2章 出会いの意緒

第4話

「おい、お前んとこ、もう一人欲しいってずっと言ってたよな。面白い奴を見つけたぞ」

 すれ違った同期の多田が、唐突にそう切り出した。

 絶対に彼が食いつくだろうことを、分かり切ったしたり顔…昨今はドヤ顔とでも言うのだったか…そんな表情を浮かべている。

「俺あ忙しいんだ、どうでもいい話だったらぶっ飛ばすぞ」

 ぶわあ、という効果音でもつけるのがふさわしい盛大なあくびをかまし、目の下に隈を浮かべた男が眠たげな目を向けるのに、多田は自信満々に答えた。

「窃盗班で二年になる奴なんだけどな。相棒といても、片割れがワッパかけるばかりで、ほぼそいつ単体での手柄はゼロパーセント」

「…なんだそりゃ、トロくせえ。単に要領の悪いスカじゃねぇか。いらんいらん」

 離れようとする彼を多田の声が引き留める。

「まあ、聞けよ。但し、ホシがナイフやハジキを持ってるようなアブない奴の場合、ほぼ百パーそいつが相対している」

「…どういう意味だ?」

 男は踏み出していた足を止め、多田を振り返る。

「あくまで偶然を装っているみたいだがな、どうも凶悪なのや、ヤバめなもんを呑んでる奴の時だけは、図ったかのように矢面に立っているらしい。奴とコンビを組んでいる者は、幾度もそれで難を逃れている」

「ほう」

 とろんとした彼の目が、興味深げに輝いた。

「…そいつ、今までのヤマでは?」

「ホシと争った本人が打撲や擦り傷程度の怪我を負うくらいで、現逮時の通行人の巻き添え含め、これが奇跡的にない。…どうだ、なかなか面白い話だろう?今ならまだ、春先の転属にも間に合うぞ」

「ほうほうほう…」

 顎先に生えた不精髭ぶしょうひげを撫でながら、彼は何事かを素早く頭の中で計算している様子だった。

「それはまた、なかなかな強運の持ち主だ。で、そいつの名前は?」

鹿瀬武かのせ たけし。鹿に浅瀬の瀬でカノセ、武道の武でタケシ。三課だ」

 問われることなど織り込み済みであるようにきっちりと応じ、多田はにやりと笑う。

「三課の二年目。鹿瀬武、ね…ちょいと調べてみるかな」

 繰り返した彼は、不敵な笑いを浮かべた。


 二十六歳を迎えた鹿瀬がハコ番勤めを終え、刑事課に配属されたのは二年前。

 物心つく頃から、警察官になるのが夢だった。

 親兄弟や身近な者に刑事がいたわけでも、ましてや犯罪に巻き込まれたところを助けられたなんて、劇的な理由もない。

 制服への憧れや、華やかなる手柄を思い描いていたわけでもなく、それでもとにかく、警察官にならない自分など想像したことがない、鹿瀬とはそんな奇特な人間であった。

 その気持ちは夢を叶えた今も変わらず、寝不足でふらふらになっても、腹が減って目が回ろうとも、手足の感覚さえ麻痺するような辛い真冬の張り込みも、幼い頃からの夢を叶えられたからこそ、乗り越えてこられたのだと思っている。

 勿論、世にある犯罪のすべてをなくせるなどと考えてはいない。

 けれど、特別に選ばれた勇者や、ひたすら悪に歯向かう心が、全世界を救うヒーローになれる、ハリウッド映画みたいなものだけが正義ではなく…小さな幸せを守るために走る、そんな積み重ねが変えて行くものもあるのだと、愚直なまでに信じたいと思っていた。

 現実はやはり、テレビの中で見る刑事のように格好いいことや、感謝されるようなこともほんの少ししかなく、頭が固いだの点数稼ぎだのと罵られることもあったり、現場にいる時間よりも、報告書や書類作成に追われたりなど辛いことも多い。

 魔が差したとは言えぬほど愚かしいものを見せつけられたり、反対に、こちらも泣きたくなるような、どうしようもなかっただろう思いに出会うこともある。

 それでも、彼はこの仕事が本当に好きだった。


 そんな彼には、秘密があった。

 家族にも友人にも話したことはなく、けれど話をしたところで、おそらく誰にも信じてはもらえないだろう秘密が…。

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