第42話 アスコット対策会議 もしくはイチャイチャ
(何だかとんでもないことになってる……)
アスコットが尋ねてきてから一日が経った。
突然現れたアスコットが持参してきた手紙を一瞥した、マクヴェスは舌打ちをすると、客間を一つあてがったのだった。
そのお陰と言えば良いのか、せいと言えば良いのか、
屋敷全体には妙な緊張感が流れていた。
アスコットの登場によってイングリットの部屋問題は棚上げにされたというが、決して油断できない状況である。
「イングリット? どこへ行くんだ?」
ジョギングに出かけようとした所で声をかけられる。
アスコットがいた。
「え……あー……
ちょっと散歩に」
「なら僕も付き合う」
「う、うん」
彼は宮廷にいた頃の仰々しい制服ではなく、ラフな格好だった。
それでも素材が良いので、何を来ても似合う。
「いこう」
そうして何故か、アスコットに促されるようにジョギングに出た。
しばらくお互い、適度な距離を取りながら黙々と走っていたが、アスコットは歩みを遅くしてイングリットと肩を合わせた。
「先に行っても良いぞ」
アスコットは苦笑する。
「だったらいちいち、一緒に走ったりはしない」
「……そうだな」
「底まで警戒しなくても良いだろう。
取って食おうと言う訳じゃないんだから」
「信用できるか。
みんなの前で堂々と求婚してきたような奴が……」
「それはあんまりだな。
僕は真っ当に自分の気持ちを言ったつもりだ」
「私だって」
「誰が好きなんだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「……そんなことはどうでも良いだろ」
「良くないからこうしてきた」
「シェイリーンの騎士のくせに。
王女殿下より自分の恋路を優先したのか。とんでもない騎士だ。騎士失格だぞ」
「シェイリーン様にはしっかりと許可は取り付けたる。
いや、
「?」
「別に気にしなくても良い。
こっちのことは心配せずに」
「自意識過剰。
別に心配なんてしてない」
「そうか?」
アスコットは軽く肩をすくめた。
「で、いつ帰るんだ」
「僕さえ満足できたら今日にでも」
「本当か!?」
「さすがにそこまで」言われると、へこむ。
せっかくはるばる王都より来たんだぞ」
「ごめん。
……って、違う!」
顔を真っ赤にするイングリットを、アスコットが微笑ましそうに眺める。
「あいかわらずだな」
「放っておけ。
で、満足ってどういうこと?」
「君が誰を好きになったのか、この目で見たかったんだ。
君ほどに素敵な人の気持ちを射止めたのは誰か……ね」
「……からかっているのか。
私を魅力的なんて」
「大真面目さ。
大真面目に君を好きになり、君に思いを告げ、玉砕した」
なんと言えば良いのか分からなかった。
アスコットは続けて言う。
「一体誰を好きになったんだ。そいつはきみの間近にいるのか」
「うっさい。放っておけ」
「そんなことを言われたらずっとここにいなければならなくなる」
「ふん」
アスコットは小さく息をついた。
「嘘をついた」
「はっ?」
「知りたいだけ、と言ったのは嘘だ。
そいつと決闘をし、打ち倒し、イングリット――きみを手に入れてみせる。
たとえ相手がどんな奴でもね」
冗談――では言っていないのだろう。
余計に困る。
「私の気持ちは置き去りか」
「好きにしてみせるさ」
「ナルシスト」
そうして二人して汗みずくになり、屋敷に戻った。
※※※※※
水を浴び、部屋で着替えていると、ノックの音が聞こえた。
「待て。今、服を着替えている」
「俺だ」
「マクヴェス!?」
イングリットは姿見で乱れがないかを確認すると、慌てて扉を開けた。
「入っても?」
「ああ」
「失礼する」
マクヴェスは後ろ手で扉を閉じると、イングリット向き合う。
「随分と仲が良いな。一緒にジョギングとは」
「お前、嫉妬しすぎだ。
あんまりやり過ぎると、嫌いになるぞ」
イングリットは本当に何気なくそう言ったつもりだった。
「……イングリット」
マクヴェスがぎゅっと後ろから抱きついてきた。
回された腕には大して力は入っていないのに、それをふりほどけない、不思議な魔力があった。
「好きな女が、別の雄と一緒にいるんだ。
何も感じない訳ないだろ」
顎を優しくつかまれ、振り向かされた。
唇を塞がれた。
「んっ……」
小さな吐息がこぼれ、全身から力が抜けて、マクヴェスにしなだれかかってしまう。
はぁ、と思わず物憂げな溜息がこぼれた。
それからしばらく彼の胸の中に射たが、我に返り、距離を取る。
「へ、変態……」
それだけをようやく言えた。
しかし顔はさぞ情けなく緩んでいただろう。
マクヴェスもにやにやしていた。
「愛する者を前に、冷静でいられる訳がないだろう」
イングリットは咳払いした。
「とにかく、どうするんだ。
アスコットは。
あいつ、私が好きな奴と決闘すると言っている。それまで諦めないとな」
「決闘がお望みか」
「やめろよ。
アスコットを傷つけたらシェイリーンが悲しむっ!」
「俺が勝つことを望んでくれているのか?」
イングリットは目をそらす。
「あ、当たり前だろ……。
でも……傷つけるのは馬鹿らしいことだ」
「ならどうするんだ
「代わりの奴をどうにか手配して、それで納得して……」
「駄目だ」
「早い!?
どうして!」
「論外だ。俺の怒りの対象をこれ以上、増やすな。
あの犬が屋敷をうろついているだけでも腹立たしいっ」
マクヴェスの瞳には鋭い光が宿っている。
本気だ。
「分かった。それなら、私に任せてくれ」
「うまくいかない時は?」
「……その時は、マクヴェスに任せる。
ただし、アスコットを傷つけるな」
マクヴェスはふっと笑う。
子どもが新しいおもちゃでももらったみたいに微笑んでいる。
「せいぜいがんばれよ」
「わ、分かってる」
(アスコットの為にも、あいつがさっさと諦められるようがんばろうっ!)
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