くて、もっと怖い事をモモカはあの夜に...。


それに比べればこんなの、痛くない、怖くない、怖くない、痛くない、怖くない。


こんなの、あの夜に比べれば!


奥歯を噛み、全身を駆け回る痛みを噛み殺し、ボクは立ち上がった。


「あ?...まだ生きてたか」


「...ひぃちゃん?」


...嘘だ、ボクが、ボクが眼を閉じていた間に、ひぃちゃんが、嘘だ。




肩の傷よりも熱く燃える様な熱を宿すボクの瞳。その瞳が捉えているのは...夥しい量の血液が散らばった床と、倒れる半妖精。



その姿を見て、何も考えられず、ボクは叫び男へカタナを振るった。


弾かれ、男の剣はボクの頬を掠め、それでもカタナを振り続け、その度弾かれまた斬られる。



ボクが怖がったから、一瞬でも眼を反らしたから...ひぃちゃんが。


「...めんどくせぇな」



荒れる様にただカタナを振っていたボクへ男は呟き、左手の剣でカタナを打ち上げ、右手の剣をボクの胸を狙って突き出した。反応が遅れたボクへ、剣先が無慈悲に迫る。

しかし剣は堅い音と音を追うように散る火花によってボクの胸には届かなかった。


「...ひぃちゃん!」


倒れていたハズの、半妖精のひぃちゃんが男の剣を弾き上げ、ボクを守ってくれた。


間髪入れずひぃちゃんは剣を振り、男はバックステップで回避、そのまま距離を取る。


「ひぃちゃん、ひぃちゃん生きてた...。よかった...」


夥しい量の血液を撒き、倒れて動かないひぃちゃんを見た時、ボクはもう...。でも生きていてくれて本当に、本当によかった。


「怒ったり泣いたり喜んだり....、お前いいな」


左手の剣を背負い、最高傑作の男はニヤリと笑った。


「!?」


「...え?」


男が距離を取った事に安心したワケじゃない。油断したワケじゃない。

でも作ってしまった隙を男は見逃す事もせず、最高傑作の男が今まで見せたどのスピードよりも早いランで近付き、ボクの身体の中心部分へ左手を突き刺した。

手首を少し過ぎた部分まで左手は入り込んでいるも、痛みは全くない。でも...一気に力が抜けて、力が入らない。


ひぃちゃんはボクに突き刺さる左手へ剣を振り下ろすも、男は獰猛な笑みを浮かべ剣撃を弾き左手をねじる様に動かし、一気に引き抜いた。

強引に引き抜かれた左手だったが、今回も痛みはなく血も出ない。しかし完全に全身の力が消え、ボクは倒れてしまった。妙な感覚...熱かったボクの中からその熱の原因が無くなった様な...瞳を焼いていた熱もスッと消える。


「ハハハ、いい大きさだな。お前の赤いクリスタルは。どれだのモンを憎んで恨んで、怒りを溜め込んでいたんだ?」


顔を必死に上げ、男を見ると、大きなクリスタルを左手に持ち笑っていた。

昔モモカとお小遣いを合わせて買った500ミリリットルのアップルジュースのビンよりも大きいクリスタル。

赤...あれがボクの、怒り?

昨日研究者が見せびらかしていた、ひぃちゃんの赤いクリスタルよりも大き...怒り。



「そいつは当分立てない。お前なら解るよな?半妖精。クリスタル化した感情を奪われた時、身体が感情を探して言う事を聞かなくなるアレだ」


確かにボクの身体はボクの命令に全く反応しない。

必死に動かした首も今では力なく下げられ、頬が床に付く。

これが最高傑作の力...相手の感情や心をクリスタル化させて、奪う力か。


倒れているボクに軽く触れるひぃちゃん。表情は無く、声も出ないひぃちゃんだけど...ボクに何かを伝えている様な強い瞳。


心配してくれてる?...違う。もっと...なんだろ...。



「あ?お前がコレを取り戻すか?いいよ。ついでにお前の最後のクリスタルも奪わせてもらう」



そうだ。ひぃちゃんにはもう心のクリスタルしか残されていない。それを奪われてしまえばどうなるかも、予想出来ない。

そんな人を戦わせるワケには...


「ひぃ、ちゃん...ボクが」


そう言うもボクの身体は全く言うことを聞かない。

声が聞こえたひぃちゃんは頭を左右に揺らし、男を見詰める。ダメだひぃちゃん、心を奪われたらもうキミには...。


ボクの気持ちもがひぃちゃんに届く前に、男は歪みきった顔をブレさせる程の速度で床を蹴り、右手の剣撃を撃つ。


床が痺れる程の剣厚と斬風がボクにも届く。お互い全力で何度も何度も、剣をぶつけ合う。その度、耳を突く音、肌を叩く風、床を揺らす振動が室内を廻る。


余裕に染まっていた男の表情に、初めて曇りが見えた。


凄い。

遅れる事なく男の剣を弾き、隙を見つけては剣撃を入れる半妖精...こんなに強いのにどうして今まで、黙ってクリスタルを奪わせていたの?

嫌なら逆らえば、断ればよかったのに。それだけの力があるのにどうして...。


「無駄な抵抗するなよ、 混血虫ハーフエルフ


ヌメリある声音で呟いた男はお互いの武器がわざと上がる様に剣撃した。

揺れる様な音を響かせ、2人の腕は上がり、身体が後ろへ流れ、次の攻撃が遅くなる。


でも...それは打ち上がった武器を使っての攻撃が遅くなるだけ。

男は背にある剣を抜き、迷いなくひぃちゃんの踏み込んでいた右足へ突き刺した。太股を貫通した刃、ガクッと姿勢が崩れるも、ひぃちゃんは上がった腕を必死に引き戻し、カウンターの一撃を振るう。

前屈み状態の男は回避出来ないと踏み、左手の剣を離し、ポケットにあった赤いクリスタルを盾変わりに構える。


ボクの怒りの感情のクリスタル。

ひぃちゃんは奪われる瞬間も見ていた。だからこそ剣を止める。最高傑作はそう思って盾にしたのだろう。でも...


「ひぃ、ちゃん.....斬って!」


この時だけは自然と声が、大声が出た。まだ身体は動かないし大声を出す事も出来なかったのに、この瞬間だけは響いた。


薄桃色のクリスタルソードは赤色のクリスタルを綺麗に通過し、男の左腕をも通過した。


飛び散る血液の中で、2つになったクリスタルが舞う。

その1つをひぃちゃんが掴むと、男は犬歯を剥き出しにし、右腕を煙らせた。今度はひぃちゃんの左腕が斬られるも、掴んだクリスタルを離す事なくその場に倒れた。


お互い左腕に深い傷を負い、血液が止めどなく溢れ出る。

ひぃちゃんの右太股には男の剣が突き刺さったまま。


依然、力が入らないボク身体。男は斬られた腕を気にする事なく立ち上がり、無色光を剣に纏わせ床を蹴った。

距離を詰める突進系の剣術を使い、一直線にひぃちゃんへ。


また眼の前で、大切なモノを奪われる?イヤだ。そんなのはもう、イヤなんだ。動いてよボクの身体...。


そう強く命令するも、感情を1つ抜き取られた身体は簡単に言う事を聞いてくれない。


その時、ボクは数年振りに妖精を見た。数年前モモカと見た妖精は小さく、薄黄緑色のフェアリー。今ボクが見た妖精は...エルフ。綺麗な桃色の髪と薄桃色の翅を持つエルフ。


地をギリギリで翔ぶ妖精はボクの横を通過する際、ボクの腕を掴み、男から距離を取る。男の剣術は床を深く抉り無色光を消滅させた。


「...ひぃちゃん?」


ボクが見た妖精───エルフはハーフエルフ。綺麗な翅を揺らし、低くても翔ぶハーフエルフ。


半妖精の翅は震え、無数の微粒子を拡散させ消滅、床に落ちる前にひぃちゃんは太股の剣を抜き、床を転がる。


堪えきれない程痛むはずの足を動かし、ひぃちゃんはボクの元へと寄り、割れたクリスタルをボクの胸へ押し付ける。するとクリスタルは溶ける様にボクへ入り込み、失っていた熱が少し戻る。


「...ひぃちゃん!?」


半妖精はそのままボクの胸に倒れ、小さく弱い呼吸を辛うじてする。



今度こそ大切なモノを守る。そう決めた誰だ?

ボクじゃないか...それなのに、守られて、救われて、守れなくて...


「最後の最後でモルモットを選ぶとか...ハーフってのは脳ミソまで半分なのか?」


ディレイを終えた男は血唾を吐き、ひぃちゃんを馬鹿にした。


「...うるさいよ」


「お前も思っただろ?何でアイツを斬らなかったんだ!って。お前に感情を返す事を後回しにして俺を斬っていれば、お前だけは助かったかも知れないのにな?」


「...黙れ」


「もしかしてアレか?感情を無くす辛さを自分は知ってるから、お前にはその辛さを味合わせたくない~とか、そんなヤツか?人間にも妖精にもなれないヤツの優しさは半端で迷惑だな。そう思うだろ?」


「黙れって言ってるんだよ偽物!」


パチッ、と頭の中で音が響くも、ボクの声がその音さえ飲み込んだ。


「偽物...って俺の事か?」


「研究者達はお前の事を最高傑作って言ってた。お前のその力も研究者達が与えた偽物の力だ!偽物が本物の半妖精を馬鹿にするな!」


男は両眼を見開き、ボクを見るも、ボクの言葉は止まらなかった。


「何が最高傑作だ...牢にいるみんなのおかげで、こんなオカシイ研究に無理矢理参加させられてるみんなのおかげで、お前はその力を渡されただけだ!お前は最高傑作じゃない...人の気持ちを理解出来ない人間の失敗作だ!」


産まれて初めて、ボクは自分の感情を隠す事なく言葉にし、叫んだ。


ひぃちゃんを寝かせ、キラキラと舞う微粒子の奥に居る男を睨み、ボクはカタナを強く握り立ち上がった。



「失敗作の最高傑作...お前を黙らせて、ひぃちゃんから奪ったモノ全部返してもらう!」





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