夏休みがはじまる!

 今日は終業式だ。

 夏休みの補習要員は一人だけで済んだ。残念だけど、緋翠ちゃんが、英語を落としてしまったのである。

 彼女の言い分は、日本人なんだから日本語だけ話せれば十分なのよ。と。ちなみに点数は脅威の一桁。苦手にもほどがある。


「ねえねえ、みんなでプール行くのいつにする?」


 終業式も終わって、放課後。昼前だし、暑いから教室でだらだらしている。

 そして、珍しく教室に班のみんなが揃っている。


「ぷーるいくのー!?」

「うん、いくよー、くるにゃんも来るよね、たまには一緒に遊ぼうよー」

「いくいくー! わあい、ぷーるだぷーる!!」

「くるにゃん、プール好きなの?」

「うん、好きー! 冷たくて浮いてるだけで楽しいにゃー」


 まさかの好感触。のらりくらりと躱されるかと思ってたけれど、このままなら六人で遊びに行けそうだ。

 くるにゃんは遊びに誘っても何らかの理由をつけて断ってくることが多かったのだ。

 だから、やっぱりこうやって好感触なのは嬉しい物である。


「週末とかどうよ。今週は俺も暇だし。平日でもいいけど」

「夏休みの一週目だ、多分人が多いと思うぞ」

「芋荒い状態にはならんだろう。元々が入園料が必要なテーマパーク内のプール施設だし」

「だといいが。……ううむ、榊が一番楽しみにしてるから榊の希望に合わせるのが一番か」

「だなあ。燈佳、いつ頃がいい?」


 そこまで露骨だったかなと思わなくも無いけれど、やっぱり夏場に冷たい水場で遊ぶのは楽しいから仕方が無い。

 くるにゃんと同じだけど、浮いてるだけで楽しいんだもん。


「明日?」

「姫ちゃん、そんなに楽しみなの……。男共に水着見られるんだよ……?」


 そんなに変かな。正直今すぐにでも行きたい気分なんだけど。


「暑いからもう水場でぷかぷかしたいんだよー……」

「自分が注目される側の人間だって分かってないよこの子、どうしよ桜華ー」


 緋翠ちゃんが泣き言言ってる。何か本当に変なことを言ったらしい? それにボクが注目される側の人間だって? またまたご冗談を。


「諦めるしか無い。もう燈佳ちゃんは自分が美少女だって言う感覚がなくなっているから。まあ、今は暑さでぐったりしてる姿が多いから残念美少女だけど」

「本人の前で美少女連呼してやるな……」


 今更だけど、どうしてボクがそう言う扱いなのか謎なんだけどね。

 そんなに見た目がいいのか。分からぬ……。だってボクはボクだし。そりゃあ最初は自分の事可愛いと思ったけれど、やっぱり何というか、ちょっと手を抜けば肌は荒れるし、髪も傷むし、あんまり目立たないけどむだ毛も生えるし……。みんなと変わらないと思うんだけど。


「ボクの評価はさておき、大きいプールで騒ぎたいです」

「うむ。プールにいる水着美女をこの目に収めたい」


 なんかちょっといらっときた。

 身内だけなら許したのに、この人多分ボク達以外の水着姿を想像したよね。


「しねばいいのに」

「うわあ……姫さまがひでえ……。健ちゃん、俺悪くないよな!?」


 困惑して返答に詰まる立川くん。

 そんな二人を尻目に、緋翠ちゃんと桜華ちゃんがよく言ったって言ってきた。

 だって、仕方ないじゃん。ボク達を見るならまだしも、余所に目を向けるんだもん。イラッときても仕方ないよね。


「ふっふっふー、ボクも一張羅を下ろすしかないにゃー!」


 そんな中くるにゃんが燃えていた。

 ええ、どんなどぎついの着るんだろう。スリング的な? くるにゃんは平気で何でも着そうだしなあ。最悪全裸の可能性もあり得る……。いや、流石にそれはないか。


「つかぬ事を聞いておくけど、くーにゃんは何を着るつもりなの……?」


 桜華ちゃん踏み込みますか。そこ、踏み込んじゃいますか。

 だって、くるにゃんだよ? エキセントリックガールだよ? まともな返答期待しちゃダメだと思うんだけど!?


「聞いて驚くのにゃー! ボクはスクール水着しかもっていにゃい!」


 あー……。幼児体型だもんねえ。昔ながらのスクール水着着て、名札がひらがなでくるみって書いてありそう。


「鈴音……マニア受け路線はやめた方がいい。いくらそっち方面に需要があるとしても……」


 立川くんの言いたいことはもっともである。

 でも、くるにゃんの場合そこに打算とかそう言うのって無いと思うんだよなあ。

 ボクが彼女の正体を知っているせいもあるけれど。


「マニア受けってなあに?」

「む……済まない。素だったか」

「ねーねー、マニア受けってなあにー?」

「いや……知らないなら、それはそれで別にいいのだが……」


 相変わらず立川くんは押しに弱いなあ。

 体は大きいのに気が小さい。強面なのが原因で多分人と接することになれてないのかな。

 でも、この体の大きさのお陰で来年には確実に野球部のレギュラーだって言われてるから、凄い事には凄いんだよね。


「にゃんにゃんそれくらいにしとけって。ホントは分かってるんだろー?」

「えへへーまあねー。ケンイチはからかうとたのしいにゃー!」


 朗らかに笑うくるにゃんであった。

 その悪戯には邪気がないから、みんなどうしても強くでれないのだ。

 だって、何というか可愛いし。たまにあざといけど。

 この天真爛漫っぷりは、計算だとしても、空気が悪くなる瞬間を機敏に察知してすぐさま場を和ませてくれるから。クラス内に確たるグループは存在しつつも、みんなと仲良く交流できているのはひとえにくるにゃんのお陰だ。


「まあ、分かってるならいいんだ」

「心配してくれてありがとね。でもボクはだいじょーぶ! 心配なのはトーカかな」

「ああ、榊は榊で羽目を外すなよ」


 いや、まってなんでボクが一番はしゃぐみたいに思われてるの! ボクは一番みんなの中でお淑やかだよ! 女子力一番高いよ!?


「えー、ボクより桜華ちゃんの方がー」

「ナンパの危険? 大丈夫、わたしレズだから無理っていうし」

「……それ自分で言ってて傷つかない?」


 直球だし、それに桜華ちゃんノーマルじゃん。男のボクを好きって言ってたじゃん。いいの? レズって言っちゃって。


「だって、私今の燈佳ちゃんも好きだし」


 そんなことをいって、ボクを抱きしめる桜華ちゃん。暑いからやめて欲しいです……。でもまあなんか含みを感じたし、拒むことはやめておこう。一緒に住んでるから周期とかそういうのやっぱり分かるし。人恋しいんだろう。


「もう、しょうが無いなあ」

「二人はお互いにだけべた甘よね……」

「翡翠ちゃんもする? ボクは別にいいけど」

「ほ、ほんと? 一回やってみたいとは思ってたの……」

「うわあ……なんか、目が嫌だー」


 獲物を狩る獣の目をしていた! 肉食獣は餌付けした桜華ちゃんだけで十分なのです。野生の獣はいらないの。ボクは獣使いじゃないんだから!


「しょうがねえなあ、俺で我慢すればいい!」

「……瑞貴は……イヤ!」

「ひっでえ!」


 瑞貴、君は今とても酷い事を言ったね。翡翠ちゃんのその一言に込められた様々な葛藤は筆舌しがたい。


「翡翠ちゃん」

「なによー」

「ほら、ボクの左側はあいてるよ?」

「姫ちゃーん!」


 ううむ、こういうときは直接的と言わずに慰めてあげるに限る。翡翠ちゃんはライバルだけど、それ以上に友達だもん。同性の友達は大事。

 暑いのは我慢。やわやわ女の子にもふられるのは割と悪くないしね。下限知ってるから痛くないもん。


「じゃあ、ボク、トーカの背中ー!」

「流石にそれは重いんだけどー!?」


 ぐしゃーってのしかかってきたくるにゃんは振り払った。

 ボクにも耐久度という物がありましてだね!?


「おう、健ちゃん、燈佳ずりーよな……。ハーレム築いてるぜ……」

「アレを羨ましいと思えるお前の胆力の方が凄い。見るからに地獄だろ……」

「そうかー? 燈佳も満更嫌そうでもない気が」


 暑いし、ちょっと香水とか制汗剤のニオイ酔いしそうだけどね!?


「さ、流石にたすけて!」

「自業自得だろー。男の俺等に喧嘩を売った罰だ、罰!」


 うへへと笑って、気が済むまでもみくちゃにされるボクを眺めていた瑞貴。

 むう……覚えてろー、絶対その鼻を明かしてやるんだからな!!

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