桜華のなやみ・後
冷たい麦茶をいれて、朝方に食べようと思って買ってきておいたお高めのおやつとっておきを持って、リビングに戻る。
折角なら、元気になってみんなで遊びたい。
ボクに聞ける悩みなら聞いてあげたい。
だって、ボクと桜華ちゃんは幼馴染みだし。それにボクが女の子になったばかりの頃は一杯助けて貰った。
だから今度はボクの番だ。
「はい、お菓子もあるから、ゆっくり話そう」
「ふふ、ありがと。えっと……」
やっぱり言い淀んでる。ボクに話しづらい事なのかな……。
「無理には聞かないけど、側に居ることくらいはできるからね」
「ありがと。お願いがあるんだけどいいかな」
「無理難題じゃなければ」
改まってお願いって何だろう。
大体いつも軽い感じなのに。
「ん……私の前に座って欲しい」
桜華ちゃんが少し足を開いて、丁度ボクが座れる位のスペースが出来ている。
ええっと……。これちょっと恥ずかしいんだけど。
でもまあ、無理なお願いじゃないし。
「いいよ」
ボクは桜華ちゃんに体を預けるようにして座った。
ううむ、流石にちょっと恥ずかしい……。
だけど、それ以上に、なんというか、背中に当たる女の武器的なあれが憎らしくて……。持たざる物の僻みだって分かってるんだけど……。
そんなことを考えていたら、ぎゅっと抱きしめられた。
でも、腕の力は弱々しくて、本当にこんなことをしてしまってもいいのだろうかという不安の様な物を感じる。
「桜華ちゃん?」
「ごめん、今はこっち見ないで欲しい……」
振り向こうとしたら、止められた。
そういえば少し体が震えてる……?
一体どうしたんだろう。
「うん、わかった、けど、大丈夫?」
「もう少しこのままでいさせて……」
それから暫く、桜華ちゃんは震えながらボクを弱々しく抱きしめていた。
時折洟をすする音や、片手を動かす仕草から、静かに泣いているのだろうというのは予想出来たけれど、ボクはあえて何も聞かなかった。
きっとそういう日もあるんだ。
我慢ができないときは誰にだってある。ボクにできるのは寄り添って話を聞いてあげることだけだ。
「ん、ごめんね、急に泣いたりして」
どれくらい経っただろう。ぼんやりとテレビの音を聞き流しながら桜華ちゃんが落ち着くのを待った。
別に泣いたことについてはなんとも思って無い。
ボクだって、一杯迷惑を掛けたし、みっともないところ一杯見せたし。
ちょっとくらいボクにみっともないところ見せてくれたっていいと思うんだ。
いつもおすましだし。
「大丈夫だよ。落ち着いた?」
「うん。えっと、話、聞いて貰える?」
「聞かせてー?」
聞くだけならタダだ。
それで答えが出るかなんて分からない。別にそれはそれでいいと思うんだ。
今は桜華ちゃんが落ち着いて、思いの丈をぶちまけてくれるのただ聞こう。
「私ね、燈佳ちゃんが好き。ずっと言ってるけど、本当に好きなの」
「……うん」
「でも、それ以上に中学の時の話を聞いて、燈佳ちゃんに幸せになって欲しいって思ったの。友達を守るために動いたのにその結果友達に裏切られるなんて辛い……。だから、私だけは絶対味方でいてあげようって」
「ありがとね」
桜華ちゃんからボクに向けられる好意。
最初の言葉に含まれる熱量、今のボクには伝わる。
「男の子とか女の子とか関係無くって、榊燈佳さんが好きなの。人として、私を引っ張ってくれた燈佳さんが……」
「桜華ちゃん……ううん、桜華。言い換えなくていいよ。呼び捨てにして。ボクと桜華の仲じゃん」
敬称を男の方にするか女の方にするのかに悩んでいた桜華ちゃん。
多分、くん付けで読んでいたのは、ボクが女になったことを認めたくなかったから。そしてちゃんに変わったのはボクが女だって事を認めたからかな。
「いい、の? 私に呼び捨てにされて嫌じゃない?」
「気にしないよ。好きなように呼んでくれていいんだから」
「あ、ありがとう。燈佳……」
ぎゅうって力強く抱きしめられる。ちょっと痛くて苦しいけれど、桜華ちゃん……桜華の喜びが伝わってくる。
「ずっと……ずっとあなたの名前を呼びたかった……。対等な関係で、遠慮がない感じでずっと……」
「そっか。ボクも早く呼び捨てにしてればよかったね。昔なじみのよしみでずるずると来ちゃってたね。ボクだって桜華のこと嫌いじゃないもん」
「ん、嬉しい……」
肩に掛かる重み。囁くような声がボクの耳朶を打つ。
やっと、顔を見てもいいのかな?
「でもね……やっぱり応援するだけって辛いの。私は燈佳が欲しいから。瀬野くんに靡いてる燈佳をみるのは辛い」
「ごめんね……でも、やっぱりボクは」
「ううん、それはいいの。誰を好きになるかなんてその人の自由だもん。ただやっぱり燈佳とそう言うことしたいって思ってたから」
そういうこと……つまるところエッチなことだ。
想像して頬が熱くなる。
「それって女の子同士でもしたいの……?」
「ん……体を重ねられたらしなくても。今でも幸せ。でも燈佳の心が私に向いてないのはちょっと辛い」
「それは……」
「ううん、いいの。燈佳には幸せになって欲しいから」
ボクの幸せ……。ううん、でもボクだって桜華には幸せになって欲しい。
でもどうやったらいいんだろう……。ボクは瑞貴を見ていて、桜華はボクを見ていて……。目線が合う事なんて無いのに。
「ごめんね、変な話して」
「ううん、元気でた?」
「うん。どうしようもないってのが分かったから元気出た。だから……」
「んぅ!?」
唐突に柔らかい物がボクの唇に押し当てられた。
それが、桜華の唇だと言うことに気付いたのは一瞬触れて離れてからだ。
あっ……ボクのファーストキス。桜華に奪われた……
「燈佳のこれだけはわたしに頂戴。それ以外は全部瀬野くんにあげるから」
「ひ、ひどいよ!!」
「大丈夫。女の子同士だからノーカンだよ。これで、これから一杯気持ちいキスの練習できるよ」
「し、しないから!」
しないよ。本当だよ? そういうのはちゃんと瑞貴と一緒に頑張っていきたいから。
「女の子の気持ちいい所とか教えてあげるのに……」
「余計なお世話だよ!?」
「でも開発しておくと初めての時あんまり痛くないって聞くよ?」
「も、もお、やめてえ……」
元気になってくれたのはいいけれど、ぎゅうぎゅうに抱きしめられたまま囁くようにそんな事言われたら、ボクの頭の中はどうにかなってしまいそうだ!
あそこがむずむずする……。あの時見た映像の時と同じ感じだ……。
これが興奮するって事なのかな……。
「太股すりあわせてる、可愛い。想像したの?」
「うう……」
「ごめん、からかいすぎた。そんな目で見ないで。またキスしたくなっちゃう」
「しないでよ!? 桜華だから特別に許すんだからね!」
「ふふ、ありがと。元気出たよ」
表面上はそう言う風に見えるけれど、抱きしめられた背中越しに伝わってくる鼓動は早鐘を打っていて、桜華が一世一代の決心をして行為に臨んだってのがありありと分かる。
それが、たまらなくいじらしくて……
「おかえし」
ボクは桜華の頬に口付けをした。ボクから唇にするのは瑞貴だけだから、頬で我慢してね。なんて言えないけれど。
「後ね……」
抱きしめられてる腕を解いて、ソファーから立ち上がって、桜華に向き直る。
「いつだって、胸は貸せるから、隠れて泣かないで?」
やっぱり瞳に涙を溜めていた桜華をそっと抱き留めた。
期待に応えてあげられなくて申し訳ないけれど、今ボクにできることは胸を貸してあげることだけだから。
「ふえ……燈佳ぁ……うええぇん……。なんで……どうして……」
「うん、ごめん」
ボクは謝ることしかできない。
だって、ボクは今、桜華に対して決定的な決別を告げたような物だから。
「ボクね、多分瑞貴の事が異性として好き。だから……」
桜華の気持ちには応えられないって、言おうとして、
「さいごまで、いわないで……。もう、わかってるから……ひぐっ……」
「うん、でも、仲のいい幼馴染みのままじゃダメかな?」
「ううん……それで、いい。わ、私……燈佳とは、仲良しのままが、いい……燈佳のこと、大好きだから……」
桜華の気持ちは十分すぎるほど伝わった。
だけど、今のボクには応えられない物だ。
「うん、ありがとう」
だから、ボクは桜華にお礼を言って、泣き止むまでずっと抱き留めてあげることしかできなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます