圧倒的戦力差に打ちのめされた日

「タクシーを使いたかった……」


 ボクは既に暑さでグロッキーである。

 なぜ今日に限っていつものショッピングモールにいかないのだ。


「燈佳ちゃん……大丈夫?」


 隣から煽られて流れてくる生ぬるい風が余計辛い。桜華ちゃんの善意だから無碍に出来ないけど、やっぱり暑いものは暑い。


「暑い……熱中症で倒れたら後はよろしく……」

「もう着いたから安心して」


 最寄りのバス停から歩くことさらに十分である。その間の暑さは推して知るべしだ。サマーニット脱ぎたい。

 もう! 下着とか透けてもいいから、暑いのはイヤだ!!


「無理……暑い、脱ぐ……」


 熱中症になるよりか、多少の透けブラを我慢した方がマシだ。


「燈佳……頼む、我慢してくれ……」

「ふえ……?」


 よっぽどの事が無い限り瑞貴からそういう台詞が出てくる事は無いのに。

 一体全体どうしたんだろうと思って、今の状態を再認識。お腹がひんやりしてる。


「う、うわわ……」


 我に返った。危うく、見せちゃあいけない物まで見せてしまう所だった。へそちらだったからセーフだよセーフ!


「一回、涼んでから行こうぜ。まさか、姫さまがこんなに暑いのがダメだとは思わなかったわ」


 苦笑して、瑞貴がみんなに同意を求める。

 でも暑いのはイヤだなあ。汗で化粧崩れるし、日焼け止めは適度に塗り直し必須だし……。

 それで、目的地のフードコート的喫茶スペースで小一時間ほど――主にボクが死に体だったため――休憩して、当初の目的地へと向かった。うん、男女で別れたのはしょうが無いけれど、あれだよ、水着売り場でのエッチなハプニングは事前に防止するに限るよね。


 まあ、ボクがこっちに連れて行かれるのはしょうが無いと諦めるにしても、きついなあ……。いやだなあ……。桜華ちゃんは嬉々として見せてくるだろうけど、緋翠ちゃんは……。


「さあ、姫ちゃん選ぶのよ!!」

「何でボク!?」


 夏真っ盛りな流行のBGMが流れてる店内とか、ボクのアウェーそのものなんだけど。

 なんで、ボクをやり玉に挙げた!! あれか、この貧相な体を嘲笑う気かっ!


「というか、とりあえずね、ボク自分で水着買った事ないんだけど……」


 正直に言う。基本的に海とかとは縁遠かったし、小学校の時は学校のプールが開放されてたからスクール水着一択だったし。自分用の水着って買った事無いから、選び方も分からない。


「……なんてこと、まさかの筋金入り」

「試着の仕方から教えてあげないといけないから、ひーちゃん頑張って」

「あ、あたし!? うぅ……まさか、あたしが……」


 嫌ならいいんだよ。無理しなくて。というか桜華ちゃんは面倒になったからボクの介護を投げたな。別にいいんだけど……。どうせ付け方なんて分からないしー!


「姫ちゃんは、桜華じゃ無くても大丈夫?」

「えっとー……?」

「あ、うん。ほら、桜華以外に肌見られるの大丈夫? 試着って事は下着も外すからさ。流石に下はそのまま穿いとかないとあれの日だし、商品汚しちゃうからダメだけど。いやそもそも下は下着の上から合わせるんだけど」


 あわあわと説明してる緋翠ちゃんが可笑しくて仕方が無い。

 我慢できずに吹き出してしまった。


「大丈夫。教えてくれれば自分でなんとか出来るよ。ボクだって要介護者じゃないんだから」

「そう? でもうぅ……姫ちゃんの素肌みるのは緊張する……」

「なんで!?」

「だって、こんなに肌綺麗なんだもん。白いし、羨ましい」


 この視線は本当にうらやましがってる物だ。いや、ちょっと息荒くない? 大丈夫? 緋翠ちゃんの好きな人って瑞貴だよね?


「緋翠ちゃん、正気に戻ろうか?」

「はっ……」

「いやいや……なんで正気失ってるの……」

「むぅ……どうやって手入れしてるのか知りたかったから……ニキビとかないし。ずるいなあって」

「ニキビくらいボクだってできるよ! 上手く誤魔化してるだけで」

「嘘だー」


 嘘じゃないもん。肌荒れが酷い日は絶対に近寄らせないとかちゃんと色々工夫してるし。

 でも肌の手入れは桜華ちゃん指導の下徹底させられてるからね……、そう言うところでちゃんと認められるなら頑張ってる甲斐はある。


「えっと、適当に選ぼっか。どういうのがいい?」

「どういうのって……。よくわからないけれど……」


 想像する。ボクと緋翠ちゃんと桜華ちゃんが並んでる姿。

 ああ、うん……。うん……。


「胸……目立たないの……」


 悲しいかな。ちんちくりんなボクは料理と勉強以外緋翠ちゃんに勝てるものが無かったよ?

 桜華ちゃんはスタイルのお化けだから論外。だって、この前サイズあがったとか何とかトンチンカンなこと言ってたし……。

 そして、緋翠ちゃんにも遠く及ばないのがボクの胸である。後身長。軽く十センチ近くは差がある。辛い……。

 最近少し大きくなった気がしないでもないけれど、それでもまだAが一個取れるにはほど遠いのである。ああ、無情。

 対して、緋翠ちゃんは所謂女子の平均的な身長に平均的なお胸のサイズをお持ちな訳で、ボクとしてはそれが羨ましい。それがあれば瑞貴を籠絡するのも容易いのに! いや違うよ、籠絡するつもりはさらさら無いよ!!


「はあ……もう少しくらい大きい方がいい……」

「げ、元気出して! 今度バストアップ体操の動画送るから!」

「みじめだあ」


 ううくそう。持ってる奴がにくい。ボクにもそれを寄越せばいいんだあ……。


「じゃ、じゃあちょっと選んでくるから待ってて! できるだけ胸が目立たないやつね!」


 逃げた! むう……。試着室からこのままの状態で出るわけには行かないし。手持ち無沙汰だ。

 揉めば大きくなるのかなあ……。でも、これで大きくなって瑞貴が嫌う……わけないか。大きいのは大きいのでいいとか言ってたし。やっぱり大は小を兼ねると思います。


「燈佳ちゃん見て見て」

「ふわあっ!! な、なに!?」

「店員さんがいないから、見せに来た。あとどうせだからこっちで着替えるー」


 もうあれですよ。たゆんですよたゆん。憎き脂肪の塊め、ボクにも来て下さい……。

 黒髪に色白の肌に黒のビキニトップ。もうそれだけで十分戦闘力が高いと思います。だって、元々スタイルいいのに、腕も細いし、ボンキュッボンだし。太股とか柔らかそうだし。女の子としてずるいと思います。

 流石に下はスカートだったけど、どうせ戦闘力の高いビキニを穿くに決まってる!!


「あれ、桜華……うわあ……貴女本気なのね……。そのスタイル羨ましい。死ねばいいのに」


 緋翠ちゃんが絶望してる。目がうつろだ。そして呪詛を撒いてる。

 その気持ちはよく分かるけど、言ってはいけない言葉だと思うの。


「というか、燈佳ちゃんの為だし」

「ああ、そう……」


 ボクの為って……。桜華ちゃんが目立ってくれるって事かな。それだったら嬉しいけど。

 死んだ目から立ち直った緋翠ちゃんは手に持った水着を見せてくる。


「というわけで、いくつか見繕ってきた!」


 ワンピースタイプのからビキニタイプまで。大人っぽいパレオ付きもあるし、首で結ぶタイプのなんだっけ……名前がでてこないやつもある。


「ワンピースはダメ。パレオも足が長いといいけど、燈佳ちゃんの身長だと足が短く見えるからダメ」

「そんなー。大人っぽいのがいいかと思って持ってきたのに……」


 がっくりと肩を落とす緋翠ちゃん。

 しかし、一人用の試着室に三人も居ると狭い。後入り口開きっぱなだからそろそろボク、恥ずかしさの限界だよ!?


「わいきゃいしてるところわるいけど、そろそろ閉めてほしい! 後暑い、くさい!」


 汗とか制汗剤とか、香水とか、シャンプーとか柔軟剤とかいろんな匂いが混ざって密室は地獄だよ!? ボクと桜華ちゃんは同じの使ってるからいいけど、緋翠ちゃんは別のだから混ざるとニオイが凄いの……。


「うん確かに狭いしニオイ籠るわね……。先に会計してるから決めておいて」

「待って! ワンピースがダメな理由教えて!!」

「いやだって……、着慣れてないでしょ? トイレの時いちいち全部脱がないといけないよ? 後意外と水の中って冷えるからトイレ近くなるし、我慢できる?」

「あー……うん、理解しました。無難な方を選びます」

「分かればよろしい」


 桜華ちゃんが出て行った。結局見せつけるだけ見せつけて着替えすらしなかったよ!? 殺意がわき上がる……。


「姫ちゃん、目が怖い。何に怒ってるのか十分分かるけど、落ち着こう、ね?」

「持たざる者の気持ちなんて持ってる奴には分からないんだよ!!」


 うぅ……ボクからしたら持ってる側の緋翠ちゃんも憎いよ。

 いいんだいいんだ。ボクなんて……。ふーんだ。


 とりあえず、水着は水色のフリルたっぷりで胸を持ったホルターネックとか言うらしいタイプの水着にした。

 これが……これが一番お胸の形がダイレクトに出なかったんだ。仕方ない。諦めるしかないんだよ……ぐぬぬ……。

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