一週間が経った
あれから一週間経った。
女の子として生活する事には慣れてきたけれど……。
やっぱり、こう、体に慣れてくると自分の体が気になるもので。
最初の時みたいに鏡を見ても発作を起こさなくなった。
これが自分の体だとわかってきたのかな。
最初の頃より転けることも少なくなってきたし。
今はお風呂。
シャワーを浴びて、髪を洗って、湯船につけないように髪を束ねて。
洗顔ネットで泡立てて顔を洗って。
ボディタオルを泡立てて、体を洗う。
細い肩、細い腕、細い指先。前の体が頼りがいがあったかと聞かれたらノーとしか答えられないけど、今はそれ以上に頼りない。
胸も意外と触ったり弄ったりするのかなとか思ったけれど、そんなこともなく。
どきどきはするけど、触ってみたいとかそう言う気分にはならないかな。なんでだろう?
まあでも、小さいながらに柔らかさはあるよね。もうちょっと大きくなって欲しいなとか思ったりもするけれど。
股間に性器が付いてないのも見慣れてしまった。トイレの所作も覚えたし。鏡を使って自分の性器を覗いてみたりしたけど、なんかちょっとグロいな程度で、邪な気持ちは全然沸き立ってこなかった。
案外、自分が女の子になってもえっちな気持ちは沸いてこないという新発見を嬉々として桜華ちゃんに伝えたら、白い目で見られたんだけど。燈佳くん、女の子楽しんでるねって。
まあ、うん、結局なったものは仕方ないし、受け入れたし、なら楽しまないと損だもん。
という話をしたら、ナチュラルボーンセージ死ぬベしって。生まれつき賢者ってどういうこと。これは未だに意味が分からない。
マスターも教えてくれないし。
学校では間違って男子トイレに入りそうになったのを、桜華ちゃんに助けてもらったりした。それに音姫の存在とか、エチケットとかマナーとか。
とりあえず、女子トイレに備え付けのゴミ箱はみたらダメです。いやホントに。あれを興味本位で覗いてその日一日気分が優れなかったしね……。
あれってボクにもくるのかなあ……?
後は危惧していた嫌がらせは不発に終わった。うん、敵意はあるけど実行する勇気はないみたい。陰口程度なら可愛いものだよね。まあ、顔を合わせる度に舌打ちされる程度ならどうって事無い。
ボクと彼女、渡辺ゆかりさんとは住んでいる世界が違うだけなのだ。
それよりか、ボクとマスターが仲いいことを勘ぐって、付き合ってるのかなんて聞いてくる女子が居たけど、友達だよって答えたらとっても残念がっていた。
女子って恋バナ好きだよね。マスターもちょっと残念がってたのが面白かったけれど、流石に男同士は気持ち悪いよ!
それとボクの渾名が姫ちゃんって固定になりました。
最初のボクとマスターとのやりとりが印象的だったみたい。
姫とマスターってどういう関係って聞かれたときはびっくりした。
どっちが主でどっちが従なのとか。もしかしてそう言うプレイの間柄なのかって聞かれたり。
でも呼び方一つでそこまで妄想できるのって凄い。
懇切丁寧に説明する気もなかったから、自己紹介の時に使った説明をそのまま流用。
だってねえ、結姫ってキャラ名から姫さまっていう渾名は安直だもんね。
体の泡を落として湯船に浸かって、慌ただしい一週間を回想した。
でも、一番思い出したくない始まりの日だけは思い返さないようにする。
たぶん思い返せばブルーになる。
この体はちょっとしたことですぐに感情が表に出てくる。
喜怒哀楽がはっきりしてて、ちょっとしたことで泣くし、ちょっとしたことで笑う。
それが可愛いって周りは言うけれど、ボクからしてみれば子供っぽい。
なんか、みんなボクの笑った顔がみたいらしく、お菓子とかくれるけど、それはそれで役得だ。美味しいお菓子をタダで食べられるなんて最高だ。もっと貢ぐと良いのです。
ほくほく顔の時はマスターがまたお菓子貰ったのかとか聞いてくるし、緋翠ちゃんは太るよとか言ってくるけれど、大丈夫。きっとボクは太らない。たぶん、きっと。
父さんと母さんにはまだ連絡を取っていない。
電話は掛かってくるけれど、桜華ちゃんに対応を任せている。
スマホにはいってくるメッセージも適当な返事をして、向こうからの返信には返事を返していない。少しでも、反抗期の息子という体を取った方がいいと思ったから。
いずればれることだし、早く説明すればいいんだろうけど、今のボクに家族と向き合う自信はない。拒絶されるのがとても怖い。
ごめんなさい、父さん母さん。もう少しだけ待って。ボクの心が強くなったらちゃんと説明するから。それまではあなたたちとは連絡を取りたくない。
まだ、ボクは最初の日の事を、無理矢理家を追いだしたことを許せて居ないんだ。
ぼんやりととりとめもなく、考え事をしていたらいつの間にかお湯が冷めてしまっていた。
ぬるま湯は風邪を引いてしまう。
早めに上がって、明日のお弁当の準備をしよう。
体を拭いて、下着を着けて、パジャマを着て。
「燈佳くん、お風呂上がったの?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと待ってね」
リビングでテレビをみていた桜華ちゃんがボクの髪を手入れするために部屋に戻っていった。
長い髪の手入れはまだ自分一人じゃ出来ない。
ドライヤーでしっかりと乾かして、髪を結って貰わないと翌日の寝癖が酷いんだ。
腰まで伸びた髪。ゆるく癖のついた細くて柔らかい髪。
寝る前に編み込みの緩い三つ編みにして貰って、それを前に流す。
どうも、桜華ちゃんはボクの髪を弄るが好きみたいで、割と毎日髪型を変えられる。
そのたびにクラスで好評を得られてるみたいで、ボクは嬉しいやらなんやら。ちゃんと桜華ちゃんのお陰だって言ってるけどね。
「燈佳くんの髪は綺麗だから触ってて楽しい」
「そうなの? 自分じゃよく分からない」
「元々燈佳くんの髪って男の子にしては細くて柔らかくて、自然な茶色だったからいいなあって思ってたんだよ。ほら、私なんてこんなんだから」
ボクは桜華ちゃんの艶やかな黒髪は好きだけどなあ。それに緋翠ちゃんも髪は相当気遣ってる感じがする。
「私もひーちゃんも黒髪だから重い感じがするんだもん。くるにゃんみたいに赤髪はちょっといやだけど」
「そんなものなんだ」
「でも、自分が手入れするより後処理してる方が楽しいから今はこれでいいかな」
「そんなものなんだー」
まだよく分からないかな。
いつか分かる日が来るのかなあ?
「そういえば、燈佳くん」
「何?」
「燈佳くんって瀬野くんの事、異性として好きなの?」
「へ?」
「ん、ごめん、忘れて。その反応じゃ違うみたいだし」
いや、流石にマスターとは友達だけど、男女の関係になるつもりはないなあ。
気のいい同性の友達だし。
マスターはたぶんボクの事女としてみてるけど、ボクはそうじゃないんだよなあ。
「むぅ……?」
「大丈夫だよね。体育の着替えの時わたしたちの着替え見て赤くなってるくらいだし」
「う、うるさいなあ……。だって。ボクが見たらダメでしょ……」
「みんな燈佳くんが男だって知らないんだよ。別に気にしなくてもいいんじゃないかな?」
「それでも罪悪感は強いよ。やっちゃいけないことやってる感じ」
「そうかな?」
「そうだよ」
やっぱり異性の中に放り込まれている感覚が強い。
だから体育の着替えとかは地獄。
顔真っ赤、可愛いとか揶揄されるれるけど、煌びやかな下着を見せられるこっちの気にもなって欲しい。
まあ、ボクの中学時代を話して理解して貰ったけど、やっぱり可愛い子扱いはとどまることを知らなかった。
今じゃボクはくるみさんと併せてクラスのマスコットだ。たまに余所のクラスの人が見物に来るくらいだし。たまに二人でにゃんにゃんってしてる。見世物代取ろうかなあ……。
「でも、視線には慣れた感じ?」
「うん、まあ。悪意がないからね。興味本位なくらいなら大丈夫だよ」
それでも最初の三日目くらいまではきつかったけど。
好奇の目にさらされて発作を起こしかけて、保健室に直行は日に二度か三度はあった。
そのたびに桜華ちゃんとマスターに助けられたし。
どうせばれることだから、班の人には話しておいた。緋翠ちゃんも立川くんも理解してくれて嬉しかったし、理解者が増えたことで心理的に楽になったのかも知れない。以降発作が起きることはなくなった。
「よし、出来た」
「いつもありがとう」
「きにしないで。じゃあ、お弁当の用意お願いね。私はお風呂入ってくる」
「うん」
お弁当は最初はボクと桜華ちゃんの分だけだったけど、マスターが三日連続で菓子パンだったから、流石に忍びなくて作ろうかと提案した結果、三人分になった。
仕込み自体はそう手間じゃないし、いいんだけど、最初のお弁当を食べたときの感想が恥ずかしかった。
いいお嫁さんになれるって。その日はお弁当の中身結構取られてしまったし。鶏胸の山賊焼き一番気合い入れて作ったのに食べられなかった……。マスター死すべし……あ、社会的に死すべし。
明日はどうしようかなって、冷蔵庫の中身を見る。
冷凍食品を使ってもいいんだけど、なんかそうすると負けた気がするから、ボクは基本的に使わない。
夕飯のあまりと、それに併せた色合いと。ご飯はおにぎりにするかそのままにするか。
明日の天気は晴れだったし、外で食べるのも悪くないかも。それならおにぎりかなあ。マスターはよく食べるから、量は多めにしてボクと桜華ちゃんの分は少なめに。おかずも配分だけ調整して。
「うん。唐揚げやっちゃおうかなあ。たまに食べたくなるよね」
ちょっと茶色が多くなるけどたまにはいいよね。
茶色いのは美味しい証拠だもの。黒になったらダメだけど。
色味を考えるなら、緑と赤が欲しいかも……肉なしの野菜炒めがいいかな。
後は卵焼き。お弁当に外せないね。ボクは半熟じゃなくてしっかり焼く派。半熟はあんまり好きじゃないのです。
よし、ざっくりメニューが決まったら、下ごしらえ。
といっても、準備は唐揚げ用の鶏肉に下味をつけるくらい。後はご飯の堅さをおにぎり向けの堅さにして炊くだけ。
準備と言っても十分二十分もあれば済んでしまうものだ。
学校が始まってから起床時間をずらしたから、夜はのんびり出来るのもいい。
最近はピークタイムにシェルシェリスで遊ぶことも増えてきたから、いろんな人と遊ぶことが出来る。沙雪さんとも久々に遊べたし。ついでにモデルの仕事もやってみようかなって返事をしておいた。
諭吉さんがたくさん居ればなんでもできる!!
税金対策とかは沙雪さんがやってくれるみたいだし、ボクは服を着て写真を撮られるだけでいいみたいだ。
明日からまた新しい週の始まりだ。
それに学力テストの結果も出る。マスターと点数の勝負する事になってるし楽しみだ。掛けてるのは一週間分のお昼の飲み物代だけどね。
それに次の週には……。
「あっ、来週って集団宿泊教室……」
それって、お風呂とかみんなで入るって事じゃん……。
やばい、とても気が重くなってきた……。
仕込みを終えてソファーで座り込んでいたら、桜華ちゃんがお風呂から上がってきたみたいだった。
「燈佳くん、暗い顔してどうしたの?」
「桜華ちゃん……ボクはみんなの裸をみてもいいのでしょうか……」
「来週のお泊まり教室?」
「うん……」
「誰も気にしないと思うけど。えっと、じゃあ明日から私と一緒にお風呂に入る?」
「それ、桜華ちゃんが一緒に入りたいだけでしょ」
「うん、そうだけど。裸なんて見慣れればどうって事無いでしょ。別に無理矢理銭湯に連れて行ってもいいんだけど。くるにゃんとかひーちゃん誘って」
「うぅ……」
「燈佳くん、男の子なら腹を括らないと!」
「いや、男だったら犯罪だし、女だったら……合法だけど……うわあ……」
ぐったり。部屋からでかひよこのぬいぐるみ……ぴよすけを持ってきて顔を埋めたい。
一気に憂鬱になってきたぞ……。
「まあ、来週までに腹を括ることだね。体調管理は私がばっちりやるから」
「初めてそのポジティブな言葉に殺意を覚えたよ。風邪ひいちゃおうかなあ……」
「まあ、今の時期風邪引くって相当なことしないと無理だけどね」
ですよねえ。うぅ、この悩みを相談するのにうってつけなのは鈴音先生か……。
明日の放課後、ちょっと相談してみようかな。
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