3章 憂い

第14話

 近年、化学分析の技術も進み、以前なら二の足を踏んでいたような、小さな痕跡などからも解決できる事件が増えた。

 とはいえ、犯罪の手口が複雑化、多様化していることで、未解決のままとなってしまう事件の数もほとんど横ばいの状況にあった。

 山友さんゆうビル爆破。六年前のこの事件もいまだ未解決のままである。


 九月二十日、午前四時八分。千代田三丁目周辺がかすかな音と共に揺れた。

 地震かと飛び出した美浜ビルの管理人が、外壁に補修するべきところがないかを見回った際、当然隣の山友ビルも視界に入っていたが、異常などなかったと証言している。

 また、十数分後の消防車のサイレンの音で再び外に出てようやく、隣で騒ぎがあったと知ったという言葉もあったことから、周囲のビルにまったく影響はなかった。

 道路の混雑などないオフィス街の早朝にもかかわらず、消防の駆けつけが遅れたのは、山友ビルの火災警報器が反応しなかったことが一番の原因である。

 だがそれも、火災の起こった研究所内で秘密裏に大麻栽培を手掛けていた『川内ケミカル』と、当時のビルオーナー、山野知良と手を組み、他の階にある警報とは独立させたシステムにしていた影響だったというのだから、悪事は暴かれるを体現するかのような事件だ。

 幸いにしてその日は川内ケミカル以外、賃貸契約のオフィステナントのすべてに深夜清掃が入っていたため、他の会社やビル内にに残っている者はいなかった。

 作業に当たっていた清掃業者たちも、事件の一時間ほど前に業務を終了して現場を離れていたため難を逃れ、のちに逮捕された栽培従事者たちや、防災室から逃げ出した警備員にも怪我はない。

 焼け跡からは、非常に精度の高いプラスチック爆弾が残留物として見つかっている。

 この爆発物には当時の指名手配犯や、爆弾犯として犯歴が記録されている者の手腕に該当する特徴はなかった。

 以来今に至るまで、まったくの新出人物による犯行を疑われている。


 現場検証の結果、川内ケミカルの火災は、部屋にあるすべてを焼き払うほどの火が一瞬にして上がったにもかかわらず、独自に設置していたスプリンクラーが動きだす前に消えていたこと、二度目の爆破で、他の階に煙は多少漏れたものの、消防が駆け付けるまでにすべて沈火していたこともわかっている。

「爆破予告もなく、目的も不明。要領を得ない割にはすべてにおいてタイミングよく運んだ感じが、不自然な事件でしたね」

「目的や理由なんかわからなくても、組が抱えるクサ畑が狙われること自体、不思議なんてないよ」

 燃えている時の匂いでも想像したのだろうか。鼻の頭に皺を寄せながら真也が綺麗な顔をしかめれば、

「一般人が気づくような場所にあったわけでもないですし、わかりやすいところで言えば組同士の抗争や怨恨が一番濃厚ですよねえ」

 なんとも気の抜けるような口ぶりで開が呼応する。

「まあ、山友さんゆうの爆破に関しちゃあ、ビルの作りが特殊だったのもあるが、その特徴を知り尽くした上で利用したところが大きいってのが見解なんだよな」

 テンの口からそんな言葉が飛び出した。

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