第48話 マクヴェス 欲しいものを教えて!

 イングリットは、マクヴェスの部屋の扉をノックする。

 彼は王都に時候じこうの手紙を書く為に、籠もっている。


「……誰だ?」


「わ、私だけど。入っても良い?」


「イングリットか。大丈夫だ」


「……失礼しまぁーす」


 マクヴェスがにこりと微笑んだ。

「どうした?」


「いやあ、用事があるとかじゃないんだけどさぁ。

ほら、ずっと部屋に籠もりっぱなしで、生きるかなぁと心配になって」


 開けっ放しの窓から涼しい風が吹いてくる。

 森にいて感じたのは、暑い風が木々の間を通ると、気持ち良い涼風すずかぜになることだ。


「この通り、無事だ」


 イングリットは机にのせられた手紙に目を向ける。

「すっごくたくさん手紙かいたんだ」


「まあ兄妹全員分だからな」


「全員に!?」


「文字を読めるのには全員だ」


「すっごい。

私なら全員で一通とかにしちゃう」


「最初にそうしたら全員から不評だったからな。

特に、フォルスだな」


「え。シェイリーンじゃないの?」


「むしろシェイリーンは何も言わないな。

フォルスは何故、自分だけ二行なんだと小言を言われたな。他の弟妹たちには十行ほどなのに……と」


「……まあ、フォルスは誰よりマクヴェスが好きだしね」


 頭の中ではフォルスが、ハンカチを噛んでキーッ!としているような妄想を膨らませてしまう。

 かなり笑える。


(次あったらいじろうかな……)


 いや、そんなことをしたら、普通に獣人姿で襲われてしまいそうだ。


 我に返ると、すぐ目前にマクヴェスの顔があった。


「うわっ! ちょ……マクヴェス、な、何!?」


「お前の顔は本当に見ていて飽きない。

見事な百面相だったぞ」


「えっ、嘘!」


「ははは。

そんなに嫌がることはないだろう」


「嫌がるんだよ、そんな……」


(って、ダメだ!

またマクヴェスに流されちゃってる!

ここは、私の女性としての魅力をぐんっとアップさせるんだ!)


「マクヴェス。そういうおふざけは良いんだ。

話を聞いてくれ」


「どうしたんだ。改まって」


「えー……そのー……だな」


「うん」


「欲しいものはあるか」


「お前が欲しい」


 心臓が思いっきり跳ねた。

 マクヴェスが腕を伸ばすと、思わず飛び退いてしまう。


 マクヴェスが苦笑する。

「おいおい。

俺は犯罪者か?」


「昼間から、いきなり抱きしめるとどうかしてるぞっ!」


「お前が欲しいものはあるかと聞いたんだろうが」


「私がどうのということじゃなくって、モノだよ。モノ!」


「モノ……か。

別にこれといってないかな」


「それはナシで。強いて言えば……」


「うーん……」

 マクヴェスは腕を組み、虚空こくうを眺める。


 その姿をイングリットは固唾かたずを呑んでじっと見守る。


「料理を作ってくれ」


「それはロシェルに……」


「俺はイングリットの料理が食べたいんだ。

これだって欲しいモノだろう?」


「……うん……確かに」


「果物をたっぷり入れたパイが好きなんだ。

果物もよく実りはじめている頃だしな」


「……分かった」


「もう良いのか、

まだ欲しいものが……」


「い、今は、一つで十分だから!」


 イングリットは部屋を出た。

 すぐにロシェルの元へむかう。

 ロシェルはキッチンで夕飯の準備をしていた。


「ロシェルっ!」


「イングリット様。どうかされましたか?」


 イングリットはマクヴェスとの会話を話す。


「なるほど。

マクヴェス様は幼い頃からキキの実のパイが大好きでございますから」


「キキの実ってどこにあるんだ。教えてくれ。取ってくるから」


「いえ、今の時期は……」


「ないのか?!」


「いえ。ないわけではありません……。

ただ、生えている場所が、場所なのでございますので。

その……険しい場所に……」


「体力なら、どんな女にだって負けない!

ロシェル、教えて!

私、マクヴェスに喜んで欲しいんだっ!」


「では地図を書きます。

しかし、あまり無理はされずに」


「分かった。任せろ!」

 イングリットは書いて貰った地図を手に取ると、馬を引き出し、駆けた。


                   ※※※※※


 近づいて来た足音に、ロシェルが振り返る。


 そこにはマクヴェスがいた。

「イングリットは?」


 ロシェルは溜息をもらした。

「キキの実をとりに参りました……。

マクヴェス様、ずいぶんとご機嫌のようで」


「ロシェル。

やっぱりイングリット可愛いだろう?

あの素直さと率直さ。俺が愛する理由だ」


「私めに、のろけられても困ります。

それよりも、イングリット様です。お怪我がなければよろしいのですが」


「安心しろ。俺がしっかり見守る」


「お出かけに?」


「無論だ」


「それはそれで……。

マクヴェス様が見守っていると知れば、イングリット様は落ち込まれるかもしれません」


「見つからないようにする。

むしろ、そうじゃなければ、一人で行かせる訳がないだろ」


「……ほどほどになさいませ」


「分かってる」


 マクヴェスは微笑み、駆けだしていった。


(全く。マクヴェス様ときたら。

じゃれつきすぎですぞ。

……まあ、これも若さというものでしょうか)

 ロシェルは夕食の準備をすすめる。

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青狼のふところに抱かれて~男装騎士と獣人王子 魚谷 @URYO

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