忍べない忍~恋愛編~

事の始まり

―――嫌な予感がする。

 玄関のドアノブに手を掛けた瞬間、私の第六感が脳内でけたたましく警報音を鳴らし始めた。 

 この例えようのない落ち着かない気持ちは、エレベーターに乗ったときから、いや、マンションのエントランスに入ったときから感じていたのかもしれない。

 私はそれに気付かぬフリをして、ここまでやってきてしまったのだ。

 無意識の内にノブを握り締めたままの右手に力が入る。


 ドアを開けるべきか否か―――。


 汗が一筋、頬を伝って手の甲に落ちた時、私はある一つの事実に気が付いた。

 ってか、ここ私の家じゃん!

 なんで自分の家に入るのにこんなにも逡巡しなくちゃいけないのよ!

 悔しさと苛立たしさに任せてノブを捻ると、抵抗もなくドアが薄っすらと開く。

 あああああ! やっぱり! 鍵が開いてるぅ!

 泣きたい気持ちに襲われつつも、私はドアを開け放って、重たい足を一歩前進させた。

「ただいまぁ」

「おかえりなさいませ~。詩織しおり様」

 大学から帰ってきて最初に目に入ったのは、天使の微笑みを浮かべるあおいのエプロン姿だった。



 私がスーパー家政婦兼『しのび』の葵と出会ってから、早くも三ヶ月が経つ。

 ちょっとした間違いから命を狙われ、彼女に助けられたのをきっかけに、うっかり仲良くなってしまった。理由は不明だけれど、葵は私のことを気に入ったらしく、今ではお互いの家を行き来する仲にまでなっている。

 不本意、とまでは言わない。

 葵が遊びに来た日は、仕事でもないのに掃除・洗濯・食事の用意まで完璧にこなしてくれる。最近では一緒に台所に立つことも増えたし、それはそれで―――かなり楽しい。

 けれど、いつの間にか手に入れた合鍵で、勝手に家に上がるのだけは控えてもらいたいと常々思っている。

 お陰で、玄関の鍵が開いていても不審に思わなくなってしまった。

 一応女の一人暮らしだし、危機感に乏しくなるのは問題だと思う。

 私は荷物をドサリと床に落として、目を瞬いた。

 見慣れた我が家。

 風は柔らかにカーテンを揺らし、夕暮れ時の赤い光と夕食の香りを運んでくる。

 玉葱が甘く溶ける臭いが鼻腔をくすぐり、どこかの家は今晩ハンバークかと思う。そんな何の変哲もない日常の中で、私は久々固まって動けなくなっていた。

 部屋の中には葵のほかに、見知らぬ男性が二人鎮座ましましている。

「えっと・・・・・・どちら様でしょ?」

 ピクピクと痙攣するこめかみを押さえて、私は助けを求めるように葵を見つめた。

 葵はといえば、楽しそうに鼻歌交じりでお茶の用意をしている。スリッパをパタパタといわせながら、スカートの裾を翻して茶器をテーブルに手際よく並べていく。

 今日の葵はつややかな黒髪をうなじでタイトに纏め上げ、胸元に大降りのリボンが付いた濃紺のシックなワンピースを着ている。装飾過多ではないシンプルなスタイルが、大きな瞳と丸い輪郭の顔を強調し、動く度にふわりと揺れるリボンが彼女の愛らしさを引き立てている。さしずめ良家のお嬢様といった風貌か。

 洋服を着始めた当初は、スカートなんて動き難いと嫌っていた葵だが、最近、お洒落に目覚めたようでスカート率が徐々に高くなってきている。

 遅れてやってきた彼女の女子力は、会う度に違う手の込んだ髪型にも反映されていた。

 いや―――そんなことは今、どうでもよろしい。

 目下、私が一番気にしているのは、私の家でローテーブルを挟んで睨み合っている二人の男性が、何処の誰なのかってこと。

「詩織様。お茶が入りましたので、お掛けになりませんか?」

 葵は首を小さく傾げて、ひょいとティーポットを持ち上げる。

 相変わらずの可愛さに、私は脱力して苦笑いを浮かべた。

「ごめん。お茶よりもまず、状況説明から初めてくんないかな?」



 ローテーブルにカップとソーサーが四組並べられ、即席のお茶会が始まった。

 私から見て正面に葵が座し、右手にはホストクラブ出勤前の様な出で立ちの男性、左手にはいかにも気の弱そうな小動物系男子が座っている。二人は共に仏頂面で口を噤み、家主である私に一瞥いちべつをくれようともしない。

 触れたら火傷しそうな緊張感の中で、葵はカップへ丁寧に紅茶を注いでいった。

 とろりとした琥珀色の液面からは緩やかに湯気が立ち上り、部屋中に柑橘系の爽やかな香りが広がる。

 コトリ、とポットを置いて、葵はわざとらしく咳払いをした。

「ええと、先にご紹介しますね。こちらは執事課に所属している小野寺おのでら翔太かなたさんです」

 葵は左手を掲げてホスト青年を差す。ティーカップを口元に運びかけていた彼は、私に向かって軽く会釈をした。

 赤銅色の髪と瞳に、すっと通った鼻筋。切れ長な目じりとシャープな顎のラインが知的かつ色っぽい。なかなかのイケメンだ。

 飾らないシンプルなシャツを身に着けているのに、どこか気品を感じさせる風貌。水が溜まりそうなほど深い鎖骨が、動く度にちらちらと襟元から覗いている。

 むうう。これは―――大人な男性の色香がムンムンだな。

 恋愛ゲームに登場したら、クールに『お前は黙って、俺に守られてろ』とか言っちゃうタイプに見える。

 葵は左手を掲げたまま、翔太さんに向かってにっこりと微笑んだ。

「翔太さんは所属している課こそ違いますが、公私共にとても良くしていただいております。アタシの先輩で茜さんとは同期になります。執事課でも、トップクラスの忍なんですよ」

 あ、ホスト面でも、やっぱり忍なんだ。

 一通り説明を終えると、葵は続いて右手を差し出した。

「そしてこちらが、同じ家政婦課の沢田さわだ颯介そうすけくんです」

 紹介を受けた颯介くんは、私と目が会うと、とたんに顔を赤らめて俯いてしまった。

 こげ茶色の柔らかそうな髪と、葵に負けないくらい大きな瞳。その純粋そうな瞳は、涙と純粋さを湛えて、うるうると輝いている。正面から彼に見つめられたら、たぶん大抵の女子は抱きしめたい衝動に駆られることだろう。

 唇はやや薄めだが、ほんのりと桜色に染まり、ぱっと見たら女の子と間違えてしまいそうだ。

 颯介くんは、華奢な体躯に少しサイズ大き目のデザインシャツを羽織っている。このちょっと大き目っていうところが、女性の庇護欲をそそりまくっていることに、彼は気付いているんだろうか。

 恋愛ゲームに登場したら、クマのぬいぐるみを抱きつつ『僕と一緒に居てくれるよね?』と言って甘えてくるタイプに見える。

 むうう。年上キラー美少年・・・・・・か。

「詩織様? どうかなさいました?」

 腕を組み、唸る私に葵が首を傾げる。

 最近、大学の友人が恋愛ゲームにハマっているせいで、思考がそっちへ引きずられ気味だ。

 まあ、現実と非現実の間で生活している私にとっては、ゲームであるだけ友人の方が健全に見えて仕方ないんだけれどね。

 私は大げさににっこりと笑って、手を軽く振った。

「なんでもないよ。ちょっと考え事。で、沢田さんは葵と同じ部署に所属しているんだっけ?」

「そうです。颯介くんは、アタシの後輩にあたるのですが、我が社始まって以来、初の『家政夫』なんですよ。見ての通り可愛らしいですし、細かなところにも気遣いの出来るAランク家政夫です。忍としても、これからを期待された新人です」

「へぇ。二人ともすごいのね」

 私は、ことさら感心したように声を上げてから、紅茶を一口啜った。正直、どうすごいのかは良く解ってないのだけれど、会話を止めるのも気詰まりだ。

 颯介くんが隣で、照れ笑いを浮かべて頭をかいている。

 天使は葵だけで十分だと思っていたけど・・・・・・颯介くん、なかなか可愛いじゃない・・・・・・。

「それで? お二人がどうして私の家に居るの?」

 カップをソーサに戻して、私は正面から葵を見つめた。

 彼女はカップを両手で持ったまま、きょとんとして私を見つめ返す。

「さあ」

「は?」

「実は経緯を良く覚えていないんです。会社を出る時に翔太さんに声を掛けられたところまでは記憶しているのですが、それから色々な方に話しかけられてしまって。気が付いたら、三人でこちらへ伺っていました」

「はぁ」

「と言っても、道中一緒だったわけではありませんよ。翔太さんも颯介くんも、アタシの後をつけてきただけなんです」

 つけて来ただけ?

 おーい、葵サン。ちょっと無防備すぎやしませんかね。

 社内ナンバー1の実力の持ち主だって、こないだ銭湯で言われてなかったっけ?

 私は再び痙攣し始めたこめかみを、指先でぐりぐりと押さえた。

「じゃあ、なんで後をつけてきただけの人が、こうして家へ上がることになったのよ」

「お二人とも詩織様にどうしても一目会いたいと仰るのです。外でお待たせするのも気が引けますし、詩織様の帰宅時間も迫っていたので、中で待っていただきました」

「こらこらこら。ここはアンタの家か! ってか、家に来るならメール入れなさいって何度も言ったでしょ!」

「え~。メールしましたよ~」

 葵はリボンを無造作に解くと、胸元からスマホを取り出して指を走らせた。

 格好は可愛らしくなっても、相変わらずスマホはそこに入れるのね。

「あら? 未送信になってる」

 それ見たことか!

「でも、お二人とも家捜しするような人たちではありませんし、何よりアタシが一緒でしたから」

「そういう問題じゃないのよ~」

 ああもう、なんだか頭が痛くなってきた。

 葵は丁寧にリボンを結びなおすと、ポンと手を打って腰を上げる。

「アタシ、夕飯を作っている途中でした。ちょっとお鍋の様子を見てきますね」

 葵のスカートの裾が台所へ消えていくのを見送って、私は先ほどから無言を通している二人に視線を向けた。

 翔太さんは、今までの会話が耳に入っていないかのように平然と紅茶を口に運び、颯介くんは立ち去った葵の姿をぼんやりと見送っている。

 二人とも、私に会いたいと言った割には、こちらに目をくれようともしない。

 なんだろう、何か納得いかないなぁ。

 私はカップを持ち上げて、温くなった紅茶を口に含んだ。

 この二人に害意がないことは、葵が後を付けられるままにしていたから確かだろう。

先ほどはああ思ったが、『忍』としての葵の実力を疑っている訳ではない。尾行の事実をさらりと口にしたこと、二人がこうして家へ上がって紅茶をがぶ飲みしていることからも、初めから気が付いて尾行されていた、と考える方が自然だ。

 じゃあ、何故二人は葵を尾行するに至ったのか。

 それは葵の行動をこっそり監視する為。もちろん、その行為が対象者にばれるのを承知の上でだ。

 悪意はなく、影からこっそり見守る―――この行動って、なんだか・・・・・・なんだかじゃない?

 私は脳内にピンと閃くものを感じた。

 これぞ、女の第六感ってやつね。

「お二人とも、私に用事があって来られたわけではなさそうですねぇ」

 何気ない風を装って小さく呟く。

 カシャンと音を立てて、颯介くんはカップをソーサーに置き損ねた。翔太さんは、整った眉をピクリと跳ね上げたに過ぎない。

 二人に多少の動揺が走ったのを見て、私は自分の考えが間違っていないことを確信した。

「最近、富に色気づいてきた上、何処かへ頻繁に出入している・・・・・・それはそれは動向が気になって、尾行もしちゃいますよね」


 ガシャン


 カップが円弧を描いてテーブルの上を転がる。

 幸いにも紅茶は飲み干されていたため、大惨事は免れた。

 けれども、カップを倒した当の本人―――颯介くん―――は、顔を真っ赤に染めて、言葉にならない声を上げていた。

「な、ななな、なん」

 慌てふためく颯介くんを見て、私は会心の笑みを浮かべた。

 ぬふ。思ったとおり。

「見苦しいぞ、沢田。忍たるもの動揺を面に出すな」

 腕を組み、颯介くんを睥睨へいげいして翔太さんは冷たく言い放つ。クールを装っていても、颯介くんに負けないくらい耳朶が赤くなっている。

 私はニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま、倒れたカップを拾い上げた。

「察するに、お二人は葵が会っている人物を確認しに来たってところですかねぇ。解りやすく一言で言うならば、葵のことを好―――」

「余計な詮索は身を滅ぼすぞ。渡部詩織」

 冷めた目で一瞥してくる翔太さんに、私は自分の行動を棚に上げてムッとした。

「脅しですか? 受けて立ちますよ。貴方が私に危害を加えるということは、その行為の代償が全て葵へ向かうと考えてください」

「何? それはどういうことだ」

 隣で殺気が大きく膨らむ。例えようのない圧迫感と、刺し貫くような視線が私の体を蹂躙した。

 しかし、残念ながらこちらには奥の手がある。

 私はあえてゆっくりと紅茶を注ぎ、余裕の表情で禁断の言葉を口にした。

「私に何かあった場合―――葵の純潔は汚されます。見ての通り、この部屋にはベッドというものがありません。空間的制約もあって、当然布団も一組しか敷けません」

「何が言いたい」

「察しが悪いですね。つまり、私たちは一つの布団で、吐息のかかる距離で寝てるってことです。手を伸ばせば、パジャマのボタンを外すことくらい造作もないこと。具体的なことは想像にお任せしますが・・・・・・一言だけ申し上げますと、彼女は同姓でもくらっとくる瞬間があります。見たことがないでしょうけど、寝顔は天使ですよ」

 言いながらも、心の中では舌を出す。

 寝顔が天使なのも、ちょっとドキリとする瞬間があるのも事実だけれど、私の中に百合的要素は微塵もない。

 だが、颯介くんは真に受けて顔を真っ青にした。

「そんな破廉恥なこと、止めて下さいぃ!」

 柔らかい声音と共に、左肩にずしりと重みがかかる。無警戒だった方向からの思わぬ攻撃に驚いて振り返ると、濡れた瞳の颯介くんがぶら下っていた。

 彼は、ぷるぷると震える唇を引き結び、少し紅潮した頬でこちらを見上げている。

「お願いです。小野寺先輩も渡部さんも、どうか冷静になってくださいぃ」

 必死に涙声で訴える颯介くんの姿に、一瞬、眩暈がした。

 か・・・・・・可愛い! 

 つぶらな瞳から、今にも零れ落ちそうな透明な雫。

 間近で見る澄んだ瞳は、真夏の太陽よりも眩しい。

 嫉妬してしまいそうなほど白くきめ細かな肌に、柔らかく癖のある髪が一筋かかっていて、それがより一層乙女っぽい雰囲気を醸し出している。

 この天使度の高さは何!

 背景に花畑が見えるんですけど!

「い・・・・・・今のは、小野寺さんの言い様にちょっと反発しただけで・・・・・葵は私にとっても大切な友人ですし、本気で何かしようとは・・・・・・」

 純粋な天使オーラに圧されて、私はもごもごと口ごもる。

「じゃあ、じゃあ葵先輩は無事なんですね?」

「と・・・・・・当然です」

「よかったぁ。ありがとうございます! 渡部さんは優しい方なんですねぇ」

 目の前いっぱいに広がる安堵の表情に、私の心臓が奇妙に跳ねた。

 ああ、まずい。

 私は―――このての顔に弱いのよ。

 今更ながら颯介くんの体温を左腕に感じて、頬が熱くなってくる。無理やりに彼から視線を引っぺがすと、私は赤くなって俯いた。

「わわわ私も、少し大人げない発言でした。その・・・・・・出来ればそろそろ腕を放していただけるとありがたいです。あと、渡部ではなく詩織で結構ですから」

「あ、女性に対して失礼でしたね。すみません」

 腕を解きつつ、再びにこっと笑いかけられ、言葉を失ってしまう。

 そんな私を、翔太さんは冷笑した。

「ふん。沢田を相手に何を赤くなっている。人のことを言えた義理ではないな」

 なにこいつ。どうして、こう喧嘩腰なわけ?

 この人とは一生分かり合える気がしない。

 颯介くんの手前、言い返せずにギリギリと翔太さんを睨みつけていると、横から助け舟がすっと出された。

「小野寺先輩、言い過ぎですよ。僕たちが葵先輩を尾行なんてしたから、きっと詩織ちゃんも心配になったんだと思います」

「沢田。本気で言っているのか?」

「ええ、もちろんです。もう少し僕たちに勇気があれば、尾行なんて真似をせず、葵先輩に話を聞くことが出来たのに」

「俺をお前と一緒にするな。俺は、葵が誰と会おうとしているのか、聞き出そうとしていたんだ」

「でも、結局、聞き出せなかったのだから同じことです。」

 颯介くんは硬い表情で、翔太さんを正面から見据えた。

 詩織ちゃん呼びされて、少し舞い上がっていた私も、徐々に高くなる緊張感に頬を引き締めずにはいられない。

 ふいに、颯介くんの横顔が切なそうに歪められた。

「僕にもう少し力があれば、こんな卑怯な手を使わなくても堂々と先輩を守れるのに」

 苦しそうに呟く姿に、私の心臓がきゅうっと締め付けられる。

 ダメだ。

 応援してあげたい・・・・・・!

「忍としても半人前のお前に、葵が守れるわけがないだろう。それは俺の役目だ」

 腕を組み、当然のように言い放つ翔太さんに、颯太くんはゆるゆると視線を下げていった。

 だが、その目には反抗と決意の色が滲んでいる。

「そんなこと解っています。僕は葵先輩どころか、小野寺先輩の足元にも及びませんよ。でも、僕は心の優しいあの人を支えてあげたい。傍にいて、守ってあげたいんです。その気持ちだけは、小野寺先輩に負ける気がしません」

 すっと顔を上げた颯太くんの視線に、翔太さんは険しい表情を見せた。

「俺に負けない?聞き捨てならんな。沢田の気持ちを小さいと評価するほど、俺は腐ってはいないが、天秤に掛けられるのは気に入らない。お前に、俺の気持ちの何が解るというのだ」

「解りますよ。僕だって、葵先輩をずっと見てきたんです。小野寺先輩がどんな顔をして葵先輩と話しているか・・・・・・うんざりするほど知っています」

「ほう」

 翔太さんの目が、すっと狭められる。

 二人を初めて見たときと同じ緊張感が辺りに広がり始めた。

「そこまで知っていながら、俺に負けないと豪語するとは。偉くなったものだな。なんなら気持ちも力も、俺には勝てないと証明してみせたっていいんだぞ」

「望むところです。どんなに弱くても、僕だって一歩も引く気はありませんから」

「いい度胸だ」

 睨みあったまま、二人は音も無く腰を浮かせる。

 二人の手が静かに各々のソーサーを引き寄せた。

「ちょっと待ったぁ!」

 ぶつかり合う視線のど真ん中に手を差し伸べて、私は近所迷惑を顧みずに大声を張り上げた。

 この展開は、非常にまずい。

 私の対忍び経験から言わせてもらうと、この後、回りを盛大に無視した戦闘が始まるに決まっている。

 私の家で、そんなことをさせてたまるもんですか!

「河岸を変えましょう! 場所を変えて良く話し合えば、お互い理解するところもあると思います! 闘って白黒つけるなんて、時代錯誤もいいところですよ!」

 私は、二人に有無を言わせず、台所を振り返った。

「葵! お客様もいることだし、今日は外でご飯を食べよう!」

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