第13話
「まあ、遺伝子や脳などを調べたりすれば、わかるものもあるのかもしれませんけれどね。別に私はそれほど特別なことじゃないのではないかと思いますよ。たまたま普段は眠っていると言われている脳が、人より多くの部分を使えるというだけかもしれませんし」
穏やかで押しつけがましくもなく、それなのに核心を的確に突くように、さらりと開が言う。
この人が怒ることなどあるのだろうかと、そんな思いが浮かんだ。
「勿論、私にも人並みの感情はありますよ」
笑いながら答える開に何も口に出していないのにと、驚きの目を向ける。
「…ああ、そうか。開さんにはわかっちゃうんでしたっけ」
「テンくんの言葉は大げさすぎで。実のところは、なんとなく雰囲気が伝わるというだけなんですよ」
呟いたタケを目にして開は尚一層、笑いを深くした。
「あたしはあんなの誰にでも披露してたら、映画みたいにどこぞの国の実験材料に狙われそうだからやらないだけ。もしそういう組織が那智みたいなのと手を組んで、人体改造でもし始めたら、きっとすんごいものになりそうで怖いし」
肩を竦める華枝を面白そうに眺めていた那智が、妖しげな笑みを浮かべる。
「そうねえ。人体のニューロンも、集積回路と言えば同じだものね」
「…ちょっと、あんたそれ本気?」
「華枝が言い出したことでしょう?」
言い合う二人を尻目に、テンはにんまりと笑った。
「どうだ?勉強になりそうだろう?」
「…」
『どうして、俺が呼ばれたんですか』
問いかけたい思いが、さきほどからタケの中で繰り返し廻っていた。
けれどそれを口にしたら、すべての始まり…いや、きっと終わりが待っている。
「…はい。色んなことを吸収させてもらいたいと思います」
かろうじて出て来たのはそんな模範解答だった。
この部署に来られて良かった。同時に、じわじわと押し寄せてくる幸福感。
内心とは裏腹に沸き出す思いに、振り切れそうになる心を抑えつける。
「ま、お前なら大丈夫だろう?」
言い切るではなく尋ねるような語調に、ますます膨れ上がる喜びに満ちた思い。
反射的に頷いたタケを、テンはまるで何もかもわかっていると言いたげな、見透かすような目で見ている。
「だと、いいんですが…」
テンがなぜタケを特能に招いたのか。答えなど問うまでもなくわかっていた。
彼自身の持つ〝何か〟までは見えていないとしても、確実に人と違うものを持っているのを見抜いているからこそ、呼ばれたのだと。
特能とはつまり、人とは異なる特異な能力を持つ者たちを集めた部署であり、ここにいるのは皆、それぞれの力は違えども同じような悩みを抱え、向き合ってきた者なのだ。
周りとは違う、特異な力を持つ痛みを知る人間になど、タケは今まで一度として遭ったことはなかった。
それがこんなところに…これほどまで身近にいて、悩んできたのは自分だけではないのかもしれないと思えたことは、偽りなく嬉しかった。
だが…。
だからこそ、知られるわけにはいかないと思いを深くする。
何より、自分でも説明しがたいあのねじ曲がったものが、皆に認めてもらえるとは思えない。
ただただ怖かった。
あの、どす黒い力を暴かれることが。
「よろしくお願いします」
笑いながら返したが、できることなら逃げ出したかった。
『まあ、いいか』
少し離れたところにいるにもかかわらず、そう呟いたテンの口元がはっきり見え、徹夜明けでさえ何でも入るはずのタケの胃袋が、キリキリと痛んだ。
「ところでタケ。お前さん、六年前にあった爆破事件、覚えてるか」
唐突に尋ねてくるテン。
気まずい思いを引きずるよりは事件の話の方がよほど気楽だと、少しホッとした。
「爆破事件…」
六年前といえば、タケが二十歳になった頃である。
「もしかして、
テンが頷いた。
「都心のど真ん中、しかも警視庁のお膝元で、暴力団である坂田組系列の、麻川組が堂々とハッパの栽培をやっていたなんてネタなもんだから、週刊誌もニュースも連日の大騒ぎ。それくらいは覚えてるだろ」
タケは頷き返す。
「他にもその事件以前に、富山の港湾倉庫、埼玉のディーラー、群馬の加工工場なんぞ、あの年に不審な爆破事件が続いていたことは?」
「大規模な焼失にも関わらず、どれも奇跡的に被害者を出さなかったものですね。なんとなくですが覚えてます」
タケの答えに、テンは満足げな笑みを浮かべた。
「んじゃ、あれ。できる限りで構わねえから午後までに目通しとけ」
最初に入ってきた時に見えたミーティングテーブルに、あふれんばかりに積み上げられた書類の山。
思わずこぼれそうになったため息を、慌てて飲み込んだ。
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