ダンジョンでは俺の危機がドンドン出てくる

 とりあえず、形はどうあれモンスターは倒され、安全は確保できた。

 とでも言うと思っただろうか。

 なにしろ今俺の目の前にある状況は、明らかにこのダンジョンに突入して以来である。

 睨み合う戦士と魔術師。

 剣こそ構えていないものの、戦士の方は寸分の隙もない戦闘態勢だし、魔術師も杖を持ったまま油断のない視線を向け続けている。

 ひとことで言えば一触即発。

 ふたことで言えば嵐の前の静けさとかまあそのへんになるだろうか。

 なんにしてもとてもヤバイということだ、簡単に言えば。

 そして俺は、睨み合うその両名を知っている。

 ならば、俺に出来ることは一つだ。

「……いや、火宮かみや、なんでお前がここにいるんだ?」

 なんとかして少しでもその事態を緩和しようと、俺はその闖入者である魔術師、火宮麻夕かみやまゆに声をかける。

 その質問は実際に俺が気になったことではあるのだが、今はそういうレベルの状況ではない。

「なんでもなにも、休み時間にいきなりこんなことになって……。これ……、魔王病でしょ? 輝明てるあき、この迷宮、あなたが作ったんじゃないの?」

「そうじゃないんだよ、これが……」

 火宮の意識は土谷の野郎から俺に向き、その視線もかなり殺気が抜けたものの、今度はその疑問になんと返していいのか頭を悩ませることとなった。

 元々、俺が魔王病を知ったきっかけは、この火宮に教えてもらったからだった。

 火宮の家は開業医であり、その中で火宮自身も魔王病について知ったらしい。

 当時の話の内容的にはただの雑談でしかなかったが、俺はそこから魔王病へとのめり込んでいったのである。

 しかし、それがこんな結果になるとは、その時には考えもしなかった。

「で、この無礼な魔術師の人、いったい誰なんですか?」

「お前、本当に興味のないことにはとことん興味が無いんだな……」

 どこまで本気かわからない土谷の野郎の発言に、俺はただただ呆れるばかりである。

「ほら、クラスメイトの火宮だよ。なんでそんな説明をしないといけないんだ」

「申し訳ありません、興味のない女性を覚えるのは苦手でして」

 こういう許されざる発言を平気でするのがこの男だし、本当に覚えていない可能性があるのもこの男である。

「……そうだな土谷剣つちやつるぎ、お前はそういう男だよ」

 一方の言われた側である火宮は呆れたような、怒ったような、そんな表情で俺と土谷の野郎を見ている。

「まあ、彼がそういう人物なのはもういいわ。それより問題は輝明の方よ。あなたが魔王じゃないってことは、いったい誰が魔王なのよ」

 当然、俺が魔王でない以上その質問は出てくるだろう。

 火宮の眼を見る。真剣な眼だ。だから俺に迷う暇も与えてくれなかった。

「……美月だ……」

 隠し通すことは不可能だ。

 そう判断して、俺はその魔王の正体を口にした。

 一瞬の沈黙。

 火宮は少し表情を硬直させた後、あっけにとられたような顔で俺を見返してきた。

「えっ……、美月って、あの美月?」

「他にどの美月がいるのかはわからないが、多分その美月だ」

「うーん、あの美月が魔王ねえ……」

 火宮も昔から美月を知っているだけに、その反応は当然のことといえた。

 誰だって、俺ではなく美月の方が魔王になるなど考えもしないだろう。

「そんなわけで、俺は魔王ではなく勇者なんぞをやっている。といっても、さっき見たように主戦力はこの土谷の野郎だが」

「まあ、僕は美月さんのために出来ることをするだけですよ」

 自分では謙虚な騎士のつもりなのかもしれないが、土谷の野郎の言葉はいつだって下心が滲みまくっている。

「で、こっちは俺と一緒に遅刻して巻き込まれた滝見茜たきみあかねセンパイ。治癒師ヒーラーをしてもらっている」

 俺が紹介すると、センパイはぶっきらぼうにただ「よろしく」とだけ挨拶した。

 なにしろ先ほどからの一連の流れである、どうもかなり警戒しているようだ。

 それに対して火宮も相応に不審な目を返していたが、すぐに無駄と悟ったらしく、今度はその視線と矛先を俺へと向けてきた。

「戦士に、治癒師。じゃあ輝明、あなたなにをやってるの? ニンジャ?」

「なんで忍者? ただの盗賊シーフだよ盗賊。まあ、俺に出来るのはそれくらいだからな。消去法だ」

「ふーん。パッとしないわね、相変わらず」

「パッとしないんだよ、いつも通り。そもそもその盗賊の役割だってロクに果たせていないしな……」

 実際のところ、魔王病のダンジョンにおいて盗賊の出番というのはほとんどない。

 途中で宝箱を開けたりするということもまず無いし、扉だって少ない。戦闘に比べれてどの程度俺の仕事があることか。

 それくらいの方が俺にお似合いだ。

「わかっているなら自分の仕事くらいはちゃんとしてくださいよ、お兄様」

 そんな俺の様子を目聡く嗅ぎつけ、土谷の野郎が皮肉げに話を向けてくる。

 そう言われ、俺は言葉を失った。

 しかし、今度は土谷の言葉が止まらなかった。

「僕にはわからないんですよ。あなたがそうやって迷う理由が。あなたはあの叢雲美月の双子の兄なんですよ?」

「わかったようなことを……」

 俺と美月がどれくらい違うのか、俺と美月の間にある差はなんなのか。

 それは俺が一番わかっていることだ。

「では聞きますけれど、美月さんとその兄であるあなた、そこにある最大の差はなんだと思いますか?」

「……才能、だろう。あいつは昔から、俺よりも先になんでもできたからな」

 だが、それを聞いて土谷の野郎は大きく肩をすくめて目を伏せ、完全に俺にわかるように失笑を作って見せつけてきた。

「美月さんの昔の話にはとてもとても興味はありますね。後で詳しく聞かせてください。でも、今は置いておきましょう。美月さんにあってあなたにないもの、それは、自信ですよ。逆に言えば、あなたは迷いすぎている」

 言い終わる頃には土谷の眼は開き、その表情は真剣そのものになっていた。

 切実、といってもいい。

「迷い、だって」

「ええ、迷いです。あなたは迷いで自ら道を閉ざしている。あの扉だってそうだったじゃないですか。普通に解除できそうなところで、あなたはあなた自身を信じられず、迷った。その結果がアレです」

 断じられる。

 それに返す言葉を探す。

 探すが見つけられない。

 いままさに迷っている。

「僕は、あなたには美月さんの兄としてふさわしい存在であって欲しいんですよ。そしてそれは、そう難しいことでないと思っています。美月さんの次にあなたを見続けてきた僕が言うのだから間違いありませんよ」

「兄として、ふさわしい、だと……」

 だが、反論をぶちまけることは状況が許してくれなかった。

「お説教の途中悪いけれど、新しいモンスターのお出ましみたいよ、戦士の人」

 呆れ返ったような声で火宮が指差す先には、先ほどの漆黒の鎧剣士がゆっくりと歩を進めている。

 しかも今度は三体だ。

 どうやら、結局あの鎧剣士も意識があるように見えても量産型であるらしい。

「私が一体、戦士の人が一体、残りの一体を輝明と先輩さんでなんとかしてもらっていい?」

「まあ、仕方ないか……」

「そうなりますね、では後で」

 状況が状況だけに勝手に話が進められる。

 俺はショートソードを構えて戦闘準備し、先程まで自分の前にいた土谷の野郎も、既に鎧剣士に向かって跳んでいた。


「随分とやり込められてたじゃないのさ、輝明てるあき後輩よ」

 小ぶりのメイスを構えながら、滝見センパイが冷やかしの声をかけてくる。

「あいつが好き勝手言っているだけですよ」

 俺はそう誤魔化そうとするが、センパイは曖昧な、それこそ映画のヒロインが浮かべるような笑みを向けてくる。

「まあ、あの天才少女の兄としてふさわしい存在かどうかは置いておいても、アタシもアンタがもう少し自信を持つべきって意見には賛成だね」

「みんな簡単に言ってくれますね……」

 考えてみるまでもなく、『自信を持て』という言葉はとても矛盾した言葉だ。

 それが出来ないから自信が持てないのだし、既に出来ている人間には無意味なアドバイスでしかない。

「アンタが無理と思っているならそれはそれでどうでもいいんだけどさ、それなら輝明後輩よ、アンタ、あの魔王ちゃんとどう向き合うつもりだい?」

「えっ……」

「だってそうじゃない、アタシらの目的は魔王病の発祥者と向き合うことだろう? アンタ、今のままでいけると思ってるの?」

「それは……」

 言われてふと、その見落としていた世界の意味を考えてしまう。

「それとも、まさかあの戦士くんのアシスト狙いのわけ? この迷宮は彼に与える兄としての試練かなにかなの?」

「いや、それはないです」

 一瞬、前方で戦うあの野郎の背中を見る。

 俺は、あいつのアシストのために、このダンジョンに挑んでいる?

 ないない、それだけはない。

「……なるほど、迷っている場合ではないということが、今、実感としてわかりました」

 俺は美月には勝てない。それは揺るぎない事実であろう。

 あの双子の妹には美味しいところを全て持っていかれる。魔王病さえもだ。

 だが、だからといって他の誰かが美月に勝つなど、誰でもない、この俺が許さない。

 美月が美月としているからこそ俺は負け犬で居られるし、遅刻王だなんだと言っていられるのだ。

 俺が俺でありつづけるために、俺はこの先へと進む。

「まあ、そうことだからさ、この辺は雑魚はさっさと片付けてしまわないとね」

「そうですね」

 センパイのその言葉とともに、俺たちは残っていたもう一体の鎧剣士へと向かっていった。


 テニスの剣士様に、同じモンスターなど通用しない。

 あれだけ意気込んだ俺であったが、結局俺たちの前にいた鎧剣士は、援護として駆けつけた土谷の野郎がそのまま倒してしまった。

 そして俺は、土谷剣という人物を甘く見ていたことを思い知る。

 人格面以外についてはかなり高い評価をしていたつもりだったのだが、それでもまだ甘かったと言わざるをえない。

 圧倒的だった。

 以前の、この鎧戦士との最初の戦闘では間合いをはかりながら戦っていた土谷だったが、今回は自分から踏み込んでいったのである。

 細剣で腕を払い上げて相手のわずかな隙をこじ開けて、そこから一気に肩と首への連撃でフィニッシュ。軽い細剣が、確実に、その隙間を抉り込んで斬り裂いた。

 それが一連の流れとして途切れることなく行われるのだから、こちらとしては言葉も出ない。

 速さは強さ。

 まさにそれを体現している。

 俺もセンパイもしばらく呆然とその戦いぶりを眺め、そしてただ、小さくため息を漏らした。

「……迷うな、自信を持てと言っておきながら、随分ととんでもない見せつけてくれるな、おい」

 自棄の入った俺の嫌味に、土谷の野郎は相変わらずの余裕の笑みを浮かべながら、しかしどこか優しげな雰囲気を持って俺を見返してくる。

「これは僕の本職みたいなものですからね、さすがに遅れを取るわけには行きません。たとえ美月さん本人相手だったとしてもです。だからこの件で輝明さんが落ち込む必要など無いですよ」

「励ましているつもりなのか、それ」

「そう取ってもらって問題ないですよ」

 なんとなくそんな意志は感じてはいたものの、その返答のあまりにもいつも通りの土谷の野郎ぶりに俺もただ苦笑するしかない。

「それでも、負けは負けじゃない。あなたは自分が上にいるからそんなことが言えるのよ」

 一方、火宮は納得がいかないのか土谷に食って掛かっている。

 戦闘中はそれこそ土谷の野郎が速い、強い、巧いであったため問題にならなかったが、戦闘が終わった途端にすぐ火種がくすぶり始めるのだ。

 これまで同じクラスでもろくに話したこともない二人が今日一日でここまで関係が深化するとは。なにがあるのかわからないものである。

「ま、あのテニス部くんに同じ土俵で勝てないのは明白だからな。輝明後輩がこれから頑張るべき場所は、扉の罠とかそのへんじゃないか。どうせ誰も経験したことないんだ。お前さんがナンバーワンだよ」

 言い争う二人を無視して滝見センパイが実に適当な励ましの声をかけてくるが、その言葉はあまりにも軽く、口から出た途端に空気になって右から左へ抜けていきそうになる。

「適当に言ってますよね、それ」

「いや、意外と真剣に言っているよ。お前さんは、それくらい適当に自信を持ってもいいってことさ。折角の機会だ。あの妹ちゃんと違う道を行くのも悪く無いだろ?」

 そう言われてはさすがにもう返す言葉は出てこない。

 普通の高校一年生が、扉に仕掛けられた罠を解除する機会はどれくらいだろうか。

 その実数など知らないまま、俺たちはさらに進み、いよいよ魔王の部屋の前へとたどり着いたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます