死神と琵琶湖と坂本竜馬

霊関係あれこれ① 死に掛けた話

 霊など怖くない、と言いつつ怖かった奴も何度かは遭遇しています。いずれは小説のネタにしてやろうと思って、取ってあるんです。

 例えば『短編集』の中に入れてある「夢」という話に出てくる真っ黒い鳥のことなんですが、あの話ではコミカルにしてしまってますが、実際に視た時はとても対峙するなんて出来っこないような、とんでもない恐ろしさを感じました。


 祖母が肺炎をこじらせ、亡くなってしまう一週間ほど前の話です。私も何度か病院に足を運び、見舞いに訪れていました。元気だったので、このまま退院できるのではないかと思っていたくらいです。

 まだ子供だったので実際のところは親も聞かせてはくれませんから、もしかしたらそう思っていただけで、本当はかなり悪かったのかも知れません。

 それこそ祖母が亡くなる数日前です、まだぜんぜん元気で、病室のドアの影から覗き込んでいる私に手招きをして、こっちへおいでと喋れるほどには元気でした。


 けど、私は行けませんでした。

 祖母の寝ている病院の白いベッドのヘリに、何かが居るんです。それは恐ろしい何かで、私のほうをじっと見てガンを飛ばしているんです。なんか文句があるか、とでも言いたげに睨みつけているのが解かる。

 それが、見えないのだけど視えるんですよね、鳥の姿なんです。大きな真っ黒い鳥で、漫画家の松本零士氏が描くトリさんというキャラ、あれに似ていました。

 見えてはいないんだけど、視えるんです。漠然と、感じるわけです。


 その鳥を視た数日後に祖母は容態が急変して亡くなってしまいました。そういえば、祖母の生きていた頃ですが、家の中、祖母の部屋の前の廊下にも、鳥とは別口の何かが居て、たいそう気持ちが悪かったものですが、これも祖母が亡くなった途端に消えてしまいました。待ってたんだなぁ、というわけで何だったのかは解かりませんが。


 この鳥ですが、私がこれに遭ったのは二度目です。一度目は、私自身が死に掛けた時に現れました。いや、てか、あれは殺そうとしてたよね、て感じ。


 人間、死ぬチャンスが三度やってきて、二度までは逃れる事が出来たとしても三度目は絶対に逃れられないと言います。

 私はこれの一度目を「水死」で迎えかけました。


 そんなに泳ぎが得意ではない小学生時分です。大人用の水深が深いタイプのプールに、何を考えたものか、飛び込んだんですよね。当時も今とさほど変わらぬイモ洗い状態です。すぐ目の前に大人の男性が子供と遊んでいる背中が見えているくらいです。周り中が人で一杯だったわけです。


 なのに、私が溺れて死に掛けている事に気付いた人は誰も居ませんでした。


 溺れている人間はパニックに陥る、とよく聴かれますが、私は当時の心境を今でもよく覚えていますが、とても冷静に焦っていました。足が着かない、このままでは溺れる、誰かにしがみ付こう、そう思って手を伸ばしていたんです。

 目の前には大人が、こちらはちゃんと足が底に着いているようで、背中が壁のようにそそり立って見えました。これに掴まろうとしているんですが、目の前なのに届かないんです。隣の大人の肩も、これもやっぱり掴めない。

 声を出そうと精一杯飛び上がるのですが、声を出す前に水が喉を塞ぎにくる。


 前にある大人の背中、隣にある大人の肩、だけど私の周囲は見えない壁に囲まれていて、遮断されているんです。あの鳥がまぁるく翼を広げて私を包んでいたんです。はよ沈め、てな感じで。


 走馬灯というんですか、私はいつのまにか校庭のグラウンドで体育をしていたり、家の中を歩いていたり、そういう景色が過ぎていき、気付けば河原に立っていました。


 賽の河原って奴ですね。これも人によって語りがまちまちですが、私が見たのは砂利が果てしなく続いている場所でした。薄闇で、遠くまで砂利の地面しか見えなくて、果ては闇に呑まれていました。何処からか川のせせらぎが聞こえていましたね。けど、私はなぜだか、この川の流れ自体には何処まで行っても辿り着かないだろうと思っていました。

 私を死の淵から救い上げたのは、現実世界では実の姉で、賽の河原では誰か解からないけれど、男の人の声でした。


「行くな、まだ早い!」


 誰かがそう叫んだのです。後ろから。私は振り返って、そうしたら、病院のベッドの上で、白い天井が見えました。

 今でも姉はあの当時の状況をこう語ってくれます。


「あの時は異常だとしか思えなかったよ。周囲には沢山人が居るのに、足元で沈んでる子供が居るのに、誰も気付かなかったんだもん。私も最初は何があるんだろうと思った。潜ってみて、お前だって、やっと解かった。何か沈んでるって気付けたのが不思議なくらいだった。」


 私の、九死に一生を得た体験談です。

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