第167話 吾輩今日という日を大事にしていきたい

吾輩は目を覚ました。こうもりが話しかけてくる。

「旦那、お目覚めですか?」

「色々書いてきて、何も変わってない気もするし、進んだ気もする」

「不思議ですね」

「そうだな・・・何も変わらないことが・・・日々がそう思わせるのだろう」

「最近なんか・・・哲学かぶれっすね・・・」

「・・・そうかも・・・」(言われてみれば・・・そうか・・・)


吾輩は考える。

1分1秒を無駄にするなという人がいる。

その人はその発言した時点で一秒無駄にしている。

というひねくれた吾輩。


それはどうでもよく。

毎日ずっと気を引き締めてると窮屈なので、

たまの一日でいいのだろう。

キッっと気を引き締めるのは。たまの一日。


多分それが今日だろう。

ということで今日という日気を引き締めよう。


吾輩は考える。

色んな作品を読み漁りつつ、意外と違いがある部分に気付く。


それは作品の主体性である。作風といってもいい。

会話メインなのか、描写メインなのか?


今のところ会話メインの方がウケがいいように見受けられる。

「」の連発である。


描写メインだと何故読まれにくいのか?

そういうわけでないのだろうが・・・そう感じているのでちょいと考えてみる。


「」という記号が目に入りやすい。

流し見をする上でどこを読めばいいか探すときに、探しやすい。

要は拾いやすい。


描写メインだとどうなるのか?

これはおそらく地の文の特性にあるのかもしれない。


地の文はたくさんのことを書ける。

それは背景だったり、説明文だったり、思考だったり、

パッと見区別がつきづらい。


「」はセリフである。言葉である。発言である。

明確な役割があり、わかりやすい。


けど、分量が多いのはセリフ主体だとしても、地の文だろう。

重要なのも地の文である。これは間違いない。


どこまで、書き続けるか・・・難しいものである。

各題材で選ぶというのもありなのだろう。

叙述的なものか・・会話劇なのか・・・。


吾輩は考える。

角川ブックスの蜘蛛ですがなにか・・・。

ヤングエースでタダ読みできるので読んでるが・・・結構おもしろい。

こういう系統のものだったのか・・・。

食して強くなっていく。

なんか・・・SF要素もありの物語っぽいです。

続きが楽しみですたい。


それと・・・結構好きなのが世界の果てからお急ぎ便。

吾輩は結構好きです。

コメディ多めなので・・・。バカなので・・・アホなので・・・。

売れるといいな・・・。

ガジェットとか動きがあっていい気がする。

アニメにならんかな・・・。角川ブックス初のアニメ化作品は何になるのだろうか。

ちょいと楽しいである。


吾輩は眠りにつく。


≪つづく?≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます