第12話

「那智は数字や機械に滅法強い。プログラムや映像の解析はこいつに任せれば大概のことはできちまう。手先も器用で、ロックされた車をキーなしで走らせるのはお手の物。ピッキングなんかも得意だ」

「バグ解きもデータ解析もパズルみたいなものだから。それに比べたら、鍵を開けるなんて単なるロジックでしょ?」

 漠然としか内容は掴めずとも、肩に力が入っているわけでもなく、至極当然のように言い切る様子は、嘘をついているようには見えなかった。

 確かに、本当ならばすごい。

 だが、令状がない状態のピッキングや、キーなしで走らせる車など、警察官だって単なる犯罪者となることに変わりはない。

 それとも、那智のような技術力を必要とする事件があったりするのだろうか。

「最後、華枝かえ

 名指しされた華枝が、ひらひらと手を振ってくる。

「そいつはとにかく身体能力が高い。怒りにまかせた蹴りなんざまともに食らったら、鍛えてない奴ならおそらく内臓破裂くらいじゃ済まされない。とにかく怪力と言ってもいいだろうな」

「…は?」

 何を言われているのか、さっぱりわからない。

 こんなに華奢で、綺麗な人が怪力なんてどんな冗談なんだ?

 目を合わせた華枝はにっこりと笑った。

「あたし多分、素手で車も持ち上げられるよ。刑事だし、まずそんな機会を作るつもりはないけど、もしブタ箱に入れられても、あの檻くらいは壊して逃げ出せる自信あるなあ」

「ええと、あのう…」

 那智が得意という機械やプログラムなら、門外漢もんがいかんとはいえ答えの見出しようもあると言えるだろうが…そんな話のレベルではない。

 にわかにどころか、言われたところで到底信じようもない話に、タケは瞬きを繰り返す。

「あ、信じてないなあ。…ま、当然か」

 そう言いながら華枝は、部屋の片隅にある書類ファイルのぎっしり詰まったキャビネットに歩み寄ってタケを手招きした。

「これならどう?」

 高さ百八十センチ、幅百五十センチは優にあるだろう棚の脇に手をかけると、何事もないかのように、ひょいと持ち上げた。

「え…?ええええ!?」

「ね?」

 華枝の下ろしたキャビネットを、試しに動かしてみようと試みたが、押そうが蹴飛ばそうが、扉がガタガタと揺れるだけでびくともしなかった。

 くすくすと笑う華枝の傍ら、テンは気にした様子もなく続ける。

「そして俺は、さっきも言ったが記憶の達人とでも言えばいいか。写真はさほど得意じゃないが、平面に書かれたもの…特に文書に関しちゃ、一度読んだものは大概覚えている。だから机の上があんなんなってても、それを引っ張り出す必要を感じないんだよな」

 すごい…のだが、最後のは全然自慢になっていない気がする。

 彼らに対しどこか畏怖のようなものを感じながらも、不意に芽生えた、抗い難い思い。

「一体、そういう力ってどうして生まれるものなんですか?」

 何気ない疑問を口にしているようにしか聞こえなかっただろう。だが、表面的に受け取れるものとは裏腹に、タケがその言葉を口にするのはかなりの勇気を必要とした。

 決して言えるはずもない、自分の秘密。

 もしかしたらこの人たちなら、自分が抱えてきたものに、何らかの答えを出せるかもしれないと…ありえるはずもないことをほんの一瞬だけ思ってしまった。

 そんなタケの思いなど我関せず。

 テンは眉を上げ、何を馬鹿なことを言っているのだと言わんばかりの表情で言い放つ。

「俺にわかるもんか」

 …そりゃあそうだ。

 科学的に説明できもしない、人知を越える不思議など誰も答えを持たないし、理解できるわけがないのは当然だ。

「…ですよね」

 内心では少々落胆しながらも、単にわからないと言っているだけの言葉であっても、あまりに潔いと説得力さえ感じさせるものなのだと、妙な感動を覚えた。

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