召喚

 押忍!! ガクです。 中学生までうるう年の存在が許せませんでした。そもそも何でうるう年があるのか知っている人って少なくないですか?


 バファルが開始の合図を出した。


 だが、両者はまだ動かない。


「どうした。先制攻撃を譲ってやるつもりだったのだが、しないのか?」

「私も先制をお譲りしようと思っていたのですが、しなくて良いんですか?」


 グラウンドの中心でサラとネズが五メートル程の距離を空けながら会話をしている。


 どちらもまだ攻撃の体勢にすら入っていない。


「この俺が小娘程度に先制を譲られるなどおかしな話だ」


 サラは少しだけ表情がピクリッと動いた。


「私こそアナタ程度の人に先制を譲ってもらうなんて、一撃で勝負が決着してしまいます」


 ネズは組んでる腕の筋肉が少し動く。


「調子に乗るなよ、小娘。お前の攻撃で俺がダメージ受ける訳ねーんだよ、ボケが」

「冗談は顔とその身長だけにしてもらえませんか? 戦いは図体がデカければ有利というモノではないんですよ」


 二人に声に徐々に怒りが見え隠れし始める。

 サラがあそこまで言うって事はもしかしてネズってヤツは本気でそう思ってるって事か?

 サラが怒る訳だよ。


 両者が数歩距離を詰める。


「小娘。降参するなら今のウチだぞ。ガキの言葉とは言え、俺をコケにして楽に死ねると思うなよ」

「妄想は夢の中でお願いします。もしかして今、寝ているんですか? 随分と器用ですね。そんな身体と顔で」


 ネズはサラの言葉を聞いて腕組を止めた。

 その瞬間、身に纏う雰囲気がガラリと変わる。


 あの雰囲気の濃さはマスやマーナさんに酷似する。


「まず、お前の服を破る。次に喉を潰して声を出させなくする。その次は足を潰して、ワンワン泣くお前を犯してやるよ。殺してくださいと訴えても嘲笑ってやる。後悔の準備は大丈夫か?」


 ネズは身体から無駄な力を抜き、やや身を屈めサラを射殺さんばかりに睨みむ。


「あまり汚い言葉を使わないでもらえますか。私たちの娘に悪影響です。その妄想がどこまで現実にできるか試してみたらどうですか? 所詮は妄想に過ぎません」


 サラはどこ吹く風だ。

 ネズを顔を傾げならもっと挑発する。


「小娘、お前は殺す。〈無音〉」


 ネズはサラに一直線に距離を詰める。

 荒らしい突進だが、全く音がしない。


 サラはネズが接近するまでに戦闘態勢に入る。


 両者がゼロ距離となり、ネズが右のパンチをサラの顔面を狙って繰り出される。

 だが、サラは後ろに一歩下がりパンチを避けた。


 サラが避けたのもつかの間、今度は鋭い左足の蹴りがサラの腹部に狙いを定め、繰り出された。

 サラはもう一歩後ろに避けた。


 ネズの攻撃は止む。


 佇むネズがサラに向かって指を刺した。

 どうやら腹部を指さしてるようだ。


 俺がサラの腹部を見ると、サラの可愛いおへそが見えていた。

 サラもその事に気が付き、少し怒りが見える。


「あの男、戦い慣れてるわね」

「シャルル」


 いつの間にか俺の隣でサラの戦いを観戦していたシャルルがそんな言葉を発した。


「慣れてる?」

「えぇ。スキルは声を発しないと発動しないから喉を潰されると基本的なスキルは使えない。使えるモノもあるけどね」

「それが?」

「男が最初に使った〈無音〉自分の周囲の音を消す事の出来るスキルよ。ヤツがどんなスキルを使うのかサラクには分からないし、うまく口を隠しながらスキルを使ってる」

「なるほど」


 そういう事か。

 直接戦闘には関係なさそうな〈無音〉のスキルだが、スキル発動には声を出さなければならない。

 〈無音〉でスキルを使う声を隠す事で、発動する事とどのようなスキルを発動させるかの二つを一つのスキルで隠す事が出来る。


 シャルルが慣れていると言ったのは、口をうまく隠しながらスキル使う事を言っている。

 声が外に漏れないと言っても、口は動く。

 サラならその事に気が付くが、隠されたら本当に分からなくなる。


「動いた」


 シャルルの言葉と同時にネズがサラに肉薄する。

 サラは距離を詰められんと、バックステップで下がる。


 が、ネズはスキルを使ったのだろう動きで一瞬にしてサラの目の前に現れる。


「クッ」


 サラは右パンチを繰り出す。

 そのパンチはネズの鳩尾にヒットした。


「やった!」


 俺が声を上げる。


「まだね」


 シャルルの声が聞こえた途端にネズが蜃気楼のように霧散した。


 サラもネズが本物ではない事に気が付いたが、その時には既にネズはサラの後ろにいた。


 避ける隙もなく、ネズのパンチがサラの背中に当たる。


「キャッ!」


 サラの短い悲鳴が聞こえる。


 おそらくサラの背中に当てた攻撃はスキルのようだ。

 不自然に背中の服だけがボロボロに破け、きれいな背中が露わになる。


 攻撃された場所が腰辺りだった為、腰らへんの服とちょっとスボンも被害を受けて可愛いサラのお尻がちょっとだけ顔を見せていた。


「ゲスね。あの男」


 シャルルがそんな言葉を吐き出す。

 ゲスな男のネズはニヤニヤと笑いっている。


 サラは背中のありさまを見て、焦った顔をしているようだった。


 サラは魔法を発動する素振りをする。

 が、ネズが攻撃を仕掛け、阻害する。


「ヤバイわね。あのままじゃサラクが」

「……う~ん」


 状況はサラが圧倒的に不利。

 なのだろう。


 だが、俺は頭の上のルアンを見る。


「サラク~。がんばれ~。まけるな~~!!」


 必死に応援しているルアン。

 俺には戦隊モノの劇場をリアルに見ているような、そんな気がしている。


 サラに攻撃を仕掛け、どんどん服を破っていくネズ。

 焦りの表情を浮かべるシャルル。


 俺は見届け人をしているバファルと目が合った。


 どうやら彼もサラの意図に気が付いたようだ。


 そう言えば、戦いが始まる前にサラがルアンに『私のカッコイイ姿見ていて下さいね』って言ってたな。

 そうか。


 ノリノリだな~。

 サラ。


「ルアン。まずいぞ。応援が足りないのかもしれない」

「えー! どうしよう、ガク!」

「俺も応援する。二人でサラを応援しよう!」

「うん!」


 俺とサラは大きな声でサラを応援する。


 俺とルアンの応援に気が付いたサラはネズの攻撃を避けながら目が合った。


『あれ? 私がしようとしてる事、バレました?』

『うん。ノリノリだね。サラ』

『み、皆に言わないで下さいね!』

『分かった。気を付けてね』

『はい!』


 と、まぁそんな会話をしたようなしなかったような。


 面白い事もあるもんだ。

 胸と下の大事な部分以外は服がボロボロになるこの状況。


 ある戦闘民族の服は下はどんな攻撃を受けても破れない仕様になっていたが、サラの服にも同じような仕様が施されていたとは。


「ガクさん。アナタ、本気で応援してる? これは遊びじゃないのよ」

「問題ないよ。サラが負けるはずがない。俺の百倍は強いから」

「そんな……。あ、そういう事ね」


 耳元でシャルルの声が聞こえた時はびっくりした。

 だが、事実を伝えたらルアンを見て納得したようだ。


 俺の頭の上ではルアンが一生懸命に応援している。

 録画したいな~。


 そしてサラとネズの戦況は徐々に変わり始める。


「なぜ、止めを刺さんのだネズ! もう殺してしまえ!」

「そうですぜ! ネズの兄貴!!」


 おそらくネズはこっちの声は聞こえるんだろな。

 ヤツの顔に焦りが見える。


 サラとネズが至近距離で攻防をする中、ネズの足音が聞こえるようになった。


「お、お前……。いつからだ。いつから……」


 そして、ネズが喋る。


「スキルを解除したんですね」

「お前、いつから俺の攻撃を見切っていた」

「最初からですよ。下らない事を聞かないでください」

「馬鹿な。なら、なぜそんなボロボロになる必要があるんだ!」

「娘にカッコイイ場面を見せないといけませんからね」

「お、お前は……」

「次の一撃でアナタを沈めます。多分、死なないので安心してください」

「ヒッイィ!」


 ネズは足を地面に固定され、両手を上げられないようにされ、声で降参を宣言されないようにヤツの周りの空気を真空にして声を漏らさないようにしてから攻撃に移るサラ。


 サラは声高々と宣言した。


「散々私を痛めつけてくれましたね! ですが、次の一撃で終わりです。ルアンの応援のおかげで私に力が戻りました。くらいなさい!」


 既に身動きが出来ないネズは何かを喚き、叫んでいる。

 バファルは止める気はないらしい。


 てか、あいつも楽しそうに見てるよな。


「サラク~。やっちゃえ~~!!」


 ルアンも楽しそうだ。


「はぁ~~~~!」


 太陽が傾き、夕日に差し掛かろうとしていた天気の良い空が急に曇りだし、ゴロゴロと鳴り始める。

 雲はどんどん厚くなり、周囲は真っ暗になる。


「シャルル。逃げるぞ!」

「分かったわ!」


 俺とシャルルはネズから距離をとる為に、離れた。

 もちろん全力で。


 雲がピカピカと光だし、サラが天に向けて手を上げる。


「【雷鳴が轟く蛮地に永劫に残る傷跡を付けよ。世界を崩壊させる力の一端を私に与えたまえ】」


 なんだ!?

 詠唱か?


 たしか、詠唱なんてなかったような?


「雷竜召喚!!」


 バリバリバリ!

 と空が鳴り、何かが降りてくる。


「……マジかよ」


 三頭の頭を持った身体に電気を流す、巨大な竜がサラの頭上に降臨した。


「ガクさん。あれは何ですか?」

「シャルル。ごめん。俺にもアレは分からない」


 宿舎の陰に隠れたが、ここで大丈夫か疑問に思う。


「雷の一撃を食らいなさい!! 〈雷光砲〉!!」


 俺は心の中でこの攻撃を食らうネズの冥福を祈った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る