第7話

鹿瀬武かのせたけし、本日より着任します」

「おう、良く来たな」

 おぎ典雅てんがと名乗ったその男。なんとまあ、縦にでかい男だというのが第一印象だった。

 随分とみやびやかな名を持ちながら、ひょろりとした痩躯そうくと顎先に生えた無精ひげのいでたちは、およそ雅とは言い難い容姿である。

 スタイルはいいのかもしれないが、いまひとつ二枚目半から抜けきれず…刑事というよりはむしろ、デザイナーだのフリーの記者だのといったインテリを崩した、自由業のような雰囲気だった。

 だがこれで、三十四歳の警視正にして特別能動分班の室長である。

 恵まれすぎた身長を含め、世の中は存外不公平にできているものだと思う。

 とりあえず、かつての部下であったとは言いながらも、荻のような明らかにキャリア組に言い出されたら、叩き上げの山縣やまがた課長など、強くは出られなかっただろうことは想像に難くない。あるいは、それ以上に癖のある人物なのかもしれないけれど…。

「荻室長、これからよろしくお願いします」

「鹿瀬、お前東京育ちだよな。江戸っ子だと、オギって言いにくいだろう。テンでいい。それと、堅っ苦しい室長とか班長なんつー肩書きもナシだ」

「はあ…」

 親しみを与えようとする気づかいなのか、単に自分の苗字が嫌いなのか、それ以上に思うところがあるのか…意図の読めない発言に、鹿瀬は目を瞬かせる。

 鹿瀬自身、東京で生まれたというだけで、下町育ちなわけでもなく、確かに『鮭』はさけよりもしゃけの方が言いやすいが…特にべらんめえ調で育った記憶はない。

 そもそもいくら江戸っ子であっても、『オギ』の発音が『オジ』のような音になるなんて、聞いたこともない。

 だが、荻で平気ですなどと言うのも気分を害しそうなので、適当に頷いておいた。

「運が良かったな。今日は全員が内勤しているから、まとめて紹介できるぞ」

 ドアを開ける荻の背後に続いて部屋に入ると、片方の壁際に巨大なキャビネットが備えられているのと、大きなミーティングテーブルがある以外は、壁際に置かれた応接セットなど三課とそう変わらない風景に、少しだけホッとした。

 ただし、正面にある机だけは別だった。

 ファイルや書類の山で埋め尽くされている挙句、その後ろにある棚状になったエアコンの送風口はかろうじて残されてはいたが、少し触れれば雪崩なだれが起きそうな際どいバランスで書類同士が支え合う、凄まじい荒れ模様となっていた。

 思わず傍らに目をやれば、ま、ああ見えてちゃんと入ってきた奴の顔は見えるようにしてあるんだ、などと悪びれない答えが返ってくる。

 予想に違わず荻のデスクのようだが…荻の両親は息子がこんな風に育つと知っていたら、決して典雅などと名付けなかったに違いない。

「おい、皆集まれ。今日からウチに配属になった鹿瀬武だ。鹿瀬って言いにくいから、タケでいいな」

 荻の中で言いにくいはタブーなのだろうか。

 ついでとはいえ、勝手にあだ名までつけられたが、あまりにもさらりと言われたため、慣れ慣れしいという気はかなかった。

 むしろこの班に早く馴染むためにも、あだ名があるのは悪くない。苦笑しながら頷いた。

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