桜華の切実なおねがい
始業式が終わった。相変わらずの話す内容が端的な理事長のお陰で、始業式はすぐに終わった。まあでも、夏は大いに楽しんだかと問われたら頷く人の方が多いんじゃないかな。
教室に戻ると、すぐさまHRだ。これが終われば今日の日程はお終い。
明日一日使って五教科の実力テストが行われる感じだ。
「来月には文化祭があるから、明日のテストが終わったら実行委員決めるからなー」
鈴音先生の言葉にえーっとみんなが不平を漏らす。
正直委員とかやりたくないよね!! 分かるよ、その気持ち!
「あー、それと、渡辺は都合により退学した。濁しても仕方ないし素直に伝えておこう」
惜しまれる声よりも安堵の空気が教室内に流れた。
ボクはできれば仲良くしたいところではあったけれど、多分最初から無理だったんだろうなあ。ちょっとやるせない。
退学扱いになった事は始業式が始まる前に鈴音先生に事情を教えて貰っていた。
流石に銃刀法違反や度重なる迷惑行為が積み重なって、警察の厄介になったらしい。
ボクの懇願は受け入れて貰えなかったとのことだ。
「さて、暗い話は置いておこうか。どうだー、夏休みは楽しんだか? 雰囲気変わってる奴もチラホラいるしな。笹川とか、何があったレベルだしな」
先生の一言で、視線が桜華に集まる。
桜華はすっと立ち上がると。
「十年来の片想いに決着が付きました。振られたけど」
事も無げにそう言った。いやそれ言っちゃダメでしょ!?
ボクに視線が集まってるじゃん! 桜華振ったってバレてるじゃん!?
でも、それを聞いて、色めきだつ我がクラス。
「流石に、言わなくてもいいんだぞ……?」
「いえ、だって諦めてませんから」
「そ、そうか」
泰然的な態度を崩さない桜華に、色めきだっていた男子たちが落胆した。
そんなにおっぱいがいいのか。
まあ、ボクは瑞貴が居ればそれでいいけどね!
「さて、気を取り直して、あんまり夏休みの感覚を引きずるなよー。後実行委員に立候補したい人とか居れば今のうちからでもいいからな」
ブーイングが凄まじいけれどなんか一人手を上げてる?
「おお、初雪か。やってくれるのか?」
「ええ、まあ。委員になっておけばクラスの準備はサボれるかと思って」
初雪さん。確か初雪こなただったっけ……。
珍しい名字で、何かのアニメのネタで自分の事を平仮名三つでこなたとか言ってる人だ。
後、このクラスに入って暫くしてから、一人称が私からボクに変わった人。一人称を変えるのがマイブームらしい。四月五月は私と俺とを行き来してたけど、六月辺りからボクになったみたい。時折話をするから性格とかは少しは分かる。
「なんつーか、後ろ向きな理由だけど、助かるよ」
「仕切るのはやります。だけど、板書はできません。ボクこんなんだから」
そう言って、初雪さんは立ち上がる。そう、あれなのだ。ボクと大して身長が変わらないのだ! といっても彼女の方が少しばかり背が高いけれど。
これで、このクラスの女子の平均身長が一五五くらいというのだから、高いのと低いのの差が激しいことが分かるであろう。
「なら、女子は初雪で、男子はとりあえず明日でいいか。そんじゃ今日は解散! 気をつけて帰れよー」
さようならという大合唱と共に慌ただしく教室を出て行く人達。
中には友達同士仲良くなんてこともある。
「俺等も帰ろうぜ。昼前だしどっか寄っていくか?」
音頭を取る瑞貴の声にドキドキさせられた。
正直、隣の席は嬉しい反面、嬉しすぎて胸が苦しくなる。
触れたいのに、触れられなくて、もうどうにかなってしまいそう。
格好いいなあ……。
「燈佳」
「ふ、え?」
急に名前を呼ばれたから振り返ると、桜華が珍しく苦笑していた。
「あなた、さっきからもうずっと目で追ってる」
「えっ?」
何のことだろ?
ボク何か変な子としたかな。
「気付いてないの? さっきからずっと瀬野くん見てる。というか教室はいってからずっと」
そっと耳打ちしてくる桜華の言葉に、頬がかあっと熱くなった。
そんなにボクずっと目で追ってたの……。気付かなかった。
でも、確かに、思えば、ずっと瑞貴を見てたかも……。
惚れた弱みという奴です。
「し、仕方ない! 諦めてっ!」
気付かされて目茶苦茶恥ずかしいんだけど!! もう、顔真っ赤だよ!
「二人は一体何をコソコソしてるんだ?」
瑞貴がボク達に呆れた様に声を掛けてきたけど、悟られまいと、慌てて何でもない風を装った。もうバレてるかも知れないけどね!?
そしたら、桜華が思い切りボクを抱きしめて、
「燈佳は渡さないっ……!」
犬のうなり声でもするんじゃなかろうかと言わんばかりの勢いで、瑞貴を威嚇し始めた。
やめてよ! 瑞貴の側に居させてください!
「お、桜華……苦しい……」
「やめやーめー。燈佳がタップしてんぞ、笹川さん離してやりなさいな……」
マジで落ちる五秒前。危なかった。苦しくて死ぬかと思った。
大きいおっぱいは時に凶器である。窒息するかと思った。
でも、傍からみたらこれって羨ましいんだろうなあ……。今度やってみたいな。ボクの胸じゃ残念なことになるだろうけど。
なんというか、夏休みを挟んだお陰なのか、桜華や緋翠と腹を割って話をしたお陰なのかは分からないけれど、ボク達の関係は随分と様変わりをしたように思える。
相変わらず好きな人については変わらないけれど、お互いの中に隠し事はなし、いつ攻めるのかも各々の判断っていう感じになってて、風通しが良くなったような。
そのせいで、桜華が大分暴走してるけど、正直これくらいのスキンシップは小学校の頃からだったし、慣れっこだ。
「瀬野くん」
「おう、なんだ?」
「瀬野くんに私から一生のお願いがあるんだけど」
「珍しいな、笹川さんが俺にお願いって。はは、まさかっ、おっぱい揉んで下さいとかか?」
最低だ。あ、緋翠が腰の入った正拳突きを瑞貴に見舞った。凄い綺麗なフォームだ。殺る気に満ちあふれてる。
桜華のはダメだけど、ボクのなら別にいいんだよねえ……。小さいけど。
「それは、考えてお――」
「まじで!? ぐおっ……」
今度は顎だ。凄い。食い気味だったし、緋翠の行動も早かった。
「えっと、そうね、とある許可さえ出してくれれば、あなたの言うこと何でも聞く」
「なんだその、不穏な許可願い」
うん、ボクもそう思った。不穏すぎる。もう嫌な予感しかしない。背筋に悪寒が走るレベルだよ!!
「うん、燈佳が私を目茶苦茶にする許可出して? なんでもするから。」
「いや、なんの話だそれ!? つーか、なんで俺がその許可出さないといけないんだ!?」
うわああ、あの時の事を今言うのか!! 勘弁してよ! あの日の事思い出すじゃん……。何これ、新手の辱め? ボクを辱めて楽しみたいの!?
勘弁してよ、もう!!
「ん、こっちの話。だから、瀬野くんは深く考えずにゴーサインを出せばいいんだよ?」
「いやいやいや、なんかそれ、OK出したら、ダメな気がする奴なんだけど!?」
ボクはホッと胸を撫で下ろした。
瑞貴の危険予知能力が高くて良かった。一安心だ。
OK出してたら、ボク、桜華に奉仕しないといけなくなってたよ。えっと流石にその、女同士でするのはちょっと気が引ける……。興味がないわけじゃないけど。どうなるのかって意味で。
「桜華、凄いわね……。諦めてないって本当だったんだ」
緋翠が呆れた様な、感心した様な声をあげた。
ボクもそう思う。そして攻め方が大分露骨になってきた。
そろそろ一人で慰めてるときに突撃されることも視野に入れないといけないかも知れない。
流石に一人でしてて、だらしない顔をしてる所はボクだって見られたく無いし!
「じ、自分の身は自分で守れるようにするけど……、危なくなったら緋翠、助けて、ね?」
「う、うん……できる限り頑張るけど……、燈佳も頑張ってね?」
ボクと緋翠はぎらついた目を向ける桜華に、二人して怯えるのだった。
肉食獣の本領が発揮されてきて本当に怖い、です。
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