第5話

 鹿瀬かのせが所属するのは、窃盗犯中心の三課だった。

 ようやく先輩刑事たちの仕事ぶりを、落ち着いて見られるようになったと少しの自信がついた頃、職場は異動の時期を迎えていた。

「今年は誰が出るかな」

山縣やまがたさんの表情はいつも変わらないから、直前になるまで俺たちにだってわかんねぇけどよ、五年目の中川辺りがどっか行くことになるんだろうな」

そんな言葉に耳を傾けながら、てっきりあともう少しは、この部署で仕事ができるものだと思っていたのだが。

「…異動、ですか?」

 彫の深い顔の山縣課長が、今日はその表情を深い憂いに染めている。

「特別班の室長が、ぜひともお前を欲しいと言ってきたんだ」

 特別班ってどんなところだよ。大抜擢だと騒ぐ同僚たちの中で、なぜか課長は渋い表情を隠さない。

「あそこの室長は昔の部下なんだが…あいつの勢いにはどうも弱くてな、スマン」

「それはともかく、山縣さん…俺はどこへ配属されるんですか」

 恐る恐る尋ねてみても、山縣はなかなか核心を口にしようとしない。

 栄転か?羨ましいなぁ。そんな声の中、当の本人である鹿瀬は、これはものすごく自分にとっていい話なのではないかという、奇妙な思いを抱いていた。

 鹿瀬は知っていた。こういうときは大概、ろくな結果にならないのだということを。

 山縣の声を待つ素振りで、内心ではひそやかにため息を漏らす。

「捜一、特別能動班…特能だ」

 途端に部内がしんと静まり返る。

「幻の、第三特殊犯捜査分班!?」

 捜一に第三特殊犯捜査の、しかも分班なんてあっただろうか?

「そんな名前、聞いたことありませんけど…」

 戸惑う鹿瀬の周りが、にわかにざわついた。

「トクノーだってよ」

「ハイエナって噂の?」

「手柄を横取りして、クローザーをやるって聞いたことがあるぞ」

「トクノーにハイエナ、手柄を横取りしてのクローザー…ですか?」

 まったくもって定まらない、バラバラなイメージを囁いている同僚たちの声に目を白黒させていると、ミルクかよ…、という気の毒げな溜息混じりの呟きが聞こえ、首を振り向ける。

「小田さん、ミルクって何です?」

「特濃牛乳ってあるだろ?それと掛けて『ミルク』ってあだ名がついたって話だ。俺も詳しくは知らんが、あそこは変人の巣窟そうくつだって噂だぞ」

「俺も妙な話を聞いている。どえらく地獄耳な奴がいたり、年中マスクしてウロウロしてる奴がいるとか、ものすごい怪力人間がいるとかいないとか…」

「そのくせ、他班の案件を横取りする部署だ、なんて穏やかじゃない話も聞こえてるんだが、真偽は定かじゃない」

「なんですか、そのいい加減な風聞は」

 一体どんなところなのか。適当な話を耳にすればするほど、わくわくするような高揚感が満ち満ちていく。

 不安と羨望、同情の入り混じる中、先輩の小田一人がこんなに若いうちになぁ、とあわれむように言った。

「小田、聞きかじりの情報で鹿瀬の不安をあお るような真似をするな。変わり者は多いかもしれんが、お宮入りになりかけたヤマの解決に定評があるのは確かなんだからな」

 小田をとがめた山縣が、ゆっくりと話し出す。

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