育まれる想い
仕切り直しの朝
朝、目覚ましが鳴る少し前に目が覚めた。
「うーん……」
昨日は楽しかった。喫茶店で瀬野くん達とお話しして、家に帰ってシェルシェリスでまた遊んで。
桜華ちゃんも除け者みたいなのは嫌みたいで、どこからかノートパソコンを引っ張り出して、ボクの隣で遊び始めたし。
ただ、問題は桜華ちゃんのパソコンが骨董品みたいなパソコンで最低限の動作しか保証されていなかったから、みんなに迷惑かけたって凹んでたっけ。
「ふあ、ぁ……」
大きく伸びをして、慣れた手付きでベッドから這い出る。
やがて一ヶ月。この体にももう慣れた。
部屋の電気をつけて、ローテーブルの上に置かれた櫛を取り、同じく置かれた鏡を覗き込みながらざっくりと寝癖を取る。
いつも目の粗い三つ編みにしてもらってるから、ふわふわとウェーブがかった髪だけど、それでもちょっとは寝癖がつく。
専用のスプレーを髪に吹きかけて、櫛を通して手早く寝癖を直すと、次は着替えだ。
パジャマを脱いで、ブラをつけて、その上からキャミソールを被って、ブラウスを着てスカートを穿く。最後に靴下まで穿けば完璧な女子高生……には見えないなあ。よくて高校の制服を着た中学生って感じだ……。
ううむ、しかし……、この一連の流れに澱みがない。凄いな、ボク。本当に順応性は高い。
隣で眠っている桜華ちゃんを起こさないようにそっと部屋をでて、一階に降りる。
キッチンに掛けてあったエプロンにを装着して、朝ご飯とお弁当を作る。
今日から緋翠ちゃんの分も増えて、四人分だ。流石にちょっと多くなってきた。
最悪みんなで取り分けられるように重箱にしちゃおうかな?
鼻歌交じりに、テレビのニュースを見ながら料理を作っている姿はなんか新妻を彷彿させるらしい。桜華ちゃん曰くだけど。
流石にまだ、それは早いと思います。うん。
それにボク男だからね。
さて、用意も済んだし、後は桜華ちゃんが起きてくるまでに少しだけ練習だ。
自分の部屋に戻って、テーブルの上の隅っこに置いてある化粧品に手を伸ばす。
最低限でもやらないと同居人が煩いのです。ほんとはやりたくないんだけど……。
それ桜華ちゃんみたいに上手に出来ないし。この前なんかマスカラとかシャドーが酷い事になって笑われる憂き目に遭ったし。遭ったし!
でもまあ、ファンデーションくらいはムラ無く塗れる様になったのは進歩です。
「はあ……、起きたのはいいけど、学校行きたくないなあ……」
今日はやらないといけないことがある。
でも、そのやらないといけないことを考えると、胃が痛くなる。
だからといって学校に行きたくないと駄々をこねたら結局あの時と同じになってしまう。
それなら、勇気を出さないと。
「そう、だよね。勇気出さないとね」
鏡に映る自分に言い聞かせるように呟く。
最後にグロスを薄く塗って、よし、オーケー。
時間を見ればもう七時前。そろそろ桜華ちゃんも起きてくる頃だから、朝ご飯を温め直さないと。
朝ご飯はその日の気分と冷蔵庫の材料次第。
今日はパンを買っていたから、トーストにオムレツ、それとわかめスープ。全体的にあっさり目の洋風テイストだ。
ジャムはこっちにきてすぐの時にパン屋さんで小瓶詰めがあったからそれを買って、好きなのを塗りたくっている感じ。一番減りが早いのが苺。次に桃。不人気がマンゴー。
「燈佳ちゃん、おはよう」
「おはよう。朝ご飯出来てるよ」
「ん、ありがと。顔洗ってくるね」
「はーい」
パジャマ姿の桜華ちゃんが洗面所に消えていく。
相変わらず朝も昼も夜もテンションが変わらないように見える。
けど、今日のこれは完全にまだ寝ぼけてる感じかな。後で洗面所の片付けをしておかないと。
暫くして、
「ねえ、私の制服しらない?」
「今日は持って降りてきてないから部屋じゃない」
「そう……、寝ぼけてたのね」
下着姿の桜華ちゃんがリビングに顔を出す。
週に一回くらいあるやりとりだ。ボクももうなんというか、下着姿でうろうろする桜華ちゃんには見慣れてしまった。
ボクも大概だしね。慌ててると着替えてる途中の格好だったりするし。
慣れって恐ろしい。元々ボクと桜華ちゃんは小さい時から付き合いがあるし、こうなるのは必然だったのかなあ。気兼ねなくって言うかなんて言うか。
想像してみた。うん、あり得そう。最初の一週間はどぎまぎするかもしれないけど、いつものことになったらそのままスルーしそう。
「着替えてきた。朝ご飯食べる」
「はい、どうぞ」
テーブルに並べた朝ご飯。飲み物はボクがミルクティーで桜華ちゃんはとりあえずコーヒーのブラック。その日の好みでミルクも砂糖の量も変わるから、小瓶を置いておくのが一番だと学んだ。
「いつもありがとね」
「いえいえ。桜華ちゃんに台所を預けるわけにはいかないからね……」
あれは、思い出したくもない。
ひどい話だった……。犠牲者はボクしかいなかったのが幸いだったよ、うん。
「うん、今日も美味しい」
「ありがと。そろそろ準備して出ないと遅くなるね」
「そうだね、目立っちゃうね」
「うん」
適度な時間に家を出て、適度な時間に学校に着く。
それが目立たない鉄則だ。
結局ボク達の班は仲がいいこともあって目立つんだけど、視線は大体瀬野くんが持ってってくれてるし、とっても助かってる。
ボクの視線恐怖症も大分改善されたとはいえ、やっぱり人の目にさらされたら、ダメになるし、ダメになった結果の錯乱リバースだし。あの時はホントごめんなさい。
「あ、燈佳ちゃん」
「んー?」
そういえば昨日から桜華ちゃんがボクの事をちゃん付けで呼ぶようになってる。
どうしてだろう。別に君付けでも、なんなら呼び捨てでも良かったのに。
聞いた方がいいのかな。でも聞いてはぐらかされたらショック受ける自信がある。
「ちゃんと謝ろうね」
「うん。分かってる」
釘を刺された。
ボクは渡辺さんに一昨日の事を謝らないといけない。
頭に血が昇ってひどいことをしてしまったから。
桜華ちゃんが落ちたのは事故だ。
彼女自身がそう言っているのだから、あそこでボクがキレてやったことはただの暴力だ。
だからその暴力に対して謝罪をしなければならない。
今日ボクが学校に行くのものその為だ。
仕切り直してちゃんとまた学校生活を楽しむために。
瀬野くんや緋翠ちゃんに困ったような顔をして欲しくないから。
蟠りはちゃんと解決しないと。
謝った結果どうなるかは後の問題。
ちゃんと手打ちにする事が重要なんだ。
桜が散って、新緑の葉っぱが目立つ道を歩く。
最近はそうでもなかったのに、今日だけはやけに胸がざわついた。
玄関から踏み出す一歩目に躊躇しそうになったのを桜華ちゃんに助けて貰った。一応白川先生に貰った薬も飲んではみたけれど。
流れで手を繋いで登校しているけれど、どうもこの光景がお馴染みになってしまったのかボク達を見る視線が微笑ましい物だ。
同学年の人達からは腫れ物を触るような視線で見られているけれど、こればかりはしょうがない、よね。
校門をくぐり、下駄箱に到着して、上履きに履き替える。
ここまではブロウクンハートな事案はないけれど、ここから先がとっても怖い。
「大丈夫だよ」
桜華ちゃんが動かないボクにそんな言葉を掛けてくれる。
「さっといって、ごめんなさいって謝るだけなんだから。相手の反応は伺わなくていいんだよ」
「う、うん……」
ボク達を遠巻きに見ながら教室に向かっている他の生徒達。
やっぱりあの時のことは見られていたし、話が広まっている。
怖い、けど、踏み出さなきゃ。
背中には嫌な汗が噴き出してるし、掌にも汗はべったり。
踏み出そうとしている足は小刻みに震えてるし。
「おお、姫さまじゃん、おはよーさん」
「う、うわっ……!」
後ろから肩を叩かれた。
慌てて振り返ると、そこにいたのは笑顔の瀬野くんだった。
「お、おはよう……」
「姫さまどしたん、青い顔して」
「燈佳ちゃん特有のあれ」
「ああ、そんなの気にすんなよ、行こうぜー」
ぐいぐいと瀬野くんがボクの背中を押す。
「やーだー、やーめーてー。おうちかえるー!」
「それじゃあ意味ないでしょ……。瀬野くん、今日は許す。連れて行きなさい」
「ナイトさまのお許しが出たので、実力行使に参りますよっとお姫さま」
だだこねても無駄だった。
二人に物凄い力で教室まで引っ張って行かれて、ぽーいとギャグみたいに投げ込まれた。
一斉にボクに集まる視線。
でもそれはすぐに外された。
なんでだろう?
でも、それなら少しはやりやすい。
ボクだって男だ。腹さえ括れば何でも出来るんだから!
渡辺さんはもう来ていて、友達と喋っているようだった。
ボクが近づくと露骨に怯えた様子を見せる。
怖がらせて本当にごめんなさい。
「渡辺さん、一昨日は本当にごめんなさいでした……それじゃあ!」
目を合わせないように、引き留められないように用件だけ告げて、ボクはすぐに自分の席に逃げた。
良かった。言えた。なんとも情けない結果だけど、ちゃんと謝ることが出来た。
これで胸のつかえも取れたよ……。
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