お見舞いにいった

 生徒指導室を後にして、教室にいた桜華に事情を話してボク一人で瑞貴の家に行くことにした。

 住所を見る限り、閑静な住宅街みたいだ。

 今の時間、人が多いだろうけれど、多分大丈夫。


 荷物を持って、下駄箱で靴を履き替えて、校門を出る。

 少しだけ恐怖が襲ってくるけれど、それ以上に瑞貴の事が心配だ。

 一人暮らし。もしかしたらご飯も禄に食べられていないのかも知れない。

 そう考えたらいても立ってもいられなくなった。


 でも、すぐに向かっても、という問題がある。瑞貴の家に食材が何もなかったら元も子も無い。

 住所を地図アプリに打ち込んで、瑞貴の家までのルートを探し出して、近くの薬局とスーパーを探す。病院に行けてなかったら風邪薬も無いかも知れない。

 意外と近くにあった。この距離なら、今のボクの力でも少しは荷物を運べる。流石にお米くらいはあると信じたい……。後は調味料もある、かな?


 食べやすいものと、免疫力を高める為のもの。熱冷ましと、最悪お腹を下していたときのことを考えて、買う物を頭の中でリストアップする。

 おかゆと、具の少ないお味噌汁。それとりんごとヨーグルトがあるといいかな?

 後はスポーツドリンク。経口補水液もいいけど、あっちは味付けが完全に薬品で美味しくないから受け付けないかも知れない。それだったらジュース感覚で飲めるスポーツドリンクの方がいいかも。

 おかゆは、梅干しの果肉を入れて酸味をだすか、卵を落とすか……。卵はお味噌汁に入れる方がいいかな。そうすると少し塩分過多になるから、おかゆの塩分は控えめにして、最悪ねこまんまな感じで、食べて貰う手もあるかも。


「よしっ」


 やることは決まったから、早速行動だ。

 まずは薬局に寄って、総合感冒薬と解熱鎮痛剤を買う。

 夕方の人の多い時間ではあるけれど、個人店のお陰かお客さんの数は少ない。

 スポーツドリンクも置いてあったけど、値段が殆ど定価だから無視だ。


「すみません、風邪薬と解熱剤ありますか?」

「ん、ああ、あるよ。えーと誰か風邪でも引いたのかな?」


 レジにいる店員さんに話しかける。初めてのお店は自分で探すより店員さんに聞いた方が早いんだ。後余計なものが目に入らないからいい。


「友人が風邪引いて、お見舞いのついでです」

「詳しい症状は分からない感じか」

「はい」

「それじゃあ、これとこれでどうだろうか?」


 カウンターの裏から、箱物を二つ。それと熱冷まし用のシートを一箱、店員さんが見繕ってる間にレジの上に置いておく。

 粉末剤の風邪薬と、錠剤の解熱鎮痛剤。流石に座薬形式は取り扱ってないみたいだ。熱の時は座薬が一番なんだけどね。あれ、結構恥ずかしいけど。

 ボクが熱を出したときは絶対お断りな代物だ!


「あ、はい、それで大丈夫です」

「はい、じゃあお大事に」


 お金を払って品物を受け取って、薬局を後にする。

 次はスーパーだ。

 こっちは人でごった返しているけれど、慣れたもの。

 タイムセールの戦場から離れて、人の流れに逆らわないように籠の中に品物を放り込んでいく。といっても、簡単なものだ。

 梅干しに卵、増えるワカメ。それと刻み葱用に葱。それとりんごとヨーグルト。後は元気になったときに食べても、傷んだら捨てちゃってもいいようにカットフルーツを入れる。

 それと、もし無かったときの為に味噌。だし用の昆布と煮干しも忘れないようにしないと!

 後は……ちょっとボクが食べたいおやつ。パック入りのみたらし団子をこそっと忍ばせて、最後に冷えてないスポーツドリンク。

 きんきんに冷えてるのは、お腹下しちゃうかも知れないから常温のものがいいのである。ボクの持論だけど。

 自宅じゃ結構ちまちま揃えてたから少なく済んだけど、一気に揃えるとなるとやっぱり荷物がかさばる。それに重い。


 買い物袋をもって、ちょっとよろけながら瑞貴の家を目指す。

 これなら手伝いを申しでてくれた桜華と一緒にくればよかった……。

 ううん、風邪が移ってもダメだし、行くのはボク一人だけでいい。

 ボクは風邪引かないし、多分。

 引いたら引いたで、瑞貴がお見舞いに来てくれたら嬉しい。我儘言って添い寝……は流石にきついか。お風呂とか入れないだろうし、ニオイ嗅がれたら憤死する。

 あ、でも添い寝いいなあ。一緒のお布団に入って……優しく抱きしめて……。

 って、違うよ! それはお付き合いが始まってから! それにそんなことしたら我慢できる自信ないよ!!


 頭に浮かんだピンクの妄想をかき消して、瑞貴の家を目指した。

 といっても、スーパーからすぐの所にそれはあった。

 木造の二階建てアパート。言っちゃあ悪いけどおんぼろだ。築四十年とか余裕で経ってそう。

 このアパートの一階に瑞貴が住んでいる。


 玄関の前に立って、呼び鈴を押す。眠っていたら迷惑だろうけれど、流石に不法侵入をする程ではない。

 どたどたと慌てた音がして、玄関の扉が開いた。


「あれ……燈佳……?」

「瑞貴、大丈夫?」


 荒い息使いに、赤く染まった顔。

 寝癖まみれの髪に、汗を吸って重そうなパジャマ。

 それに鼻声。もう完全に風邪である。


「どうしたんだ?」

「お見舞い」

「風邪移るから……」

「いいからいいから。移した方が早く治るっていうし。横になってて」

「お、おう……すまん、結構起きてるの辛いからそう言って貰えるのは助かる」

「気にしないで、ご飯食べた?」

「いや……ずっと寝てたから……」

「だと思った。すぐ作るから」


 と、いってもご飯が炊けるまではする事が無いから、瑞貴のお世話だけど。


「台所借りるね?」

「ああ」


 瑞貴を玄関から見える寝床に押しやって、台所に立つ。

 そして物色。何がどこにあるのかを把握して、効率的に。


 炊飯機は暫く使われていないのか、埃被ってた……。

 えっともしかして自炊してない……?

 全体的に埃被ってるから、多分コンビニとかお総菜とかで済ませてそう。


 お米は辛うじてある、けどギリギリ二食分って所かな?

 それと最低限の調味料。

 ……食生活酷そうなのが窺える。

 お夕飯も今度から呼ぼうかな……。桜華次第だけど。

 家から遠いしお裾分けってわけにもいかないし。流石にこんな台所事情見たら怖い。ボクが作りに来てもいいんだけど。そしたら通い妻……?

 ふっと頬が熱くなった。うう……瑞貴の住んでいる所だと思うといかがわしい妄想ばかりしてしまう。


 は、早く作ってしまおう! その前に台所の掃除からだけど!!

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