◆5



涙を流して、笑ってる。

嬉しい事や楽しい事は何も無い。

悲しくて寂しくてどうする事も出来ない感情が今のボクを作ってる。


家族が、みんなが、死んだ。


家族が、みんなが、他人だった。


ボクは独りになった。

ボクは独りだった。

これからもずっと独り。

誰もこんなボクを受け入れてくれないだろうし、ボク自身もこんな化け物のボクを受け入れられない。


髪の毛は金色から銀色に。

頭には...狐の様な耳。

顔には模様。

背腰からは狐の尻尾。

瞳は金から赤に染まり、身体に力を入れると全身から溢れ出る雷。


ボクの知らないボクが...鏡の中からボクを見て笑う。


蜘蛛の巣状にヒビ割れた鏡。

ガラスの無い窓。

形もない里。

鼻を刺す異臭漂うボクの...竜騎士族の里。


全てが嘘だったら、夢だったら、どれだけ...。


眼を閉じると瞼に焼き付いた昨夜の惨劇。


モモカの、妹の胸に突き刺さる杭の様な針、跳ねる喉。

赤い雨を浴びて溶けそうな表情の、


「....ッ!」


奥歯に力が入ると全身からまた雷が溢れる。

瓦礫の山を吹き飛ばす程の勢いで放出される怒りは青白く、ボクの肌をピリピリと刺す。


ボクは竜騎士族ではなかった。里に災厄を運ぶ化け物だった...。

でも、もういいんだ。もう何も無いし、始めから何も無かったんだ。


化け物でも何でもいいんだ。もう...。



スッと全身から力が抜け底の無い黒い海へ沈む感覚。

冷たくて寂しい黒がボクを優しく包み、溶かす。



スッ...と意識が遠くなり、赤い眼を閉じた。












「こ、これは素晴らしい、素晴らしいですぞ!こんな生物見た事がない!」


眠るように瞼を閉じるボクに届いた男の声。


「すぐに研究所へ運び調べよう。意識を戻し暴れだされては敵わないな...拘束と一応 鎮静剤も打ち込め」


誰かがボクの身体揺らし、縛る。

首にチクリと痛みが走るもボクの瞼は重く開かない。


微かに漂う意識はまた深い海へ沈み、ゆっくり、ゆっくり光を無くす様に、線香花火が落ちる様に、意識は消えた。





....、臭い。

変な臭いがする。


「....」


重い瞼をゆっくり持ち上げる。眠っていたボクは知らない場所へ、暗く埃っぽい部屋へ運ばれた様だ。

壁や床、天井まで粗削りの石で作られている部屋。

眼の前には錆び付いた太い鉄格子と...足には鎖。鎖の先にはざらついた鉄球。


ここはどこだろうか?

ボクは何でこんな所に?

記憶を手繰たぐり寄せても思い出されるのはあの夜の事。



「おろおろ、眼がしゃめたかい?」


突然聞こえた声にボクは少し驚き振り向くも、そこは石壁。すると再び声が広がる。


「驚かしぇてすゅまんの、ワシは向かい側じゃよ」


向かい側?

最初はその意味が解らなかったけど、辺りを見渡して理解した。

ボクが今居るこの場所は牢。そして向かい側は鉄格子の奥、通路を挟んだ向かい側の牢だ。

重い足を引き摺る様に錆びた鉄格子へ近付くと確かに誰かいる。眼を細め、暗闇の奥を見ているとお爺さんが見えた。


「おろ?可愛らしゅい子じゃの」


ボクを見てそう言うお爺さん。喋り方が気になるけど、それよりここがドコなのか気になる。

頭を掻きながら質問しようとした時、アレが無い事に気付く。

アレを掴む動きを頭の上でするも、掴めるのは空気だけだった。


無い...狐の耳が、無い。

腰を確認するも尻尾もなく、長い髪を掴むと色は金色に戻っていた。


「どうしゅたんじゃい?」


耳と尻尾が無い。など言えるワケもなくボクは無言で首を振り終わらせた。


その後、お爺さんが色々と話してくれた。質問する必要もなく知りたい事をボクに教えてくれた。ここが何処で、お爺さんが何者なのかも。



まず、この建物は人間達が作った研究所。

ここは研究材料を逃がさない為の牢。

お爺さんも、この牢に居る他の人も全員が人間ではなく別の種族。

お爺さんは鼠族の長老だったらしい。数ヵ月前にここへ連れてこられて、研究の為だと言われ、歯を全て人間に抜かれた。

それであの喋り方に....よく見ると鼻の左右から力無く延びる3本の髭が確認できる。


人間達はボク達を研究し、人間にボク達の細胞を埋め人間であり人間ならざる力を持つ者を産み出そうとしているらしい。

何度も何度も失敗し、人間も別種族も、数えきれない程死んだ。




...どうでもいいよ、そんな事。

ここで死ぬならボクはそれでいい。生きる意味も価値もないボクは死んで生きてる様な存在。


早くボクを使って研究してよ。

早くボクを殺してよ。


強く願うと鉄の扉が軋み開かれる。

コツコツと足音を響かせてボクの牢で止まる。


白衣を着た大人が3人、ボクを見て笑顔を浮かべる。


「これが噂の魅狐みこの子か...、若い細胞というだけでも珍しいのに魅狐とは...素晴らしい!早速血液をとろう」


そう言うと鉄格子にある鉄の扉を開き、白衣の2人はボクへ...銃を向ける。

1人は足に付いた鎖を解放し、誘導されるまま黙って後を付いていくと牢には色々な種族が居た。みんな震え怯える中、1人表情1つ変えずに牢内からこちらを見る人が...。


ボクとそう変わらない歳の女の子で短い髪の毛、綺麗な桃色の髪。震え怯える事なく一直線にこちらを見る瞳....あの子は何の種族だろうか?


キミはボクと同じ、生きるのを諦めたの?

...そうだよね。こんな所じゃ感情も何も役に立たないよね。


心で呟き、ボクはその子の前を通過した。


鉄の扉を潜ると明るく広がる部屋に。

そこにはベッドがあり、床は血の後、見た事もない薬品類。臭いの原因はこの血と薬品だろうか。


ボクは言われるままベッドに座り腕を出す。短く細い注射針がボクに刺さり赤い血液を啜る。


恐怖も痛みも無かった。こんな針、ボクから見ればただのオモチャだ。あの時、アイツが持っていた針に比べればこんな...。


グッと奥歯を噛むと、また全身を刺す痛みが。直後、注射器が破裂し、粉々に砕け散った。


「おい貴様、妙な抵抗をするな!」


銃口をボクに押し付け叫ぶ男。抵抗するつもりはないし、撃つなら撃ってもらいたい。


「よせ!コイツは貴重だ、銃をどけろ馬鹿者!」


別の男がそう叫び、再び血液を採取され、牢に戻される事に。

針で刺された場所に貼られる小さな絆創膏の様なモノを見てまた思い出す。


モモカの胸に縫い付けられた誰のかも知らない皮膚膜。

縫われた首や顔。


また奥歯に力を入れた時、ボクを見て研究者が 抵抗するな!と言い銃でボクの頭を叩き、牢の中へ蹴り飛ばされ、足枷をつけられる。


「...、次はO-829だな」


攻撃した研究者とは別の研究者がそう言う。

おー はちにいきゅう?

そんな名前の生き物が.....そうか。

ここは研究所でボク達は研究材料。名前なんて研究者が覚えやすい様に変えられる。

噂のO-829とやらが牢から出されるのをボクは牢内から見た。綺麗な髪色の、あの女の子だ。

今も表情1つ変えず、まるで感情のない人形の様に研究者達が待つ部屋へ入っていった。


あの子は...


「.....どうでもいいや」


ボクは呟き足枷に眼を向ける。こんなモノ付けなくても逃げないし暴れない。そう思ったが言う意味もないので黙り眼を伏せた。


「...餌の時間までおとなしくしてろよ」


餌...ご飯か。

そんなモノいらないから早くボクを使って研究して。

早くボクを使いきって。

早くボクを....


「.....」


死にたい。

そう思うのは本当だ。

でも...許されたい。


許されないから死にたい?

許されたなら...生きたいのか?

誰に許されたいのか?何に許されたいのか?

もうみんなは居ないのに。



...もうわからない、何もわからない。どうして自分だけ生きてるのかも、わからない。

何も考えたくない。


震える肩で震える膝を抱き、暗く狭い部屋で、ボクはボクから逃げ出す様に黙っていた。

すると、


「おい!またO-829が暴れだした!拘束するにも、くっそ!なんなんだあの...化け物め!」


研究室から漏れる声と音、時折悲鳴の様な男の声。

数分間その音は続きやがて静まる。

錆び付いた扉が嫌な音をたてて開かれると研究者数人は顔にアザを作り鋭い眼で牢の中へ。

女の子...O-829は髪を捕まれ引き摺られているが眼は虚ろで本当に人形の様な...。


そのまま投げ捨てる様にボクの斜め前の牢へ投獄される。

あの子は何をしたんだろうか....。


「もうひょっと自分を大切にしなしゃい」


眼を閉じたまま動かなかった鼠のお爺さんが言うと、むくりと身体を起こし切れた唇から溢れる血を拭き、何も無かったかの様に座る女の子。

お爺さんの声にも返事せず光ない瞳で一点を見つめただ黙って座る。


「ちゅぎは何を奪われたんじゃ...おじょうちゃんや。....、ほうか...じゃんねんじゃ」


次...奪われた...残念...?

あの子は何かを奪われた?

ボクは鉄格子に顔を付ける様にし女の子の牢を見るも、手足も眼も髪もある。

何を奪われたのかお爺さんはわかった?


全部どうでもいいって思っていたハズなのに、あの子の事が気になる。

こんな殺風景で異様な空気漂う場所にいるのに、あの子は遠くを、遠いどこかを見ている気がする。



女の子が居る斜め前の牢を見つめているとボクの牢に何かが投げ入れられた。

前の牢からお爺さんが何かを投げ入れたらしく、ゆっくり頷きお爺さんは横になった。


ボロボロの古い紙の束と細い墨の塊が数本。

これは...?お爺さんの方を見るもボクに背を向ける形で横になっている。


紙の束を何となくペラペラとめくっていくと文字を発見した。


〈これであの子とお話してみるといい〉


と、短く書かれていた。

お爺さんが声をかけたのに返事どころか見向きもしないあの子。文字での会話なら答えてくれる....かな?

ボクは自分の名前と短い挨拶を書いてそれを丸める。紙の束と墨も分け、初めは丸めた紙を斜め前の牢へ投げ入れる。


「...?」


紙が女の子の肩に当たってしまったのでボクは深く頭を下げ、続いて紙の束、そして墨を投げ渡す。光ない瞳でボクを見て首を傾げる女の子。

紙を指差し頷く事しかボクには出来ない....ボクは何をしているんだ。


こんな事して何の意味があるんだ。

落ち着いて考えてみるとこんな事に何の意味も...。



横になり鉄格子の錆びを見つめているとボクの眼の前に丸めた紙が落下する。

紙を投げ返して来た事にも驚いたが、まさか返事までくれるとは。

急ぎ紙を広げると綺麗な文字が書かれていた。


〈私はひぃたろ、人間とエルフの混血。歳は同じ〉


混血...半妖精ハーフエルフだ。


エルフは森に住む妖精種。

人間の様な外見だが知識は人間以上で寿命も恐ろしく長い。耳が細く長いのが特徴。と....モモカとよく見ていた本に書いてあった。

ハーフエルフについて詳しく知らないけど...ハーフエルフは酷い差別を受ける。とも書かれていたハズだ。


...とにかく返事を書こうと紙を取り出した時 もう1度紙が投げ込まれる。

ボクはすぐに拾い、紙を広げる。


〈妖精達が私を人間へ捨てた。それで私ここにいる。人間にもなれず妖精にもなれない私は、人間達が別の種族と戦争する為の兵器を作るモルモット、用が済めば捨てられる。でも私は生きたい。こんな所で死ぬ気はない。あなたは?〉


人間に売る...差別か。

あの本に書かれていた事は本当だった。


自分が何者なのかも解らないボクを本当の家族の様に愛し育ててくれた竜騎士族。

そんな温かい種族が存在する一方で、血の繋がった家族にも愛されず、同種族にも愛されない生き物が存在する。


温かい環境で育ち、全てを失って死にたいと願うボクと、温もりも知らず売り捨てられ、それでも生きたいと願う子...。


真逆のボク達は薄暗い牢で出会った。






〈キミはどうしてそんなに生きたいの?ここを出ても行く宛なんて無いと思うし、外の世界はキミを受け入れないと思う。きっともっと酷い差別が待ってる。それなのに、どうして?〉



そう書き、投げ入れてから思う...酷い事を聞いてしまった。

生きたいと願う事をやめろ。と言っている様なものじゃないか。

ボクがあの子の立場なら怒るだろう。

人がどう思っていても、どう願っていても自由だろ!と。

しかし返事に怒りの色は無かった。


〈差別とか存在とか価値とか、そんな事、どうでもいい。ただ...知りたいだけ〉


〈知りたい?何を?〉


〈外の世界には知らない事が沢山ある。ここで使われてる薬品も、ここで出される食べ物も、全部森では見た事なかった。色々なモノを見て触れて感じて、知っていきたい。生きるのに理由が必要だと言うのなら、理解はこれで充分だと思う〉




あの子の答えは、ボクには出せない答え。

生きる理由なんて、小さな事。生きる理由なんて考える必要もない。

そう言われた気がした。



でも...でもボクには生きる価値が無いんだ。理由も意味も無くてそのうえ価値もない。

家族が、みんなが、妹が殺されるのをただ見ていただけ。怖くて動けなくて、ボクのせいで、みんかが。


その後にボクはあの夜の事を書いた。誰にも話すつもりは無かったのに。

ボクのせいでみんなが死んだ事、里が無くなった事、モモカがリリスの人形になった事も全部。

感情のない人形になりたい。と最後に書き渡した。


すると返事が届いた。

今までより少し返事が遅かったが紙は確かに届いた。



〈そう。それがあなたの願い、死ぬ事があなたの願いならそれもいいと思う。あなたの仲間を家族を殺したリリス。そのリリスに妹と力を与え放置して次は誰があなたと同じ思いをするのか楽しみね。大切だった妹の最後の願いも無視して自分は心の何処かで許されたいくせに、クチでは死にたい。

感情のない人形になりたい?

不愉快、目障り。

...でもお礼は言うわ。あなたのおかげで私にまだ不愉快だの目障りだのと思える感情が残されている事を知れたわ。

ありがとう〉




返す言葉もない。

生きたいと願う自分の前に死にたいと願う人が現れたらボクも同じように...いや、もっと怒るだろう。不愉快に思う。目障りで仕方ない。そう思うだろう。


最低だ。死にたいと願って許されたいと思って...。


リリスを放置して次は誰がって...そんなのボク知らないよ。モモカの願い?そんなのボク聞いてないし、知らない...




お姉ちゃん...わたしを壊して。わたしを眠らせて、リリスを止めて。




最後にモモカがボクに言った言葉....あれがモモカのお願い?

モモカの最後の願いをボクは聞いたんだ。

壊して、眠らせて、リリスを止めて。

そう言ったあれが...。


あんな姿で生きたくないから壊してって、眠らせてって?

いや、いや違う。

誰かから大切なモノを奪いたくないから、自分やボクみたいな人を生みたくないから、だからリリスを止めて自分を終わらせてほしいと言ったんだ。


あの時モモカがボクに謝ったのも...そういう意味だったのか。

殺して ではなく...。

あの時点でモモカはもう自分がリリスの操り人形になってしまう事に気付いていた...だから 殺して ではなく、壊して。と言ったんだ...。



「なんで...ッ」



今でも死にたいと思う。

今でも許されたいと思う。

今でも生きる価値がないと思う。


それでも、生きる意味...理由が、モモカがボクに言った最後のお願いが、底のない暗闇からボクを救い上げてくれた。



化け物でも何でもいい。

ボクはリリスを止めたい。 もうこんな思いをするのはボク1人で充分だ。

そして、モモカの願いを最後の願いを叶えてあげたい。

モモカが安心して眠れる様にボクはリリスを止めた。



死ぬのはそれからでも遅くない。



意味も価値もないボクに意味をくれた。価値を見つける時間をくれた。


もう1度、妹をモモカを....違う形でも助けるチャンスをくれた。



殺風景な世界でボクを優しく救い上げてくれたのは...半妖精のひぃたろ。


たった1人、今日出会ったばかりの1人が...忘れちゃイケナイ事を思い出させてくれた。ボクに理由を思い出させてくれた。




ボクの両眼は赤く染まった。髪色も変わらず、化け狐の姿にならず、でも瞳ほんのり赤く染まり、熱を持った。




歪み湿る世界でボクは少し救われた気が、少しだけ生きる事を許された気がした。






この日からボクは夕飯...と呼ぶには味気無いが、その時間にひぃちゃん、半妖精のひぃたろと文字で会話する様になった。


その会話で色々な事を知った。



ベーテルピーチという桃を使って作られたピーチタルトは世界一のピーチタルトと言われてる事。


猫人族と呼ばれている癒系の種族が外の世界に存在している事。


蝉と呼ばれる昆虫の脱け殻は踏むと変な気持ちになる事。



色々な事をひぃちゃんに教わった。


中でもボクの心を惹き付けたのは冒険者と呼ばれる人達の話。


外の世界には冒険者と呼ばれる、種族にも縛られない自由な者達が存在する。


冒険者...見てみたい。

どんな人達なのかボクは知りたい。


ひぃちゃんも同じ事を思っているらしく、ここで約束した。


ここを出たら2人で冒険者を見に行こう と。


この約束があるから、今日も生きられる。明日を夢見れる。


小さな約束、子供の、ただのクチ約束。それでも、ボクには大きな意味があり、夢見る事を許してくれる約束。








それから数日後、ひぃちゃんは研究者達に連れていかれた。

いつもの様に嫌そうでもなく、辛そうでも悲しそうでも無く、表情も変えず声も出さず研究者達と牢を出た。


数時間後、研究者達と戻って来た。何も変化は感じないが研究者達は酷い顔で笑っている。


「...ねぇ、その子に何をしたの?」


ボクは思わず研究者達に声をかけてしまった。


「お?...珍しいなお前が喋るとは、そうだな教えてやるよ」


上機嫌な研究者がそう言うと別の研究者は歯を剥き出しに笑い、ペラペラと喋り消えた。











夜、ボクの頭の中では研究者の言葉が止まる事なくグルグル廻る。






ひぃちゃんは別の、ここではない別の牢に居る者の実験相手らしい。

その者を研究者達は最高傑作と言っていた。


実験相手...その実験も明日終わる。そうも言っていた。


そして赤い宝石の様なモノを1つボクに見せ更に笑い、言葉を吐き捨てた。




O-829...半妖精ひぃたろの怒りの感情 と言った。


最高傑作は相手の感情や心を奪いクリスタルにする力を持っていて、その力を磨く為にひぃちゃんを使って感情、気持ち、心を、1つ1つ奪っていると。



楽しそうでも無く、悲しそうでも無く、表情も変えず声も出さないひぃちゃん。


それは違った。


楽しい気持ちと表情。

悲しい気持ち表情。

嬉しい気持ち表情。

涙も声も、奪われていたんだ。


あの日ひぃちゃんは、私にまだ怒りの感情が残されている事を知れた。 と紙に書いていた。


お爺さんは、次は何を奪われた?と言い、返事もないのに、残念だ。と答えた。


あの時奪われたモノは...声、自分の気持ちや意見を言葉に変えて伝える事を奪われた。今日奪われたのは怒りの感情。


そして、明日奪われるモノは。



ひぃちゃんの 心 だ。



生きたいと願う心。

知りたいと思う心。

外の世界を夢見る心。


それが...明日奪われる。




夢を見る事も願う事も全て奪われる...。



「そんなのおかしい。そんなの他人が奪っていいモノじゃない」



奪って、喜んで、何が研究実験だ。


やってる事は...リリスと変わらないじゃないか。

最高傑作だか何だか知らないけど、それを完成させて自分達の欲を満たすだけに、何の意味もない達成感を味わうためだけに、ひぃちゃんから全てを奪う。


そんな事、絶対させない。


明日で全てが終わるなら、明日この牢を、この狭い世界を出てやる。


最高傑作とやらにさよならの挨拶をして、ガラスビンに入れられた様に無口で、無表情で、でも誰よりも正直な感情を持つひぃちゃんを助けたい。


ボクを救い上げてくれたひぃちゃんへ、お礼がしたい。



今度こそ、今度こそ大切なモノをボクは守ってみせる。



大切なモノを守れるなら、




「化け狐にだって、なってやる」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る