折角だから
水着を買った。他にも色々必要なやつも買った。アンダーショーツとか言うのとか、うん……パッドも買ったよ。桜華ちゃんの白い目が忘れられないけれど、しょうが無いじゃん! 欲しいものは欲しい。ちょっとくらい見栄張りたいお年頃なんだけど!?
どうせ精々あげられてもAが一個取れる程度だからいいんです……。大勢に影響はない。悲しいけど。
そして、折角だから浴衣を買いに行こうという話になった。
高い物は高いけれど、安いセットなら結構お手軽な値段で手に入るのだ。具体的には漫画本五冊から六冊くらいのお値段で。
作りはチープになるけれど、一夏着る分には十分というか。
「……反物買って、沙雪さんに仕立ててもらお?」
「平気でその考えが出てくる桜華ちゃんにボクは恐怖を覚えるよ」
頼めばやってくれそうだけど。というか向こうで全部用意してくれそう。
沙雪さんには本当にお世話になりっぱなしなのだ。
定期的に新作がでるからモデルにおいでーと言われ、二週間後にはカタログを天乃丘の支店に届けてくれて、ボク達の手に渡ってどういう風に撮られているのかを見ている。カタログにはまだアリアラインのモデルのアリアさんとプリンセスラインのボクと添え物の桜華ちゃんくらいしか載っていないけれど、業界内では結構評判がいいらしい。
ちなみにカタログで見たアリアさんは、緋翠ちゃんを三割増しで美人にして、桜華ちゃんの無愛想さを足したような人だ。伏し目がちの表情が凄くいい人だった。
「……なんか怪しい人がいるね」
「あんまり気にしないようにしてたけど……」
瑞貴や立川くんたちと合流するまでにはまだ時間がある。少しちょっかいをかけるくらいはいいと思うんだけど、この人本当にここで何してるんだろう?
「沙雪さん、何やってるの……?」
一つの店の前で、辺りを伺ってる怪しい大人の人がいたと思ったら沙雪さんだったわけです。
お店の名前はピンキートリック。十代の女の子御用達の廉価な服を取り扱っている店だ。ボクもたまに買う。というか普段着にするにはここくらいしかないのが悲しい現実である……。全国チェーンだから品揃えも豊富なのが良い事。大体は郊外に大きい店舗をいくつかのブランド協同で作ってて、他のブランドと一緒くたに並んでるんだけど、こうやって直営店は小さいながらも精力的に運営していたりする。
という話を緋翠ちゃんから聞いたことがある。ピンキートリック紹介してくれたの緋翠ちゃんだしね……。
「あ、あら、結姫ちゃん、き、奇遇ね」
「どうも。えっと何してたの?」
「マーケットリサーチよ。他店の価格と売れ筋の服の傾向をちょっとね。どういうのがターゲットの年代の子に売れてるのかチェックしてたの」
「それって、社長の仕事……?」
「うっ……ええと……デザインに煮詰まってるの。冬物のデザインが決まらなくてね……。だって夏よ? こんな暑い中でどうして冬の暑いデザイン考えないと行けないのよ!!」
あー、わかる。
ボクもこんな暑い中。サマーニット着せられてげんなりしてたもん。
透けるからとか言うしょうも無いけど重要度の高い問題のせいで……。
「あら、そちらの子は初めまして?」
めざとく沙雪さんが緋翠ちゃんに気付いた。
「あ、ジェイドだよ」
「何でバラすの!?」
緋翠ちゃんが金切り声を上げる。
ボク達が沙雪さんの話を出してから、大人しいと思ったけど、緋翠イコールジェイドだと思われたくなかったのかな。
「ああ! あの空回りしてる子!」
「その言い方酷くないですか!? 確かに空回りはしてると思いますけど!!」
「空回りしてる子見るの楽しくてねえ……」
緋翠ちゃん、空回りしてる自覚あったんだ。なら直そうよ。テンパる前に一回深呼吸すればいいのに。タンクなんて、車掌さんが釣ってきたMOBをヘイトスキルでタゲ奪って、足止め吸引スキルが決まるまで耐えるだけな簡単なお仕事なのに。
「何かな、姫ちゃん?」
「いいえ、何もありません」
藪蛇が分かってるからつつかないに限る。ボクは知らんぷりをした。
「そういえば、みんなは今日はなんで?」
ボク達は沙雪さんの問いに、中が透けない加工になってるビニルの手提げを見せる。マリンホエールのショップのロゴを見せると、得心が言ったという顔付きになった。
「ああ、もうすぐ夏休みかあ……。そっかー学生は羨ましいなあ……」
「一応、マスターも近くにいるけど呼ぶ?」
「ほほう。ちょっと会ってみたいわね……。でもやめておくわ。ジェイドちゃんと遇ったのはホントに偶然だったけど、こういうのはちゃんと向こうで段階を踏まないとね。でもそっかー夏かー……」
ううむと考え込むような沙雪さん。一体どうしたんだろう?
「決めたわ。三人の浴衣のデザインを考えましょ。いい息抜きだわー」
「あっ……これダメな大人の考えだ……」
「ふふん、来年用のデザインよー。いい! アイデア出てきた!! よーし、それじゃあ、私は戻るわね。あ、明日放課後一度お店まできてねー。身長とか伸びてるでしょ。特に桜華ちゃんは胸」
びしっと指す沙雪さん。もっと言ってあげていいと思う。
なんで育つの??
「サイズは一個上がった、けど……何で分かるんですか?」
「えー、一目であがったのが分かったよ-。それとジェイドちゃんの身長とかスリーサイズとか計らないといけないから」
恐るべし、デザイナーの目。一度記憶した数値からずれると瞬く間に見抜かれてしまうのか。
できればボクも見抜いて! 育ったって見抜いて!!
いややめて。現実を突きつけられたら立ち直れない自信があるからやっぱりやめて欲しい。
「うん、それじゃあ明日にでも行ってみるね。沙雪さんお店にいるの?」
「いるわよー。といっても今週末でまた別の所だけど」
「忙しそうだねえ……」
「仕事があるのはいいことよー。それで従業員を食べさせて行けるんだからー」
ああもう、ふとしたときにこの人は大人なんだなあっていう台詞が垣間見える。
大変なんだろうけど、どこか楽しそうに見える。
ちょっとだけ沙雪さんみたいなお茶目な大人の人には憧れる。
「ん? どしたの?」
「凄いなあって」
「あらやだ、結姫ちゃんに褒められちゃった! 後でみんなに自慢しよーっと!!」
「そう言うところがなければね」
そして、くすりと小さく笑う。もう何なんだろうなあ。
沙雪さんと別れて、急にできた暇な時間。
浴衣を入手するイベントはなんかうやむやのうちに達成してしまったし、集合までは少しだけ時間がある。
「ねえ、ボク髪留め欲しいんだけど、ちょっと一緒に選んで?」
もう少しだけ、三人で買い物するのも悪くない。
というか、小物選びして待たせるのは忍びないんだよね。多分長くなるだろうし、こう言うのって待つ側は結構苦痛だしね。
「いいよ、選ぼう。燈佳ちゃん暑そうだったしね」
「あたしも欲しいのあるから、一緒に選んで。それにたまにしか来ないお店だし、見て回るのも悪くないわよ!」
うん、それもある。後日が沈むまではここで時間を潰して。
今出たら暑さでくたばる自信があるのです。
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