第47話 イングリット悩む悩む悩む

イングリットは屋敷のそばにある、大木の木漏れ日を受けながら、ぼんやりしていた。


「はあ」

 気づくと、溜息が漏れてしまう。

 一体何度目か。


 この間の湖へ出かけたことを思い出すと、己の不甲斐なさが嫌になる。

 季節はいつの間にか、暑さを感じさせる初夏を迎えていた。

 空気も、日射しもどこか違う気がした。


(変わらないのは私だけかああああああ……)


 もっと素直になったら良いのは分かるが、羞恥心がブレーキをかける。

 マクヴェスにはもっと喜んで欲しいし、イングリットを選んでくれたことを喜んでもらいたい。

 イングリットだってマクヴェスのそばにいるのは落ち着くし、好きなのだ。

 でもそれを素直に言うのがはばかられてしまう。

 恥ずかし過ぎる。


「イングリット様?」


 はっとして振り返る。

 ロシェルだった。


「……ロシェル。

私、駄目女だ。

マクヴェスにはふさわしくない……」


「暑さにやられたのですね。

もう一時間は外におられましたか。

さあさあ、ひとまず中へ」


 ロシェルに手を引かれ、食堂へ連れて行かれる。

 そして紅茶を出された。


「ありがとう……」


 紅茶を飲むと、ささくれ立った気持ちが癒される。


「ようござりました。

血の気が戻られましたね。

落ち着かれましたか?」


「うん……」


「お菓子もどうぞ」


「ありがとう」


 ロシェルは、どうした、とは聞かなかった。

 そのお陰もあって、十分、冷静になれた。

 イングリットは「話を聞いてくれる?」と切り出すことができた。


「私でよければ」


 イングリットはマクヴェスの前で可愛く振る舞えないことをたどたどしく説明した。

 これまで自分の不器用さがここまでイヤになったことなどなかった。

 どんな失敗よりも、悔やんでしまう。


 イングリットは怖々と聞く。

「ど、どうしたら良いと思う?」


「そのように悩まれずとも、マクヴェス様は、ありのままのイングリット様を愛されたのですから」


「でも、やっぱりちゃんと、女の子っぽくしたほうがマクヴェスだって喜ぶと思うし……。

こんな無愛想で、どうしようもない女なんて……。

愛想をつかされたら……。

あー……自分で言ってて、気落ちしちゃう……っ」


「マクヴェス様を喜ばせたいのですね?」


「そう……」


「でしたら、一週間後はマクヴェス様の誕生日でございますから、その時になにか、プレゼントなど渡されればよろしいのではありませんか?」


「本当!?

それ、最高じゃないっ!

まさに好機ねっ!」


「戦いに出る訳ではないのですから……」


「あ、ごめん……。

そうよね……そうだった……」


「で、ロシェル。

マクヴェスには何をあげれば良いの?」


「そういうものこそ、イングリット様自身が悩まれることでございます。

悩むこともまた楽しいことでございますからね。

イングリット様からのプレゼントでしたら、マクヴェス様はお喜びになるとは思いますよ?」


「そ、そうよね。これこそ私の真価が問われる……」


「もう少し、気楽に考えればよろしいかと。

試練ではなく、プレゼントなのですから」


「ロシェル。

やっぱり、あなたに話を聞いてもらって良かったわ!」


「紅茶はいかがなさいますか?」


「もう良いわ!

ロシェルには癒されたし、いろいろ教えてもらったし!

大丈夫よ!」


「あまり気負わずに、簡単に考えればよろしいと思います」


「うん、任せて!」


 イングリットは力こぶを作るポーズを取ると、食堂を飛び出した。


(イングリット様は見ていて、きませんなぁ。

さすがはマクヴェス様が見初めた方です)

 ロシェルはそんな感慨を覚えていた。

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