第15話
「どういう意味ですか?」
昼休み返上で書類を読んではいたが六年分の資料は膨大で、さすがにすべてに目を通し切れるわけもない。
着任後初めての班会は、新入りのタケに大まかな流れを説明しながら進行していた。
「畑を爆破した時でさえ、建物内にも破片どころか、ほとんど煙の被害も出さないよう、火薬の量を緻密に計算していた跡が見られた。検挙する側が言う台詞じゃねえし、いまだ見えぬ容疑者に対して言うことでもねぇが、敵ながら見事な腕前だと言わざるを得ねえな」
「ま、そうだよねぇ。川内ケミカルのは大丈夫だったけど、倉庫なんかで大量のクサが燃えた煙が全部外に出ちゃってぶっ飛ぶのが続出、なんてことになったらシャレにならないもん。僕、絶対にそんなとこいるの嫌だよ」
言っていることに間違いはないかもしれないが…真也があどけない顔で、とんでもないことを口にする。
「そんな現場にいたら、シンじゃなくても誰だって、ラリっちゃう前に一酸化炭素中毒で逝けるわよ」
追従する那智も、相当物騒である。
「それにしても…なぜ山友ビルのオーナーである山野は、暴力団系列が自分の持ちビルで、クサなんて栽培するのを許したんですかね」
「そんなの、自分が欲しかったからに決まってるじゃん」
あっけらかんとした口調で、またもや身も蓋もない発言をする真也。
「え、そんな理由なんですか?」
「財界の紳士とか言われちゃう人たちってさ、ありすぎて時々、お金の使い道がわからなくなるもんなんだよ。単に刺激が欲しかったりするのかもしれないけど、ヤバイものに
もっともらしく聞こえはするものの、真也の意見はむしろ金持ちをひとくくりにしたいちゃもんに近い気もする。だが確かに当時、そんな報道もされていたのは事実だった。
「実際、山野のところでは定期的に名士たちを呼んでの、ドラッグパーティが開かれてたのは事実だしね。それも、特に山野が勧めた様子もナシ。ホント皆、ろくでもないわね」
鼻で笑う華枝に、誰も反論する者はいない。
「…」
「まあ、それぞれのクサについての感想はともかくだな」
同意するにも材料が少なく、目を白黒させるタケの反応を見たテンが、絶妙なタイミングで口を挟んでくる。
「タケも一度は『綺麗な空気を感じるモール』って、当時の
「…ああ。そんな宣伝、昔ありましたね」
爽やかな風を受け、髪をなびかせた女性の後ろ姿を写した広告は、テレビだけではなく新聞や雑誌でも見かけない日はなかった。
「その売り文句は誇張ではなかったのよ。あのビルはそう言えるだけのシステムを、備えているからね」
続きを説明しろと顎をしゃくったテンに代わり、那智が話し出す。
「現在はオーナーも代わり、建物も改装され、地名からの千代をもじったサウザンビルと名を変えているけれど、山友ビルだった当時から、四階までのショップテナントにも、上階のオフィステナントにも、空気が綺麗なビルというのを売りにしてきているの」
「よくわからないんですけど、その…高層ビルで綺麗な空気を提供するなんて、実際のところ可能なんですか?」
「あのビル内には、大きな建築物では滞りがちな空気を、外気と内気をコントロールして、常に一定の清浄さを保てるクリーン給排気システムというものが導入されている。一番の売りなのは今も変わらないわ」
「空気が綺麗と言われても、俺にはピンと来ないんですけど」
首を傾げるタケの様子を察し、那智が補足した。
「要は特別製の巨大な空気清浄機が、ビルに丸ごと仕込まれているって言えば、わかりやすいかしら。油物を扱うレストランの厨房なんかでも例外ではないという触れ込みで、実際その通りの効果があるようね」
「…はあ、そんなものですか」
締りのない答えとは思ったが、田舎というならともかくも、東京で空気がきれいな場所があるかどうかなど、考えたこともない正直な気持ちだった。
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