俺とアロンアルファとときどき異世界

@hydrangea96

prologue


背後から一閃。


即座に右方へ回避行動するも

交わしきれず少年の左腕を掠める鋭い刃。


傷口など確認する暇はない。


一拍と置くことなく繰り出される追撃。

冷静にただ冷静に左手の短剣で受け流す少年。

対するは見るからに手練れな壮年の剣士。


その手には大鎌とはいかずとも、

命を喰らうには十分すぎるほど

鋭利な刃を長棒の先端に備え付けた得物。

この男はそれを己の両手が如く、

いやこの男は恐らくそれ以上。

書いて字のごとく自由自在に

この得物を扱えるのだろう。


ソレの行き着く先は少年の首。

妄執に猛襲を重ね、

ただその一点を穿たんとする。


穿つ薙ぐ穿つ薙ぐ穿つ薙ぐ。


躱す逸らす躱す逸らす躱す。


鮮やかな攻防戦。永遠と続くのでは。

勝敗などつかないのでは。

そのような疑問は、少年の僅かな変化にて

見事に打ち砕かれる。


ポタリ…ポタリ…

「っ、結構ザックリいってんなぁこりゃ…」


左腕を染める真紅の色が

彼の限界を色濃く物語っている。


好機と危機。その場に漂う

全く異なる二つの色。


男の斬撃がより一層勢いを増す一方

少年の左腕はうまく機能していない。


見るからに少年の反応が悪くなっていき、

とどまる事を知らぬ剣戟は

少年の体に生傷を増やしていく。


これ以上は体が持たない…

そう悟った時。


ピキッ…ピキッ…パキンッ


最後の一振りを受け止めた短剣が

その刹那に折れた。


緩衝材を失った少年は

薙の勢いを殺す事が出来ず、

なす術なくして吹き飛んでいく。


沈黙。


戦意の喪失か、

はたまた打ち所が悪かったか、

少年が動き出す気配はない。


殺し合い。その勝敗は

他方が死ぬ事、それのみ。

一切の甘えなどそこにはない。


切っ先が少年へと向けられる。


これで終いだ、と。


「手負いの身でこれほど耐えた事

賞賛に値する、見事であった。」


勝敗はついた。

どう足掻いたって逆転など不可能。

反撃の手筈はもう少年には残っていない。

折れた短剣では太刀打ちなどできない。


「一思いに行くがいいッ!」


振り下ろされた刃は一寸の狂いもなく

少年の首を切り落とす。




はずだった。




ビクともしなかった少年が突如

何かを持ってして薙を受け止めたのだ。


男に疾るは驚嘆の色。


マズい、逃げろ。

本能がそう叫んでいた。

しかし突然の防御は男の反応を鈍らした。


それが最期。


目の前の少年が上体を前に逸らして

懐へ入るのが視える。


視えようがもう間に合いなどしない。



負けた。私は負けたのだ。

鮮血に染まっている腹部がそう物語っていた。

腹に鋭利な何かが刺さっている。

おかしい、武器は折れていた。

確かに少年の武器は折れた。

ヤツに抵抗の術など…なのに何故、

何故、何故何故何故何故何故何故何故何故…


答えを見つける術はなく

地に膝をつき、やがて壮年の男は命を枯らした。


迫り来る薙を受け止めたモノ。

そして男の腹に刺さっているモノ。


それは紛れもなく折れたはずの短剣。


「ッぶねー、ほんと持っててよかったぁああ…

悪いなおっさん。短剣は返してもらうわ。

せいぜい、成仏してくれよ。」


手を合わす少年の左手には短剣。

右手には速乾接着剤アロンアルファ。


「まーた助けられちまったなぁ」


これはひょんな事から

異世界に飛ばされた少年の話

そしてこれから幾度となく彼の

命を救う相棒アロンアルファのお話。


「イテテテ…左腕パックリいってらぁ…

アロンアルファはむげんだいーっと

応急処置だってできちゃうんですよーってな」


彼はアロンアルファを傷口に塗りたくる。



勿論、素手で。



周囲へ響く彼の叫び声は

いわば、ちょっとしたご愛嬌だろう。


これは異世界に飛ばされた

アホの子とアロンアルファのお話。

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