第四話

彼女が自分の視界を遮ったものがハンドタオルと気付くまで、さほど時間はかからなかった。そしてその上から、彼女の涙の流れをなぞる指があるも感じた。指は、溢れ出続ける彼女の涙をなぞる事によって、優しく拭っていった。その優しさに彼女は、いつしか身を委ねていた。何も出来ないのも理由だか、荒み落ちた彼女の心に気持ち良い清涼な感覚が芽吹き、癒しを感じていた。やがて、もう止まらないと思っていた彼女の涙が、海の潮が引くように涙が止まった。そして彼女は、指の主に向かって『逢いたかった。』と猿ぐつわされながらも、何とか一言呟いた。

彼女の台詞を聞いた指の主は、動きを止めてしまった。その後指を小刻みに震えさせ、そして堰を切ったようにハンドタオルを取り除いた。そして乱暴に猿ぐつわを引き剥がし、彼女に口づけをした。その瞬間、彼女は自分がとんでもない勘違いをしていた事に気付いた。唇を奪った相手は、別れを告げられた恋人ではなく、見ず知らずの男性だった。彼女は頭を振るなどして抵抗したが、身動きが出来ない上、相手との力差がありすぎた為になす術がなかった。やがて彼女の抵抗は徐々に弱くなっていき、状況に身を委ねてしまった。すると相手は、彼女の予想とは反して身体を離した。そして離れた事によって、彼女は相手の顔を認識し驚いた。

見ず知らずと思っていた男性は、昼間に彼女を説教した看護士だった。看護士の顔は、暗闇でも判るほど真っ赤だった。そして看護士は、彼女に言った。

「どうして・・・どうして、姉さんの恋人が、同性のアンタなんだよ。」

その台詞に彼女は、一気に青醒めた。なぜ、この看護士は、姉さんと言うのか。どうして、自分達の秘密を知っているのか。彼女は自分の体温が下がっていくのを感じ、恐怖というものを実感した。そんな彼女を察して看護士は、追い討ちを掛けるように一言付け足した。

「姉さんは、もう嫁ぎ先に旅立ったよ。」

彼女は、看護士の言った事が理解出来なかった。旅立った。嫁ぎ先。姉さん。理解出来ない単語が、彼女の恐怖感を更に膨らまし、それが身体にも震えという形で現れた。それを見た看護士は、何かを理解したように頷きながら微笑んで話し出した。

「ああ、興奮して勝手に話を進めてしまったよ。それじゃあ今から、君にも解るように話していくよ。」

しかし彼女の今一番の気持ちは、この場から逃げ出したいだった。只でさえ恐怖感に見舞われているのに、看護士の見せた微笑みが、彼女には悪魔の笑顔に見えた。しかもこれから看護士が話す事は、自分にとって聞きたくない事ばかり言うのが直感的にわかったからだ。しかし動けない彼女は、看護士の話を聞く以外何も出来なかった。

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