また明日って言えるしあわせ

 夕飯の買い出しをショッピングモールでして、その帰り道。

 いつもの喫茶店といったら悪いけれど、行きつけの喫茶店に寄って休憩をしている。


「いつの間にか新作がでてたんだね」

「そうだね」


 メニューを開いて、ボクと桜華ちゃんは夏先取りなんて書いてある新作メニューに目を滑らせていた。

 ううん、今日は何食べようかな。いつもチョコパフェだから、チョコパフェの人だと思われたりしたら嫌だし。

 飲み物はミルクティー一択だけど。


「桜華ちゃん、どれ食べる?」

「今日はどうしようかな……あ、ベリーシフォンにしようかな」


 正式名称は「あらゆるベリーを混ぜ込んだシフォンケーキ」美味しそうだ。

 ボクはどうしよう……。アイス系で何か良さそうなのないかなあ。

 ぱらぱらっとメニューを捲って、ううん、よさげなのが見当たらない。


「うーん、アイスのせパンケーキにしようかなー。新作はみんなと一緒に来たときに食べたいかも」


 アイスは結構な種類から選べるから、気分が乗らないときとかとりあえずで頼むときが多い。

 今日は目移りしたから、とりあえずの方。

 起きてから何も食べてなかったしね。


「じゃあ、また一口もらおう」


 桜華ちゃんはよく人が頼んだ物を一口貰う。

 ボクは美味しさのお裾分けで喜んで渡すけど、緋翠ちゃんは結構嫌がったりする。

 でも最終的には仕方無しで一口交換に応じる辺り、緋翠ちゃんは結構ちょろい。


「いいよー。アイスは何にしようかな……デコポンアイスなるものがある」


 ミカンの中でも高級品のデコポン。正式名称は不知火だっけ。

 果肉の酸味と甘みのバランスが絶妙で、時期になると必ず一回は食べる。

 もう時期も終わり掛けなのによくで回ってるなあ。


「じゃあ、それで。私のも後で一口あげるからね」

「あはは、うん。楽しみにしてる」


 注文を済ませて、一頻り雑談していると、ボク達の席の窓がこんこんと叩かれた。

 音に反応して振り向くと、そこには瀬野くんと緋翠ちゃんがいた。

 ボク達に手を振ってる。


『こっちおいでよ』


 ボクはメッセージを打って、二人に送信した。

 頷いて店に入ってくる二人を歓迎した。

 緋翠ちゃんは桜華ちゃんの隣で、瀬野くんがボクの隣に座った。

 計らずとも最初の出会いの時の構図に緋翠ちゃんが加わった形だ。


「姫ちゃん、大丈夫だった?」


 席に着くなり緋翠ちゃんが、真剣な面持ちでそんなことを言う。


「なにがー?」

「えっと、その色々」


 もごもごと言い淀む緋翠ちゃん。

 言いたいことはなんとなく伝わった。


「うん、大丈夫だよ。学校も行っていいって」

「そ、そう、それなら良かった。姫ちゃん、昨日は守ってあげられなくてごめんね」

「ううん、ボクも頭に血が昇ってたから……」


 ダメだ、暗い雰囲気にしちゃダメ。明るく行きたいんだ。

 ああ、そうだ。ボクは明るく前向きに過ごしたいんだ。後ろ暗いことはもう無しで、楽しく過ごしていきたいんだ。

 多分、心の奥底でそう望んだのかも知れない。


「瀬野くんも昨日はごめんね、邪険にして」

「ん、気にしてないよ。でも、今度からは一人で突っ走るなよ、不安になるからさ」


 頭にぽんと置かれた瀬野くんの手から伝わる暖かさに、頬が熱くなる。

 慰めてくれてるのかも知れないけど、気恥ずかしさが先立ってくる。


「しっかし、お見舞いにでも行こうかと思ってたら、こんなとこで出くわすとはなー。二人とも私服似合ってるよ」

「ありがと。でも私はおまけでしょ?」

「いやあ? 今日は笹川さんも似合ってると思ってるぜ、ちょっとアンニュイな感じがまたいいね」

「なにそれ、私を口説いたところで、瀬野くんになびくことは無いんだけど」


 なんだろう。瀬野くんが桜華ちゃんを褒めるのは、なんかいや。緋翠ちゃんもちょっとむっとしてる。

 もしかして、ボクも同じような感じなのかな?


「ほら、瀬野くんが燈佳く……ちゃんに構わないから拗ねてるじゃん。ついでにひーちゃんも。モテる男は辛いね」

「拗ねてないから!」

「ボクも拗ねてないよ?」


 本当だよ?


「笹川さんもいつも通りで安心したよ。まさか、崖から落ちて無傷だなんて」

「運が良かったの。木がクッションになって、さらにそのしたが生い茂った雑草のマットだったから」


 医者への説明はそうなっているらしい。

 本当は崖に体を何度もぶつけて、頭を打ったし、骨も折れたし、枝が刺さったりと大変な状況ではあった。

 それをボクの願い事で治した。


「桜華、一生分の運使ったんじゃ無い?」

「かもね、でも気を失う前に格好いい人に出会ったから」

「ああ、あの崖から桜華を引っ張り上げた人?」

「それと、助けに来てくれた、燈佳、ちゃん」


 はは、あれはどっちもボクなのに、桜華ちゃんは別人として扱ってくれるらしい。

 話を合わせてくれる人がいるなんてボクは幸せだな。


「あの人は、格好良かったね。桜華ちゃんの手当もちゃんとしてくれてたし」

「格好良かったかなあ……? なんかオタクっぽい感じが」


 あ、はい、すみません。引き籠もりですよ、ただの。


「なんか、姫ちゃんが沈んでるんだけど、あれもしかしてその人に……?」

「ち、ちがう、ちがうよ!」


 慌てて首を振る。

 やっぱり男のボクの姿を否定されると沈んじゃうなあ。


「でも、歳は俺等と同じくらいだけど、ああ言うの出来るのはすげーけどな。俺は無理だ。だからちょっと鍛えようかな」

「今日一日大人しいと思ったけど、そんなこと考えてたの?」

「俺だって、考え事することもある。どうやったら今回の事を未然に防げたか考えるとな、やっぱり何も出来なかったのは悔しいよ」


 ボクはそんな後悔に苛まれてる瀬野くんを愛おしく思った。

 だから、体が自然と動いた。


「ちょ、ひ、姫さま?」

「姫ちゃん!?」


 瀬野くんの手を引いて自分の方に寄せて、バランスを崩した瀬野くんの頭を優しく撫でてあげた。

 いつもされる側だけどたまにはしてあげたい。そう思った。


「なんかこうしたくなった。大丈夫だよ、瀬野くんは格好いいよ。前の日にボクを助けてくれたじゃん。きっと緋翠ちゃんも中学校の時に助けてるんでしょ?」

「ん、まあ、な……」

「じゃあ、いいじゃん。今回はボクが格好良かっただけだよ!!」

「姫さまは可愛いだろー?」

「煩い!」


 ボクは笑って、可愛いと言われたことを否定した。

 でも不思議と可愛いと言われて嫌な気はしない。最近はもう可愛いと言われることに慣れてしまったのもあるけれど、やっぱりちょっと嬉しく感じるんだ。


「元気でた?」

「おう、ありがとな。相月も心配かけた」

「気にしてない。あたしだって瑞貴にはいつも助けられてるもん」


 緋翠ちゃんも柔らかく笑ってくれている。

 うん、いいな、こういうの。


「ボク、みんなのこと大好きだよ。付き合い短いけど瀬野くんも緋翠ちゃんも、くるにゃんに立川くん、それに桜華ちゃん、ボクはみんなのことが大好き」


 だから、


「これからもよろしくね?」


 笑って言った。

 みんながきょとんとしてる。というか驚いてる? なんで?


「あたし、姫ちゃんが無邪気に笑ってるの初めて見た……」

「俺は一回だけ……」

「ずるい! というか、これは、毒気が抜かれる……。姫ちゃんずるいよお、なんでこんなに可愛いの!!」


 緋翠ちゃんが立ち上がって抗議してる。

 そんなこと言われてもボクはボクだしなあ。


「燈佳ちゃんは可愛いの。それだけが真理。燈佳ちゃん、私も燈佳ちゃんの事、好きだよ」

「ん、ありがと」

「俺も姫さまの事好きだぜー、というか姫さまの事嫌いな奴の方が少ないだろー?」

「あたしも! 姫ちゃんはライバルだけど! 嫌いじゃないもん!」


 えー、なんかボク緋翠ちゃんのライバル扱いなんだけど、何かしたっけ?

 勉強も運動もボクの方が出来るし。

 ちなみに四月頭に行われた実力テストの結果は学年で一番がエキセントリックガールのくるにゃんです。あれは常識の埒外にあるからずるい。

 ボクは学年で三二番、桜華ちゃんが十七番で、瀬野くんが九九番、緋翠ちゃんは七十番だったらしい。


 そんなこんなで、改めて注文して、日が暮れるまでたっぷりと雑談に励んだ。

 会計を済ませて、お店を出て、


「それじゃあ、また明日」


 そう言って、別れた。

 また明日、みんなと学校で会えるっていいな!

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