夜にひとり、考える

 ベッドに寝転がって、貰った髪飾り――バレッタという――を手の中で転がして遊ぶ。

 もうそれだけで、嬉しい。顔がにやける。

 和風な落ち着いた色合いに、淡い紫のアクリルガラスで作られた桔梗の飾り。

 これがボクの誕生花だなんて知らなかったけれど、そう思うと愛着もひとしおだ。


「えへへ……あ、お礼しないと」


 宝物を扱うようにそっと、化粧品や小物が入っている入れ物に入れる。

 改めて、自分の部屋を見渡して、少しずつ、本当に少しずつだけれどこの部屋が無機質な部屋から女の子の部屋になっていることに気付いた。

 模様替えをした覚えは無い。家具の配置はこの部屋を貰ったときのままだ。

 だけど、確かにここは女の子の部屋になっている。

 壁に掛けられた制服は天乃丘の女子の物だし、床に散った雑誌ゴシックラテの広報誌。積まれた漫画本や小説は少女向けの物が増えている。嗜好が変わったわけではない、前から気になっていた物が気軽に買えるようになったんだ。


 三か月と少し。もう女性が異性だとは思えなくなっていた。

 男の子――瑞貴を好きになった。たぶん。これはまだ、わからない。あの時レイプ未遂の時に助けて貰ってドキドキした。それが恐怖からなのかまた違うものなのかがわからないから、確証はない。だけど、好きなんだと思う。

 スカートの裾を気をつけるようになった。無防備な動きをしなくなった。下着が見えることを恥ずかしいモノだと思うようになった。

 ふさぎ込んで暗くなっていたのが前みたいに明るくなったって桜華ちゃんに言われた。これもまだよく分からない。


 桜華ちゃんは、ボクの事を好きだって事ある毎に言ってくれる。

 だけど、それが親愛なのか情愛なのか、分からない。

 でも、その言葉は嬉しい。今のボクも前のボクもひっくるめて好きだって言ってくれてるってことだから、それだけで少しは前向きになれる。ボクはここに居ていいんだって思える。


 でもそれと同時にみんなを騙している事が少しずつ膿の様に心の奥底に溜まっていっている。生理が来る度に桜華ちゃんに弱音を吐いている。どうしてもあの日が来ると心が弱ってしまうんだ。


 いけない、考えが悪い方向に飛んで行ってる。

 頭を振って悪い考えを振り落として、当初の予定通り、瑞貴にお礼のメッセージを送る。


『今日は髪留めありがとね。大事にするよ!』


 何度も書いては消し、書いては消しをして、結局こんな無難なメッセージになってしまった。

 本当はもっと気の利いた言葉があるはずなのに全然出てこなかった。


『喜んで貰えて嬉しいよ。あの時言い忘れてたけど、姫さま似合ってたよ』


 うわっうわあ! 似合ってたって。それだけで嬉しい。本当に嬉しい。

 やっぱりボクも自分から進んでお洒落してみようかなあ。でもボク、どういうのが着たいんだろう。

 クローゼットを開いてボクの趣味に合う服を探してみる。

 色々増えた。春物しかなかったのがいつの間にか夏物も増えて、ちょっとだけ季節を先取りした秋の落ち着いた服もある。


 でもやっぱり、真っ先に目についたのが、この世にまだ一着しかない、ボクだけの為に作られた、夏用のノースリーブのワンピース。

 まだ一度しか着ていないこのワンピース。けれどボクはこの服が似合うんだろうか?


 デザインは凄く心を惹かれる物だ。

 白を基調として、胸元には白とターコイズブルーの二層で作られたコサージュがあって、腰元にはちっちゃな飾りのコサージュと同色の青のリボンがあって、動けばリボンの尻尾がひらひらと揺れる。

 そして縁が精緻なレースになっているスカートはボクの膝が隠れるか隠れないか。ギャザーでもプリーツでもなく、中にパニエを穿くでもなく。スカートをふんわりさせることもできる。着る人が好きなように来ていいようにという想いが感じられた。

 肩紐はゆるやかなフリルで縁取りがしてあって、そこだけを見たらまるで新妻のエプロンのようだったりする。

 一度着たときに感じたことは露出が凄いように見えて、殆ど露出がないって事。流石に肩や鎖骨、腕を動かせば腋とかは見えちゃうけど、横から胸は絶対見えないし、背中も髪を下ろしてしまえば実は見えなくなる。


 この一着だけなら、ボクが自分で服の組み合わせを考えられる。

 といっても足下は同色のミュールかサンダルを履いて、帽子は一番最初に桜華ちゃんに借りた帽子がいいんだけどね。

 でもこれを着て、みんなはボクの事を可愛いって言ってくれるのかな……。

 出来るなら、瑞貴だけにでも言って欲しい。それがお世辞でもいいから。

 ああ、もう……。やっぱりボクは……。


 もうそれを認めた方がいいのかも知れない。

 だって、ボクはよく見られたいから、自分から進んでお洒落をしようと思っているのだから。今だってこっそり、綺麗に塗れる様にネイルの練習してたりするし。化粧も少しは上手になった。


「ボクは……どうなりたいんだろう……」


 それが自分でも分からない。

 女の子として生きていきたいのか、男の子として生きていきたいのか。

 ボクはどっちとして、彼のことを……なのか。それが分からない。

 どきどきしたり、一緒にいたいと思う節もある、けれど、ある一定の距離間が大事だなって思ったりもする。

 かと思えば、こんな暑い夏の日だというのに、べたべたとくっつきたいと思ったりもする。

 ぐちゃぐちゃだ。どうしたいのか、どうなりたいのか。


「わかんないなあ……いつか、分かる日が来るのかな……」


 ワンピースをクローゼットに戻して、ボクはこのどうしようもない気持ちを押し込めることにした。

 だって、解決できない問題だし。どうしたいかなんて、ボク自身が分かってないんだから。


 だけど、これだけは送ってもいいよね?


『今度のプール、マスタが楽しみにしてた格好で行くよ!』


 たまにはボクだって勝負を賭けてもいいと思うんだ。

 だって、やっぱり負けたくないから。


『お、おー? 俺なんか言ったっけ?』


 うわ、酷い。自分で言ったくせに。白ワンピは男のロマンだって。忘れるとか酷い。折角気合い入れようと思ったのに。でもいいさ、あったときに覚えてればいいんだ。


「絶対驚かしてやるんだから!!」


 なんかうじうじ悩んでたのが、瑞貴の何の気ないメッセージの一文で吹っ飛んでしまった。

 もういい、絶対驚かせてやるんだから。可愛いって言わせてやるんだから!


『首を洗って待ってろ!』


 ボクはそれだけ送って、ベッドに寝っ転がった。ちょっとだけ春先に緋翠ちゃんが言ってた気持ちが分かる。大胆なメッセージを送るのはどきどきした。

 頬も少しだけ熱い。なんなんだよ、もう……。これじゃあ本当にボクも緋翠ちゃんと一緒見たいじゃないか。


 早く、みんなとプール、行きたいなあ……。

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