第10話

 自分は一体、何をあれほどまで案じていたのだろう。

 鷹揚おうように頷く上司の様子に、肩すかしを食らった気分ではあったが、密かに胸をなで下ろしたタケは、テンの口にした特殊能力者という言葉などまったく聞こえてはいなかった。

 未解決事件か…。

 警察の一員となった今でこそ、テレビを見る時間はほとんどなくなってしまったが、物心つく頃から刑事、警察と名のつくドキュメンタリ番組を、親も呆れるほど見ていたことを思い出す。

 酔客すいきゃくの喧嘩をいさめる者、交通違反を取り締まるベテラン、りのプロとの飽くなき攻防、様々なドラマを繰り広げていた警官たち。

 メディアで切り取られる情景は、実際の仕事と同じく、決して華やかな活躍ばかりではなかったけれど。

 中でも一番心に残っているのは、未解決事件犯を追う、何百人もの指名手配犯の顔を覚えているという老齢ろうれいな刑事の姿だった。

『地味な仕事と言われますが、何事もコツコツ積み上げていくことで、見えなかったものが見えたり、核心に近づくきっかけを生み出すことができるんです。実際、私らの仕事はそういうものですよ』

 陽に焼けたその刑事は、キャスターの問いかけに朴訥ぼくとつと返しながらも、静かで揺るぎない目を通りに向けていた。

 手配書に記された顔の大半は、一度として出会うことなく終わるのかもしれない。

 だが彼はいつか見つかると信じ、行き交う人々と向き合っていた。

 それはきっと、愛や恋よりもはるかに長く、不謹慎ではあるが蜜月のような時なのではないかと感じたものだった。

 日本は、しばしば海外メディアも取り上げるほどに安全な国と言われてはいる。

 だが、一億二千万人ほどが暮らすこの国でも、日々新しい事件は生まれ、解決に導かれるもの、未だ解決の兆しも見えない事件も、自分たち警察の能力が及ばないところを認めたいわけではないが…残念ながらあることも事実である。

 あの刑事のように、困難であることさえさらりと口にするまでになるには、どれほど長い年月を費やせば追いつけるのかわからない。 

 また、在籍中にどれほど犯人逮捕に導けるのかもわからない。

 だが、未決案件の解決は、役立たずではないかと、警察に不信感を抱いている市民に対しても、改めてもらえるきっかけを作れる可能性を持った、組織自体の威信がかかっていることでもあるのだ。

 そう思うと、にわかに使命感のような思いが沸き起こる。

「やりがいのある部署ですね」

「そう思うだろ?やっぱり特殊な奴らと対峙するなら同様に、特殊な奴らの方が向いているからな」

 特殊な奴らに対抗するなら、特殊な奴ら?

 ここでようやく、互いの話す内容に齟齬そごがあることに気づいた。

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