我慢ができなかった

 少しだけ楽になった感じの瑞貴を見て、ボクは台所に戻った。

 ドタバタと煩くしたけれど、どうやら大丈夫だったみたい。穏やかな寝息が聞こえてきた。

 さて、と。最低限の調味料しかない状態で作るご飯というのは割と手間だ。

 おかゆも本当は土鍋があるといいんだけど、そう言うのも見当たらない。

 辛うじて鍋が二つ。後はフライパンのみ! あ、後ヤカン。

 本当に最低限の物しか無いよ……。


「凄いなあ……」


 ボク自身料理をする人だから、ものが少ないなあって思うけど、自炊をあんまりしないならこれくらいでいいんだろうなあ。


 気を取り直して、まずはお味噌汁から。

 といっても、出汁を取って簡単に味付けをしてワカメを入れて、味噌を溶くだけなんだけど。

 病人食はどうしても簡単なものになってしまう。

 風邪引いて舌がバカになってると思うから、その中で薄いと思わせるくらいまで味をつけないといけないから、濃い味にしないといけないというのはある。

 あんまり体によろしくはないけれど、味を感じるってそれだけで食べた実感に繋がるからとても大事だ。


 鍋に水を張って……量はそんなに多くなく。明日もお見舞いに来れば良いから、その時にまた作れるようにすればいいかな。

 昆布は一枚物をそのまま鍋に沈めて、煮干しは一緒に買ったお茶のパックに入れて鍋の中に。鰹節もあれば良かったんだけど、とりあえずはその二つで。

 煮たって暫くして、出汁用の二つを取りだして、下味をつける。


「んっ、しょっぱい……」


 味噌を溶く前に味を確認する。めちゃくちゃというほど酷くはないけど結構味が濃い。これに味噌を溶くって考えると……。

 その前に、ワカメと葱を入れて。

 ワカメの塩気で更に塩辛くなるけど……その分おかゆは薄味にしてしまおう。

 元々そう言うコンセプトだし。


「うん、こっちはこんなもので」


 味噌を溶いてしまって、仕上げに荒く解した卵を入れてゆっくりとかき混ぜる。

 白身と黄身が良い感じに斑に伸びて美味しそうだ!

 あとは食べる直前に火にかけて温め直せばいいかな。


 さて、次はおかゆだ。

 ご飯は固めに炊いておいた。おかゆにするなら柔らかめがいいんだけど、結局水を吸わせるから、こういうのは固めに炊く方が後々の食感が残っていい。

 流動食が必要なんじゃなくて、食べやすいの且つ食べた実感が必要なのだ。

 本当はうどんとかのほうがいいんだけど、伸びきった時の事を考えると後からでも食べられるご飯ものアンド汁物は割と最適解なのだ。ついでにデザートもある。


 塩気は最低限で、梅干しは種を取って荒く千切って鍋の中に。

 水を少しずつ調整しながら、固さを見る。

 本当は木しゃもじがあればいいんだけど、無いからフライ返しで。

 プラスチックのしゃもじは熱で溶けちゃうからね。

 昔やったことがあるから経験値として覚えているのだ!


「うぅ、梅干し……酸っぱそう」


 梅の香りと見た目だけで唾が染み出てくる。目茶苦茶酸っぱそう。

 ごくりと喉を鳴らして、二粒ほど粗く千切ってしまう。

 それをぱらぱらっとおかゆの中に投入。ざっくりかき混ぜておかゆの完成だ。こっちも食べる直前に温め直せばいい。


 最後にデザートというか、もしかしたらこっちがメインになるかもだけど……。

 えーと、ボウルボウルっと。

 深皿でもいいんだけど……。


「うわあ……丼しかない。酷い……」


 よし、今度食器一式買ってこよう。いくら何でもなさ過ぎだよ!!

 まあ、いいや。とりあえず今できることをやるのです。


 りんごの皮を剥いて、半分に割って、半分は普通のりんごに。うさぎさんとかにはしない。んで、もう半分は薄くスライスしてしまう。すり下ろし器があればよかったんだけど、無いから、薄くスライスして、更にさいの目に切る。

 手間がかかるけど、美味しく食べれるようにしないとだしね。

 さいの目にしたりんごと買ってきたヨーグルトを混ぜ合わせて、デザートの完成だ。少し甘みを出すために砂糖を入れておいた。甘すぎないようにほんの少しだ。

 果物の甘さもあるからね、あんまり入れすぎない方がいい。

 凝ろうと思えばいくらでも凝れるけど、それは瑞貴が元気になったときのために残しておかないとね。


「瑞貴ー? ご飯できたけど、食べれる?」


 呼んでみるけど、返事はない。

 寝付けたのかな。それなら起きてくるまで起こさないようにしないと。

 鍋に蓋をして、デザートはラップをかけて冷蔵庫に。

 冷蔵庫の中身も全然ないなあ……。


「あ、洗濯物」


 一回目はもう終わってるから、二回目をかけないと。

 外に出るともう真っ暗だった。


「日が落ちるのが早くなったなあ……」


 つい最近までこの時間でも明るかったのに。

 季節が過ぎるのは早い。


 洗濯物を取り出して、次のを入れる。パラソルタイプの物干しがあるから、それに洗濯物を干していく。

 それもすぐに終わって、また洗濯機が止まるまで部屋の中に戻る。


 瑞貴はまだ起きてない。

 ボクはそばにぺたんと座って、瑞貴の寝顔を見る。

 熱冷ましシートのお陰か分からないけれど、寝顔は穏やかだ。


「瑞貴……」


 いつ、話をしてくれるのかな……。

 ボク、待ってるのに。

 こっちはもう心の準備ができてるんだ。全部話す覚悟はできてるんだ。

 だから、いつでも話をしてくれていいんだよ。


 でも、ボク、もう我慢できないよ……。

 瑞貴が欲しい。誰にも取られたくない。

 こんな弱ってる所につけ込んでしまうような悪い子だけど、嫌わないで欲しい。


 自分からするキスってどんなのなんだろう……。

 瑞貴のかさついた唇に目を奪われる。


 いいかな……。寝込みを襲うような形だけど、いいかな……。


 ボク、今、最低なこと考えてるよね。


 キス、したい……。


 こんなにも好きなのに、待ったをかけられて、全部、全部話す事ができない状態でいつも通りって、やっぱり無理だよ……。

 ボクは瑞貴の事が好き。


 熱で赤くなっている顔、ちょっとみっともない熱冷ましシートが貼られたおでこ。

 安らかに閉じられた瞼。長い睫。整えられた眉。

 いつもはおちゃらけてるのに、こうやってたまに弱ってるところを見せてくれるのが、たまらなく愛おしい。


「もう……ボクの方が我慢できないよ……」


 呟いて、唇を重ねた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る