女三人よれば

 十二月に入ってからの初めての休みの日に、ボクと桜華と、それと緋翠の三人で買い物にやってきた。

 場所自体はいつものショッピングモールだ。

 緋翠は気乗りしない様子だったけれど、そのままだとダメになりそうな気がしたから、無理矢理にでも連れてきた。


「あーたーしーの事はいいのー!!」

「ダメだよー。どうせだし、みんなでプレゼント選ぼうよー」

「いーやー!!」


 我儘だ。しょうが無いとは言え随分と意固地になっている。

 今日だって、桜華が緋翠の家に押しかけて、身だしなみを整えさせて引っ張ってきたのである。


「振られたんだから、諦めないと!」

「うぅー!!」


 唸る緋翠と、窘める桜華。

 ボクがお願いして引っ張ってきてもらったのだ。

 緋翠とも話をしないといけない気がするから。


 諦めてとは言えないけれど、ちゃんと向き合って欲しい。

 ずっと逃げ続ける訳にもいかないだろうし。

 逃げれば逃げる程に辛くなると思うし。それはボクが経験したことだ。


「えっと……諦めなくてもいいと思うけど、ちゃんと向き合わないと、辛いだけだよ?」

「うぐぐ……」

「ほら、ボクは逃げた末の辛さを知ってるからさ。えっと、桜華を見習ったらどう?」


 えっへんと胸を張る桜華。

 振ったにもかかわらず、ずっとボクを好きでいてくれる桜華。

 凄くありがたい。だけれど、そのせいでボクは桜華に頼り辛い所がある。


「桜華みたいに図太くはいきられない……」

「じゃあ、折り合いつけなきゃ」

「うぅ、なんで二人からあたし攻められてるんだろう……」

「ひーちゃんが瀬野くんに対してけじめをつけないから!」


 酷い良いようではあるけれど、踏ん切りをつけていないのは確かだから、ボクはそれに対して何も言わない。

 できればぎくしゃくせずに友達同士に戻って欲しいというか、なんというか。

 今のままじゃ、これから先ずっと辛いだけだと思う。


「うぅぅ……そんなに簡単に踏ん切りがついたらこんなに苦労しないわよ」

「私、ちゃんと踏ん切り付いてるけど」

「桜華のは踏ん切りって言わない! ただ未練がましいだけ!」

「違うし、諦めてないだけだし。折り合いは付いてるし! いつでも燈佳を性的に食べる気満々なだけだし!」

「うわあ……引くわ……」


 うん、ちょっとボクも身の危険を感じる……。

 えっと、ボクまだ食べられる気はないんだけど。というか食べられるなら瑞貴がいいし……。


「燈佳はなんか、妄想の世界に入ったし……」

「入ってないよ!?」

「顔真っ赤にして何を言っているんだか……」


 うぅ……。ちょっと想像したら、急に恥ずかしくなって、顔が赤くなってしまった。恥ずかしいというか、はしたないというか……。


「もう、何想像してるかすぐわかっちゃうなあ……。燈佳のえっち」

「ひどくない!? なんでボクに矛先が向くのさ!!」

「そこにえっちな妄想をしていた燈佳がいたから」


 してないし。ちょっと瑞貴とする想像しただけだし。

 全然してないし。ちょっとしかしてないし。


「そういえば、瑞貴とはどうなってるのよ」


 復活してきた緋翠がボクに突っかかってくる。


「どうもこうもないよ! 最近避けられてるんだけど! ボク何か悪いことしたかなあ!!」


 したことはしたんだけど、ボク悪くないし……。

 焦らす瑞貴が悪いんだし……。


 熱くなる頬を抑えて、あの日の事を思い出す。

 本の数瞬しか触れなかった唇の感触が今でも思い起こされる。


「これ、何かあったよね……詳しくききましょうか? 瀬野くんが風邪引いたときに何したの?」

「うっ……」


 自爆した。

 こうみょうな、ゆうどうじんもんだ!!


 というか、なんでピンポイントで当ててきたの!?


「ほら、早く吐きなさいよー! げろっちゃいなさいよー!」


 酔っ払いみたいな態度で、緋翠がボクの肩に腕を回してくる。

 なんか自棄になってないかな!?


「うぅ……ボクだけの思い出にしておきたかったのに……」

「ほうほう、何があったのかなー?」


 空いた手の人差し指で、ボクの頬をぐりぐりとつつく緋翠となされるがままのボク。桜華は遠巻きににやにやして見ている。

 あの日の事は、桜華にも話してない。


「うぅ……その、ボクが……我慢できずに……」

「我慢できずに?」

「い、いわなきゃだめ?」


 凄く恥ずかしいんだけど!


「言えば、帰りに美味しい物を奢ろう! あたしはその話をきいて吹っ切るから!」

「なにそれ! 吹っ切るって、そんなのことで吹っ切れるの!?」

「たぶん……」


 なんなんだろう、ボクにはよく分からないよ……。

 これ、言う雰囲気なの? え、言わなきゃダメなの……?


 二人して、なんで、そんな期待に満ちた目でボクを見てるの?


「ああもういいよ! 言うよ!! 言いますよ!! ボクだって男だもん、腹括るときは括るよ!!」

「ちょ、燈佳、声大きい!!」


 自棄になったボクは強いんだからな! 二人は忘れてるだろうけれど、ボクだって元々は男の子なんだ、そういう思い切りの良さは持ち合わせてるんだ!!


「えっと……あの……その……」


 腹を括ったのは良いんだけれど、やっぱり思い出すと恥ずかしくなって言葉がどんどん尻すぼみに小さくなっていく。


「んー?」

「はやくはやく」


 二人して、ボクを急かしてくる!

 うぅ……あのボクだけの幸せを二人に共有したくなくて、それに思い出せば思い出すほど、なんであんなことをしたんだろうと恥ずかしくなってしまう。


「うぅ………………しました……」

「聞こえないんだけど?」


 くそう……ごまかせなかった……!

 小声でごにょごにょっていったのに、ごまかせなかった!!


「キス……しました…………は、恥ずかしい!!」


 言った。言ってしまった。

 ボクだけの思い出。ずっと胸の内にしまっておこうと思っていたもの。


「……大胆ね」

「私はしたことあるから」

「うそっ!?」


 ……桜華は、したねえ。

 で、桜華さん? なんでボクに近づいてるんですかね。


「ひーちゃん、そのまま燈佳を捕まえてて」

「へ? え、あ、うん」


 がっしりと緋翠がボクを捕まえる。

 そして桜華の顔がどんどん迫ってくる。

 いけない、それいじょうはいけない!! だけど、緋翠に抑え込められてて、逃げるに逃げれないし、緋翠もうわあ、なんて言ってずっと見てるし。

 ボクは覚悟を決めてぎゅっと目を閉じる。


「ちゅっ」


 そんなリップノイズだけが響いた。

 恐る恐る目を開けると、目の前に桜華が悪戯成功みたいなどや顔でいる。


「外でするわけ無いでしょ」

「だ、騙された!?」

「騙してないし」


 ひどい……純情を弄ばれた。


「して欲しいならするけど」

「……桜華、強いわね」

「ひーちゃんも、これくらい強かに生きれば楽だと思うよ?」

「流石に無理。だけど、言いたいことはわかった。燈佳、あたし、諦めなくてもいいのかな?」


 拘束する力を弱めながら、緋翠が恐る恐るボクに聞いてきた。

 ボクの答えは決まっている。


「ボクに聞かれてもねえ? 緋翠の自由だよ」


 そう、緋翠が何をするにしても、緋翠の自由なのだ。

 だから、誰かにお伺いを立てる必要が無い。


 桜華みたいにってのはそういうことだ。


「え、あ、うん! 二人ともありがと、だいすきっ!」


 緋翠に笑顔が戻った。

 二か月、ちょっと長い落ち込み期間がやっと終わったようだ。

 これで少しはマシになってくれたら良いなあ。

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