第39話 別れの言葉を愛に変えて

 マクヴェスたちが帰るという知らせは瞬く間に王宮を駆け巡った。


 マクヴェスの元には様々な客人が訪れ、別れを惜しんだ。


 そうしてとりあえず最後の客が帰ると、イングリットはほっと溜息をつく。

 ただ見ているだけだが、イングリットの方が疲れてしまった。

 マクヴェスはと言えば平然としてお茶を飲んでいる。


 イングリットは感心してしまう。

「愛されてるのね」


「愛? 抜け目がないというだけさ」


「抜け目ね……。

たとえば?」


「そうだな……。

フォルスが俺の言うことには従う。

俺に気に入られれば、ある程度話が通りやすい、とかかな。

実際はそうじゃないさ」


「そう?

私から見たら、通りそうな気がするけど」


「フォルスは公私の別はついている」


「……そうかな」


 そんな理性的な人間が単身、マクヴェスの元を訪れてイングリットと決闘しようとなどするだろうか。

 イングリットからすれば、兄離れがまだまだ出来ない気はする。

 きっとぶつくさ言いながら、マクヴェスの願いを最大限聞いてしまいそうな気はする。


 そこにフォルスが尋ねてきた。


 イングリットは笑顔を慌てて噛み殺したつもりだったが、フォルスに目敏く見つかってしまう。

「おい。何を笑っている」


「いえ、別に」


 フォルスは気に入らなさそうに鼻を鳴らし、マクヴェスを見る。

 その目がかすかに優しくなったのは見間違いではないだろう。


 イングリットはマクヴェスに言う。

「私は外に出てるわね」


「ああ」


                    ■■


 兄弟二人きりになり、フォルスは近くにあった椅子を引っ張り出し、座った。

 

「兄貴。

もう帰ると聞いたが、イングリットのせいか?」


「違う。

もうだいぶ屋敷を開けてしまっているからな。そろそろ心配だ。

家は使わないとすぐいたんでしまう」


「そんなに屋敷が心配なら人をやる。そいつに屋敷の様子や定理をさせれば良い。

だからもう少し……」


「他人には触らせたくない」


 兄の固い意思を知り、「そうか……」と呟く。

 トーンが明らかに落ちている。


 それから少し間を置いて、唇を尖らせた。

「シェイリーンは寂しがっているぞ」


 マクヴェスは首を横に振った。

「色々あったからな、少し疲れた。

シェイリーンとはいつでも会える。それにもう王都ここに来ないとは言っていない」


「……そうか」


 マクヴェスはフォルスの肩を優しく叩く。

「お前も来い。

いつでも歓迎する」


「分かった。行く」

 フォルスは即答した。


 それから話題を探すように、兄を上目遣いに見る。

「イングリットとは……どうするつもりだ」


「俺の愛を受け容れてくれたよ」


「本当か」


「まあ、多少強引な手を使いはしたが……無理強いはしていない」


「そうか……」


「歓迎してくれなくても良い。

俺は異端だからな」


「やめてくれ! そういう言い方は……」

 フォルスは辛そうな顔をする。

「……俺は兄貴を、慕っている……。他のどんな奴よりも」


「ありがとう」


 小刻みに震えるフォルスの顔にそっと手を伸ばす。

 フォルスははっとしたように顔を上げた。


「……俺もお前の事が好きだ。

お前は自慢の弟だ」


「兄貴……っ」


「だから、お前には祝福しろとは言わないが……少しは、なあ?」


 フォルスは、マクヴェスの手をそっと握る。

「……するさ。

あの女のことは正直、気に入らないし、兄貴ならもっと相応しい相手が見つかるとも思う。

だが、兄貴があの女が良いと言うなら……」


「イングリットじゃなきゃ、駄目なんだ」


「……どちらにせよ、兄貴が認めたんだったら、俺は何も言わない」


「ありがとう」


「……あんな無骨な女のどこが良いんだ」


「俺にしか魅力が分からない。

だからこそ、世界で一番の女性ひとなんだよ」


 フォルスは分かったような分からないような表情をしたと思うと、立ち上がった。

「帰る」


 マクヴェスは苦笑しながら弟を見送った。


                    ■■


 翌日。

 帰宅のために、マクヴェスたちは見送りを受けた。


 その場には、マクヴェスやシェイリーンをはじめ、マクヴェスの弟や妹たちが見送りに来ていた。


(ああ、さようなら、みんな……。

こんなたくさんのモフモフに包まれることはもう、ないのよね)

 イングリットはそんなことを考え、つい感傷的になってしまう。


「お兄様! イングリット!

私、すぐにお兄様方の元へ遊びにいきますからねっ!」


「ああ、待っている。

それに俺もまたここに来る」


「……はい」

 シェイリーンは小さくうなずいた。


「元気で。しっかりと勉強をし、レディーになるんだぞ」


「はいっ!」


 マクヴェスはシェイリーンを始め、妹や弟たちをぎゅっと一人ずつ抱きしめ、声をかける。そのせいで、こらえていた涙を溢れさせる子までいた。


 その面倒を見るのが、フォルスやシェイリーンだった。


 そうしてマクヴェスに続いて、イングリットが馬車に乗り込む

 ――その時。


「イングリットっ!」


 声を出したのは、アスコットだった。


 イングリットは馬車から降りる。

「アスコット、また会おうっ!」


 そうして別れの挨拶をしようとしたが、アスコットはそれを無視して、やけに真剣な顔で近づいて来た。

 そして、イングリットの手をそっと握りしめる。

 あまりに唐突なことに、イングリットは身動ぎ一つできなかった。


「伴侶になってもらえないだろうか」


「え?」


 シェイリーンが「キャーッ!」と黄色い声を上げた。


「私と結婚してもらいたい」


 アスコットは言って、片膝を付いた。


(え、え、ええ……っ!?)

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