◇3





山小屋から出た時、空は綺麗なオレンジ色に染まっていた。夜が来る合図をするかの様に、遠くの空から徐々に青黒く染まり始める。

雲は生クリームの様にうっすらオレンジ色でふわりと流れ、母がたまに作ってくれるオレンジタルトを思い出す。


「わぁー...空がオレンジタルトになってるね!お姉ちゃん」


今まさにボクが思っていた事を妹のモモカも思っていた。リリスは空を見上げるも、何の事なのか理解出来ずに首を傾げボク達をただ黙って見つめる。


「オレンジタルト。ボク達のお母さんがたまーに作ってくれるんだ。その眼が治ったらお祝いに作ってもらおう!きっとリリスも気に入るよ」


絶対その眼は治る。

ボク達の母親は凄い治癒術師なんだ。どんな怪我や傷も完璧に治してくれる。魔術をかけられていたとしても、薬品を使われていたとしても、絶対に大丈夫だよ。リリス。

眼も傷も治ったら一緒にオレンジタルトを食べて、一緒に遊ぼう。治癒術に興味があるならボクからも頼んで、モモカと一緒に母に教わればいい。きっとモモカも喜ぶよ。


オレンジタルトの空の下、竜騎士の里を目指し歩いているとモモカが何気無くリリスへ質問した。


「ねぇリリス、リリスのパパとママは?」


モモカの何気無い質問にクチごもるリリス...これは聞いちゃいけない事だったとモモカもすぐに気付き上手く話の流れを変えようとした時、山道の茂みから人影が現れた。すぐにボクは2人を後ろへ下げ現れた人達を睨んだ。


毎日イヤと言う程見る顔がそこに並んでいる。


「よぉ金色!昼間のお返しに来てやったぞ!」


昼間ボクが決闘で打ち負かしてしまった連中が最悪なタイミングで出てきた。


ボクはグッと歯噛みし言葉を返さず睨み続けた。

ボクの眼や態度に怒り周りが見えなくなれ。その隙に2人を草影へ隠し面倒な事を終わらせよう。そう思っていたが、


「...おいお前。その後ろのヤツは誰だ?」


ボクを見る事なくボクの後ろに隠れる様に立っていたリリスの事を見て言った。

ボロボロのフードを深く被り顔を隠すリリスへ容赦なく木剣を向け、更に言葉の刃を添える。


「なんだよそいつ!汚いし、悪い病気を持ってるんじゃないか?それにこっちの方向は....、お前さては里の掟を破る気だな!?やっぱり金色は裏切り者だ!」


この言葉にボクは我慢出来ずに言い返した。


「病気って...ッ、キミの方がボクにとっては病気より厄介な存在だよ!それにやっぱりって...ボクが何時みんなを裏切ったんだよ!適当な事を」


適当な事を言うな!と強く叫ぼうとした時、ボクの声よりも大きな声がボクの言葉を押し消した。


「里のみんなが言ってるんだ!お前の金色は竜騎士の色じゃない、この里に災いを持ってくる狐の色だって!」


「狐の色?...なにそれ」


狐の色。

初めて言われたこの言葉の意味がボクにはわからない。金...黄色だから狐?今里のみんなが言ってるって...大人達もそう言っている?色が似てるから狐と言っているだけ?狐...。


適当に言ったのかもしれない言葉が、ボクを引っ掻き回す。


「狐... 魅狐みこだよ!ずっと昔に竜騎士族と戦争した種族がお前と同じ金色なんだ!お前は魅狐族なんだろ!?」


魅狐族。里にある古い本で読んだ事がある。

普段の姿は人間とそう変わらない。竜騎士族もそのは同じだ。でも魅狐は怒ると狐の耳と尻尾を出し、敵と判断した種族は全滅するまで攻める危険な種族。昔滅んだと本に書いてあったけど...。


ボクがその魅狐?


「違う...ボクは魅狐なんかじゃない、竜騎士族だ!」


竜騎士族の父と母の子供、竜騎士族の子供だ。魅狐族のハズがない。

自分に言い聞かせるも、心には魅狐と言う言葉が重く残り、その言葉を焼き付ける様に叫ばれる。


「黙れよ狐!お前が竜騎士なわけ無いだろ!お前は持ってるのか!?竜の爪痕を!」


竜の爪痕は竜騎士族が産まれた時必ず身体の何処かにある名前の通り竜の爪で切り裂かれた様なアザ模様。

モモカは左胸に3本の爪痕がある。母も父も同じ左胸に。でもボクには...、


「あるなら見せてみろよ!竜の爪痕!」


竜騎士族は全員、左胸に竜の爪痕が存在する。でもボクは何処をどう探してもその爪痕が無かった。

頭の何処かにあるんじゃないかとモモカと2人で髪を分けては探し分けては探しを繰り返した事もある。それでも竜の爪痕は見つからなかった。

髪の色も違う、竜の爪痕も無い、里のみんなはボクを魅狐族だと言っているらしい...ボクは竜騎士族じゃないのかな...。


「あるよ!お姉ちゃんも胸に竜の爪痕はあるんだよ!わたし見たもん!同じ場所にあったもん!」


返す言葉も見つからないボクを守る様にモモカが強く叫んだ。どう見ても、どこを探しても爪痕は無かったハズなのに。


「じゃあ見せてみろよ!」


モモカへそう叫び返しボクの腕を連中は強く掴む。その手を払い抵抗するも相手は3人で男。ボクの髪を掴む者もいる。

抵抗しても力で勝てるハズもなく、ボクの長い髪を完全に掴みあげた時、モモカがその男の手に噛み付き、掴んでいた髪を手放す。モモカはボクの髪から男の手が外れると同時に噛むのをやめ言い放った。


「女の子に乱暴するとか最ッ低!信っじらんない!バカ!」


噛み付きから今の言葉へのコンボ攻撃で相手は完全に怒りスイッチが入り、連中は3人で一斉に攻撃を...木剣をモモカへ振り下ろそうとする。木剣とはいえ全力の振りがヒットすれば怪我では済まない。


ボクは相手の攻撃モーションを見た瞬間にモモカの前へ入った。武器もなく3対1。相手は男。勝てるハズもないこの状況で今まで感じた事のない感覚がボクに知らない力を貸してくれた。

脳内で火花が小さな弾ける様な感覚と、眼の前の1人に集中したせいか、集中した相手の動きがよく見える。

振り下ろされた木剣をボクは自分の腕でガードする事を選んだ。ボクの腕が折れてモモカを守れるならそれでいい。

そう思っていたが木剣がボクに近付いた瞬間、肌を叩く様な痛みと渇いた破裂音が鳴り、木剣を弾き飛ばした。


ここにいた全員、ボクも含めた全員が今の現象に驚くも、振り下ろされた木剣は止まらない。1本ならボクが受け止めれば終わる。でも2本同時で方向も違う。


2本の木剣がボクとモモカを叩こうとした瞬間、茂みの中から何かが飛んできた。その何かが木剣に強くヒットし、木剣を横から弾き飛ばした。


ボク達の足元にはネズミの様な姿と大きさの小型モンスターの死体が2つ。


一瞬時間が止まったかの様に停止するボク達へ、再び茂みから小型モンスターの死体が、次は相手の身体を狙い飛んでくる。死体がヒットし痛みに耐えつつボク達を見た連中の表情が一瞬で変わった。

悪魔でも見たかの様な表情を浮かべその場に尻もち着き、逃げる様に後退りしその場を去って行った。


「お姉ちゃんカッコイイ!!」


「凄、いわ。プン、プン!」


直後2人がボクを見て声を出した。モモカはブイサインまで...凄いも何も、ボクは何もしていないし、連中へ攻撃したのはボクじゃない。最後のは...そんなにボクの顔が怖かったのかな?確かに怒っていたけど、あんなに怖がられるとは思いもしなかった。


モモカとリリスはボクを見ても怖がる事なく、笑顔を浮かべる。

連中は本当に悪魔やお化けでも見えたのかな。


そういう事にし、ボクは予定通りリリスを里へ招くため足を進めた。

里へ他人を招く場合は竜の門と呼ばれるクチを開いた巨大な竜の骨を通り入らなければならない。迷い込んだ人や今から招かれる人は1人では竜の門を発見できないが、竜騎士族か里に既に招かれた状態の人が一緒にいれば竜の門を発見し潜る事が出来る。




既に招かれた状態...。

ボクは竜騎士族ではなく本当に魅狐族なのかな?知らないうちに招かれていて、今まで自分を竜騎士族だと思い込んで生きていた魅狐...なのかな。


不安感か弱ったボクを揺らす。

落ちて消えそうになるボクを支える様にモモカが声をかけてくれた。


「お姉ちゃんがもし竜騎士族じゃなかったとしても、わたしのお姉ちゃんだよ」


不安に揺らされると落ちちゃいそうになる弱い自分。

でも、不安な顔はしたくない。


「ありがとう。モモカ」


ボクは短く、でも本当に感謝して言い、モモカの頭を撫でた。モモカは笑いブイサインで照れを隠す。




気が付けば竜の門はもう眼の前に。

巨大な竜が顎をあげクチ開く骨の門。

リリスにもこの巨大骨が見えているらしく、右眼を大きく開き見上げる。


「ここが竜の門だよリリス。この先がボク達...えっと竜騎士の里だよ」


ボク達と言う言葉はフェードアウトし、言葉を変え、繋いだ。


「この、先が、竜、騎士、族、の里。プン、プン、と、モモカ、の、里、ね」


リリスはそう言って、ボクとモモカの里と言ってボクの顔を見て優しく笑ってくれた。


モモカとリリスのおかげでボクの心は少し楽になり、ボク達は竜の門を潜った。



自分が竜騎士族ではなく魅狐だったとしても、ボクは里に招かれていて、リリスを招く事が出来る。

魅狐族だったとしても、リリスを助ける為の助けが出来る。


まだ本当の事はわからないけど、魅狐族だったとしてもリリスを助けられるなら、モモカを守れるなら、今は何でもいい。




残る不安を圧し殺す様に自分へそう言い聞かせたが、ボクは魅狐である可能性が高い。と思う気持ちが強く残った。








この里に災いを持ってくる狐。







ボクは本当に、この里に災いを...この里を潰す元凶を招き入れてしまったが、今はまだその事に気付いてない。






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