第一四話

「実は、虫の知らせがあってね…。」


彼女と別れた後、元恋人も自分の家に戻った。しかしそこにはベッドしかなく、生活感が無い殺風景な家だった。ただベッドの上にあるピンクのクッションが、この殺風景を弱らしていた。

「これも処分しないと・・・。」

このピンクのクッションは、彼女からのプレゼントだった。以前、自分の家に何も無い事を話した時、「これで少しは、華やかになるよ。」と、目の前の雑貨屋から買い与えられたものだった。貰った当初は、正直煙たがっていたが、なかなか棄てるに棄てられず、今まで取っていた。しかし別れを告げた現在、

もう彼女への遠慮も持っている理由も無くなった。クッションがいつ捨てても良いか確認すると、その日は五年前、彼女と初めて出逢った日だった。元恋人は、考えた。この皮肉に何の意味があるか。そして行動に移した。

数十分後、元恋人は、彼女のマンションの前に立っていた。そして入ろうとした時、不意に名前を呼ばれ、元恋人は、思わず驚いて跳び跳ねてしまった。体勢を整えて声をした方を見ると、そこには一人の男性が、立っていた。

男性は、かつて娼婦だった頃の客の一人だった。男性は、最初は警戒していた。元恋人が、脅迫じみた事をして、金を巻き上げている事を噂で耳にしおり、次は自分の番かと思ったからだ。しかし、元恋人の切迫した表情を見て、違うと判断して声を掛けた。案の定、元恋人は、跳び跳ねるほどに驚いていた。そして男性は、「何か困っているなら、手を貸しましょうか?。」と協力を申し出た。元恋人は、その手にすぐすがりついた。

事情を話したところ、男性もそのマンションのしかも向かいの部屋に住んでいる事が判り、一緒に彼女の部屋に向かった。部屋につくなり、元恋人はインターフォンを連打し彼女を呼び掛けた。しかし、返事はなかった。そしてドアノブを回し引っ張ったら、ドアは簡単に開いた。二人は、戦慄を感じた。そして警戒しながら部屋に入り、彼女を探した。特に元恋人は、冷静さを保つ必死さと彼女への不安感を拭いたい苛立ちを自分の中でせめぎあいながら、彼女を探していた。だからベッドで手首から大量の血を流して寝ている彼女を見た時、人間ではない声で悲鳴を上げ、一緒に入った男性を驚かせた。男性は驚きながらも、彼女に近づき、手際よく彼女の身体を調べた。そして納得し、元恋人に指示を出した。

「直ぐ救急車を呼んで!、それからタオルをあるだけ持ってきて!!。」

男性の鬼気迫った指示に、元恋人は我に還った。そして男性に指示された通り、119番に連絡し、彼女のタンスに入っていたタオルを全て取り出し、男性に渡した。受け取った男性は、直ぐに止血を行った。そして元恋人に、お湯の用意や家中の薬を集めるように指示を出した。元恋人は、正気を取り戻したばかりで頭が働かなかったので、言われるがまま、男性からの指示をこなした。そうしている内に、救急隊員達がやって来た。男性は大声で隊員達を呼び寄せ、丁度応急処置を終えた眠れる彼女を引き合わせた。事前に連絡を受けていた隊員達であったが、実際に現場を見て、思わず驚きの表情をしてしまった。しかし直ぐに真顔に戻り、各々がそれぞれの役割をこなした。その中の一人の隊員に男性が声をかけ、二言三言話した。元恋人は、その時の話で、男性が医師だと初めて知り驚いた。そして、心の底から安堵した。

一方医師は、救急隊員に自分がどのような手当てをしたのか伝え、彼女を自分の勤務先の病院に搬送するように指示した。その後、話相手を元恋人に替えて、説教を始めた。

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死ににくい生けない世界 川崎涼介 @sk-197408

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