夜気に当てられる
どうせ最初の頃はいつものように近況報告からだろうし、今のうちにお風呂を済ませておくように桜華には言っておいた。
そしたら、一緒に入る? とか聞かれたので、盗み聞きをする為の時間を確保するため承諾した。
お風呂で酷い目に合ったのは今更なので、もう諦めた。桜華、ひどい。
おおよそ女らしい悲鳴という物とは無念の悲鳴をあげてしまった。悔しい。
ぎゃあとかうぎゃあとかやめろとかひぎゃあとか、そんなんだった。
自宅だからショウガナイネ。気が緩むもんね。
「酷い目に合った……」
「私は楽しかった」
「それはよかった。元気出た?」
「うん」
パジャマに着替えて、わざとらしくタンブラーとケトルに温かい飲み物を作って、今から部屋に戻りますよなんていう体を取った。おやつも少しだけ持ったし。
底冷えする廊下だから、裸足は辛い。靴下を履いて、毛布を二枚部屋からずりずりと引っ張り出してきて、一枚は床にもう一枚はボク達に被せた。
「燈佳が積極的」
「くっついとかないと寒いじゃん」
毛布の下、体を寄せ合って座るボクたち。
日頃から同じシャンプーとか使ってるから、桜華から香ってくる匂いがボクからもするのかなあとちょっとだけ思う。
端的に言えば良い匂いだ。まさか旅行用のやつを持ってきているなんて思わなくて、でも自宅にあるのより、慣れ親しんでしまったそれを二人で使ったのは、まだボクと桜華との縁が切れていない証な気がする。
正直、今は桜華を抱いたあの夜のことを思い出してしまうから、桜華の裸を見るのは少し恥ずかしかった。
だけど、それはまあ追々元通りになるんじゃないかな……。
でも今でも、ほの明るい常夜灯に照らされた桜華の艶めかしい肌を思い出すと変な気分になる。
「どうしたの……?」
「な、なんでもないよ」
「そう?」
慌てて桜華から視線を外してリビングの方に耳を傾けた。
「面白い話してる?」
ボクに覆い被さるようにしてくる桜華にどきどきする。お風呂上がりの薄着と体温の高さも相まって、いつもと同じくらいの距離なのにいつもと違う気がする。
しっとりとした艶のある指通りのいい黒髪に、胸元を開けたところから覗くちょっぴり殺意が湧くほどに主張している胸元。
あれをボクの手で汚したのだと思うと、お腹の奥が少しだけ疼く。ないはずの物が今でもあるかのようなそんな気が起こる。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ」
「そう? エッチなこと考えてたんじゃないの?」
「そ、そんなわけ……」
「だって、お風呂の時からずっと、燈佳の目付き、クラスの男子みたいだった」
どうやら、バレバレだったみたいです。
でも、そんな見方をしてしまったのに、桜華は全く怒らない。たぶん、まだボクの事を好きなままなんだと思う。
ボクも、瑞貴とすることを考える。それと同じくらいにちょっとだけ、あの男の快感を味わいたいと思っているボクもいる。
「燈佳ならいつでもいいよ? 盗み聞きやめて部屋でする?」
「ダメだよ……ボクには瑞貴がいるし……」
「大丈夫だよ。瀬野くんのために燈佳の体を開発するって名目なら許されるよ」
「ちょ!?」
ないよ、ないない。それは絶対ない。
首をぶんぶんと振ってボクは否定する。でも、瑞貴がオーケーだしたら今のボクなら流されてしまいそうだ……。それくらい今の桜華は女性として見た時に魅力的に見える。
耳元で囁くような声が、吐息が、さらりと溢れる一房の黒髪が、お風呂上がりの体温が、薄着の胸元から溢れそうな胸が、全てが誘ってきている。
「……安心して、浮気じゃないよ」
桜華がボクにスマホを見せてくる。
立ち上げられたメッセージアプリ。開かれるのは瑞貴と桜華のやりとり。
みせられたのは、桜華がボクに抱いてと懇願してきた日のやりとりだった。
桜華が瑞貴に、ボクにセックスを求める旨が書かれていて、それに瑞貴が了承したものだった。それで心が揺れるようだったら攻めるから、と。もし、男の快感を覚えて心変わりするようだったら、絶対に勝負から降りたりしないと。そういう宣言だった。
それに瑞貴も絶対に負けないという意思が示されていた。
「気持ちよかったでしょ? 体力がなくなるまで何回も出したもんね」
「それ、は……桜華がもっとって言う、から……」
「私のために頑張ってくれたの? それは凄く嬉しい」
桜華は決して、今のボクに手を出してこない。体を寄せて見せつけて、劣情を煽って、ボクから手を出してくるのを待っている。
ボクの体を開発するという言葉を聞いたとき、正直期待した。
桜華を抱いた日の乱れようをみると、自分でするのと人にして貰うのとじゃ、そんなにも違うものなかと、考えてしまった。
「……私、例え燈佳が女の子で生きていくのを選んだとしても、ずっと好きだよ。お邪魔かも知れないけれど、燈佳と一緒に乱れられるなら、瀬野くんに抱かれても良い」
「桜華……」
「初めては二人っきりがいいだろうから、邪魔しないけど、三人でするならいいかなって。瀬野くんがハーレム作るのは癪だから、残念だけどひーちゃんは入れないけど……」
「まっ……」
待ってと。火が吹き出そうなほどに頬が熱い中、くらくらとする扇情的な桜華の姿を前に、暴走しかかってる桜華を止める方向になんとか思考が向かってくれた。
それはボクの一存で決められることじゃないし、もし本当にその計画を発動するなら三人でちゃんんと話し合わないといけない。
今も、男と女でぐらついているのは確かだ。
瑞貴からは告白と男の姿のボクに口付けを、桜華からは最初で最後の思い出になる処女をもらった。
でもそれだけだ。それだけなんだ。
女として生きる事を決めていた気持ちをぐらつかせるほど、桜華のパンチは鋭かった。でも、あの桜華の乱れ様をボク自身がこの身で味わいたいと、その先にある物を得たいと思ったのも確かなんだ。それと同じくらい、その先にある姿の桜華をみたいと。ボク自身の手でその先の姿にしたいと思ってしまった。
だから、あの日、懇願されて抱いた時、一度だけじゃやめられなかったし、避妊具もつけなかった。桜華に頼まれたというのもある。だけど、最初の一度目が若気の至りとはいえ、子供を作るための、遊びじゃない性行為だったのがいけなかった。
男の本能みたいな物だったんだと思う。そして、それを味わってしまったのがダメだったんだ。味わったこともなく、女として馴染んでしまえばこんなこと考えずに済んだはずなのに。
「……桜華、今はダメ」
「そっか……」
「うん。今のボクは、ボクが二人居ればいいのにって思うくらい揺れてる。多分今桜華に攻められたら、負ける」
「……フェアじゃない?」
「うん。桜華はボクにアプローチする時間は沢山あるよね。家も学校も一緒だから。でも瑞貴は基本的に学校だけだから」
「そう、だよね。私もずるいかもって思った。ごめんね」
「ううん……、決めきれないボクが悪いから、気に病まないで」
こくりと頷いてくれた桜華の瞳に滲む雫は見ない振りした。
電気は消してあっても、肌が触れ合う距離なんだ、嫌でも目に入る。
声のトーンを落としたやりとりだったから、父さんたちには気付かれていない。
リビングからは楽しそうな声が、ずっと漏れ聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます