ひとつめの願い
周りが煩い。野次馬がドンドン集まってきてる。
邪魔だ。ボクの行動の邪魔だ。
誰も彼も、人が落ちたことに対する好奇心ばかりだ。
心配している人なんて、誰も居ない。
ボクは視線だけで、ぶつかってきた人達の班を見た。
入学式の日、ボクに突っかかってきた人がにたりと笑んでいた。
意図的か。ボクを狙っていたのか。頭に血が昇るのが分かる。
十五、六になれば確かに悪知恵は働くだろう、事故に見せかけて人一人亡き者にしようと考えるかも知れない。
別にそれはいい。
どうしてボクだけの時を狙わなかった。
どうして桜華ちゃんも居たときにそれをやった。
許せない。でも、それは脇に置く。
今は救助。致命傷なら、ボクにある願い事の力で治せばいい。
なんでもできるって言ったんだ、それに関しては嘘じゃ無いだろう。
「……て」
誰もボクの声を聞いていない。
表情こそ恐慌の様相だが、中身は好奇だ。
「どいて……」
やらなくちゃいけないことがあるんだ。
やっと、一番前にいる人たちがボクの声に気付いた。
「どけって、言ってるだろ!!」
声を荒げた。こうでもしないと誰一人ボクの声に耳を貸さないから。
やっと、道をが開いた。
クラスメイトが、姫ちゃん怖いよなんてい言ってるけど、呑気もいい所だ。
名前を思い出せ。誰だ、あいつは。ボクに難癖をつけてきたのは……。六班だ。
もういい、
「六班の奴ら全員捕まえて、そいつら意図的に桜華ちゃんを落とした。ボクは今から助けに行く、先生を呼んできて、早く!!」
誰が逃がすか。
ボクの大切な人を突き落として、平気な顔をしていられる奴等を誰が逃がすか!
もしかしたら死んでしまってるのかも知れないんだぞ。
どうして、皆動かない。初動が遅れればそれだけ生存確率も下がるのに!
イライラする。なんで、冷静になって動けないんだ!
「姫……さま?」
「ごめん、話は後。瀬野くんの荷物借りる」
「お、おう……。俺にやれることは?」
「無い。邪魔、引き留めないで」
誰も信用できない。
特に瀬野くんや緋翠ちゃんは寝不足だって言ってた。体調が万全じゃ無いなら首を突っ込まない方がいい。
瀬野くんの重いバッグを背負って野次馬の集まっている所にもう一度向かう。
「道を開けろ」
荒い言葉遣いを意図してやる。
そうでもしないとここの野次馬はどかないから。
押しのけて、バッグの中から眼鏡杭とセットハンマー、それと封の切られていないトラックロープを取り出す。ロープの封は切ってバラしておく。
鉄製の前二品はボクの手には重いけれど、それでもやらないと。
眼鏡にロープの先端を結びつけ、転落防止柵にロープをから結びにした後、杭を打ち付ける。
これなら万が一杭が抜けたとしても、ロープがほどけることはない。
バッグの中身を吟味して、中に応急手当用品が入っていることを確認。
最低限の水以外は今はいらないから、応急手当用品以外の全部をココに放り投げていく。
軍手もはいってるあたり、本当に最悪を予想していたんだなって。
でも今はそれがありがたい。柵を乗り越えると、途端に耳に入る制止の声。
やめなよ、危ないよ。
「煩い、それでも誰かが行かないといけないんだから! そこで野次馬をして不安に思ってる振りが出来て心の平穏が保てるならそうしてればいい!!」
手にロープを巻き付けて、滑るように降りていく。
どういう風に落ちたのかは分からない。
けれど、途中途中衣服が擦ったような痕が見えるから、多分体を打ちながら落ちてる。
自然落下で地面に叩き付けられてないなら、まだ命の保証はあるかもしれない。
不安で胸が締め付けられる。
たかだか二十メートルの高さが永遠にも続いている思いがする。
やっと一番下に辿り着いて辺りを見回す。
幸い草木が生い茂っていて、落ちた衝撃も幾分か吸収してくれていそうだ。
「で、トーカはどうしたいの?」
「黒猫さん……」
目の前には黒猫の姿に扮したくるにゃんが居た。
「桜華ちゃんを見つけて、手当てをして戻るだけだよ」
「死んでたら?」
「……それは無いかな。重傷はあり得るかもだけど」
「どうしてそう言い切れる?」
「ボクの勘」
不安を煽ってくる黒猫さんを一端意識の端まで追いやって、ボクは桜華ちゃんを探す。
すぐ近くに居ると思うけれど。
「いた!」
そのまま真っ逆さまに落ちたわけじゃ無いらしい。少し落下地点と着地地点の位置がずれている。
気を失ってはいるけれど、息はある。
だけど、頭からは血が出てるし、肩は外れてるかも、擦り傷は至る所についてるし……。何より、枝が体に刺さってて、骨も折れている。
誰がどう見たって重傷だ。このまましておけば事切れるのは間違いない。
「黒猫さん」
「なあに、トーカ」
「一つ目の願い事」
「ふうん?」
試すような黒猫さんの視線。本当に今思っている事を願い事にしていいのか。
桜華ちゃんを治したところで、それだけじゃダメなんだ。
今のボクには桜華ちゃんを運ぶ力が無い。
「二つのことを纏めて一つの願いにするって可能?」
「ふふん、欲張りさんだね。別にいいよ、ボクは気前がいいからね」
「ありがとう」
「まあ、でも使えるリソースは限られてるから効果は弱まるけど、それでいいなら」
「……大丈夫。配分はこっちで決めるよ」
「そう、それなら聞かせて? きみの一つ目の願い」
黒猫さんの緑の双眸が試すようにボクを見据えている。
「ボクの一つ目の願いは……」
桜華ちゃんの怪我を可能な限り治すこと。
そして、気を失ってる桜華ちゃんを運ぶために、男の姿が欲しい。
そうすれば背負って崖を登るくらいは出来るから。
「まずは桜華ちゃんの怪我を可能な限り治すこと。綺麗に治ってたら怪しまれるから擦り傷くらいは残して。酷い物だけ治して。
それと、ボクを一時的に男の姿に戻して。一時間……ううん、三十分でいい」
それだけあれば十分だ。
「確かに心からの願いみたいだね。じゃあ、その配分でやっちゃおう。トーカはとびっきりお人よしだにゃー。願いを他人のために使うなんて」
他人の為?
違うよ。これは巡り巡って自分のためなんだ。
身近な人が居なくなるなんて、ボクには耐えられないから。
桜華ちゃんにはまだ返してない恩があるから。
だから助けるんだ。
「それじゃ、オーカの近くに寄ってねー」
言われたとおりにボクは桜華ちゃんの近くに寄りそう。
そうすると周囲に光が立ちこめて、何かが起こった。
……これは、あの時と一緒の光?
朧気に覚えてる女の子になった日の出来事。
これが魔法なんだ。とても綺麗だ。
光が消えたとき、そこには血の跡すら消えた桜華ちゃんの姿があった。
「服はサービスにゃー。流石に裸は悪いと思ったからねえ」
ボクは自分の体を見る。
Tシャツに男物のジーンズ、それにスニーカー。服が替わってる。
「あ、ありがとう」
あ、聞き慣れた声が耳朶を打った。
伸びた髪は視界をふさいでいて、かき分けないと前が見にくい。
元の体だ。まごう事なきボクの男の姿だ。
「燈佳……くん?」
「うん、そうだよ桜華ちゃん。助けに来た」
「そう……ありが、とう……」
一瞬だけ気がついたみたいだけど、桜華ちゃんはまた気を失った。
そっちの方がボクも助かる。
外傷を見て、酷いところは見当たらない。多少の擦り傷があるくらいで、本当に治してしまった。
「あれ、くるにゃん?」
気がつけば黒猫の姿が居ない。どこに行ったんだろう。
いや、そっちに構ってる暇は無い。今は桜華ちゃんを上まで運ばないと。
まだ時間にして五分かそこらだろうし、先生達はやっと救助の連絡をした程度かもしれない。
早く戻ろう。
桜華ちゃんを背負って、崖下まで戻ってきた。
ここからは余ったロープを体に巻き付けて、桜華ちゃんを固定して昇っていくだけだ。
トラックロープの耐荷重は忘れたけど、人二人分くらいは大丈夫だったはず。
これからがキツイ。
傾斜はあるけれど殆ど崖みたいな物だし、時折脆く崩れるから踏み外してしまう。
それになによりも野次馬が鬱陶しい。
見世物じゃ無いんだ。どこかに消えてくれ!
やっと十メートル。ダメだ、一年半の引きこもりで落ちた体力だと限界が早い。
「瀬野瑞貴と立川健一は居るか!? 居たら引っ張り上げてくれないか!!」
男が急に生徒の名前を呼べば誰だって驚くだろう。
辺りに困惑の空気が流れている。
「榊燈佳から聞いた。大丈夫彼女は迂回して戻ってきてる!」
演技でも何でもいい、言葉が荒くても言い。今は余裕がない。
早く引き上げて欲しい。ボクだってきついんだ。
「大丈夫か? 今引き上げるからな!!」
瀬野くんの顔が見えて安心した。でも、今ここで気を緩めたら落ちる。
ロープの巻き直しはしてないから、昇った分だけ余りが垂れているんだ。
「お願い」
あと少し踏ん張れば頂上だ。
小さい時にならったロープクライミングの基礎を思い出して、気を取り直して残り数メートルを登り切る。
肩で息をする。けれど、猶予はない、早く捌けないとタイムアップだ。
事情を説明して、ボクはその場から脱出する。
賛辞はどうでもいい。
「あんた、名前は?」
去り際、瀬野くんがボクに名前を聞いてくる。
本当のことは答えられないから困った。
「……ゆうき」
結局でてきたのはゲーム内で使ってる名前だ。
でもそれでいい。
「そっか。笹川さんには伝えておくよ。助けてくれてありがとな」
ボクは振り返らず、手をひらりと振ってその場を後にした。
少しはそれっぽく出来たかも知れない。自画自賛ではあるけれど。
本当は桜華ちゃんが目を覚ますまで待っててあげたかったけど、それも今は出来ないのが悔しい……。
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