第二話

彼女は、失恋した。付き合って五年近くなる恋人に一方的に別れられた。恋人は別の人間と結婚する為に、彼女を強引に引き剥がした。彼女は泣いて恋人との関係を続けたいと訴えたが、恋人は聞く耳を持たなかった。

結局彼女は、破局したその日の夜に自分のベッドで自殺を図った。しかし彼女は、知らないベッドの上で目が覚めてしまった。看護士を見かけて、ここが病院だと初めて気付いた。看護士に声を掛けようとするが、先に看護士が彼女が目覚めたのに気がつき、彼女にそのまま寝てるように促して医師を呼びに部屋を出た。暫くして、看護士が医師を連れて戻ってきた。医師は、彼女の身体を器具や直接触って色々調べ、問題がない事を確認した。医師は彼女に何か必要なものはないか尋ねた。すると彼女は、自分が助かった理由を逆に医師に尋ねた。医師は、彼女が今に至るまでの経緯を話した。

「発見したのは君の知人と名乗る男性で、訪ねた時、ドアの鍵が開いていので警戒しながら入ってみたら、倒れていた君を見つけたそうだ。その後、救急車を呼びつけ一緒に乗って来たのだが、君の処置をしている間に男性は姿を消していた。ただ、君の治療費として50万円ほど受付に預けていったそうだ。男性は現在、警察で捜して貰っている。」

医師の話を聞いている内に、彼女は自分がまだ生きているという事実、すなわち自殺に失敗したという事実を徐々に実感していった。何故、助かったのか。どうして、助けられたのか。何故、死なせてくれなかったのか。彼女の頭の中は、疑問符だらけになった。そもそも、自分を助けた男性は何者なのか。少なくとも肉親ではないのは確かだ。両親は既に他界しており、一人っ子のため当然兄弟はいない。職場の人間とは仕事だけの付き合いなので、その可能性もかなり低い。兎に角、現在の彼女には久しい男性はいなかった為、その正体が判らなかった。彼女が男性に考えを巡らせはじめた時、医師の隣りにいた看護士が男性について話を付け加えた。

「それにしても、男性が行った応急処置が完璧でした。もしそれが無ければ、あなたは間違いなく死んでいました。しかし発見したのが早く、しかも完璧な応急処置をしてくれましたから、あなたは生かされたんですよ。だから、もう自殺なんて考えないで下さい。」

話が自殺の件に移りそうになった時、彼女は男性について何も知らない、そんな知り合いはいないと正直に伝えた。失敗した自殺に触れられたくないという気持ちと謎の男性についてパニックになりかけている頭を何とかしたいという気持ちが、彼女にそうさせた。それを察した医師は、彼女に鎮静剤を注射する事を提案した。

「どうやら、まだ意識が混濁しているみたいですね。もう少し休む必要がありますね。」

彼女は、他人と話す煩わしさと余計な事を考えなくて済む都合の良さから、医師の提案を受け入れた。医師はすぐに看護士に指示を与え、看護士はその指示を速やかに行い「準備が出来ました。」と返事をした。程なく医師は彼女に鎮静剤を注射し、打たれた彼女は安堵感と共に眠りについた。

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