第一一話

そこまで話を聞いた彼女は、凄いと一言言った。そして堰を切ったように、あらゆる美辞麗句を並べて元恋人を褒め称えた。その様に元恋人は、驚いて質問した。

「私が怖くないの?」

彼女の返答は、怖くない寧ろとても凄いだった。加えて彼女は言った。自分だったら、もうされるがままなのに、あなたは逆に状況を利用して返り討ちにした。それは女性にとって中々出来ない事だから、自慢すべき事だと。しかし元恋人は、彼女とは逆に考えていた。

元恋人は、自分がやった行為に自分で恐怖していた。あの時の自分は、許せない自分だった。もう成りたくない自分だった。十年以上前に完全に決別した自分だった。そんな自分を彼女は、褒め称えている。まるで魔物を倒した勇者のように。国を救った英雄のように。元恋人はいたたまれなくなり、彼女を制止した。

「止めて!私はそんな人間じゃない!」

彼女は、驚いた。元恋人の今の台詞や口調ではなく、泣いている事に驚いてしまった。彼女は、今まで決して泣かない人だと思っていたからだ。

昔ある映画を観た時、ワンワン泣いていた彼女とは対照的に、元恋人は淡々としていた。それから暫くは、彼女は元恋人を泣かそうと何本か泣ける映画を一緒に観たが、彼女だけ大泣きするという散々な結果で、挙げ句の果てに元恋人にからかわれてしまい諦めてしまった。しかし今、元恋人は大粒の涙を流していた。泣いていた。彼女の目の前にいるのは、凛とした麗人ではなく、弱々しい少女だった。

彼女は、両腕を広げた。すると少女は、彼女の胸に吸いこまれるように顔をうずめた。それから小さな嗚咽が、途切れ途切れに出てきた。彼女は、先程自分がしてもらったように、少女の頭を優しく撫でた。撫でながら彼女は、少女が自分以上の辛さを経験してきた事を悟り、涙を流した。

「私の過去の話、聞いてくれる。」

少女が、彼女の胸に顔をうずめたまま言った。彼女は、はいと一言だけ、優しく言った。その優しさに少女は安心を感じ、今まで封じてきた自分の過去を語り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る