第二十七話 料理を楽しんだその後は

 注文した時と同じ男性が料理を置いて軽く会釈する姿に返すように、同じく軽く会釈をして改めて料理を見る。

 マッドブル、という魔物については詳しくは知らないがそのままで考えるなら泥牛?綺麗に洗ったであろうその肉はステーキとして鉄板で脂の弾ける音を立てながら焼けている。特製ソースが横に添えられており、これを自分好みにつけながら食べるのだろう。

 歯切れの悪い問答はさておき、まずはこちらの垂涎モノの肉を食べさせていただくことにしよう。


 添えられたフォークとナイフを当たり前のように取り、ステーキ状の肉を切り分けていく。肉質は柔らかすぎず、それでいて右手にそれほど力を加えずとも切れていく感覚がすごい。昔、どこかのテレビ番組だかで紹介していた肉を柔らかくするおいしい食べ方、というのを試したことがあるが、あの時に焼いた肉に近い。上質な肉には劣るもののしっかりと下準備ができている証拠だ。

 難なく切り分けた肉は外側がしっかり火が通っており、中も固くなり過ぎないまま脂を閉じ込めている。そっと口に入れれば、歯ごたえが予想通りにいい感じである一方で噛みちぎれないこともない。肉の繊維が切れていくおいしさは筆舌に尽くしがたい…ソースなしでこれであるならソースはいかほどなのか…。


 噛み締めた肉に感動しながら顔を前に向ければ、エルルも肉を無心で食べており、さっきまでの話を忘れたかのようだ。というか君大食い系だったの?そんな兆候あった?というかさらっとさっきおかわり要求してたの見てたからね?

 そういう自分も一方で食べる手を止めてないわけですがね…ソースもなかなか…シンプルにステーキソースに近いな…よいものだ、これは…。


 と黙々と食べ進め、最後の一切れを食べる直前で、


 『…二度も同じ手は食らいませんッ!』


 と、ルーテシアが念話で飛ばしながら俺の左頭上で唐突に火を盾状に展開したものと、その中央から一直線にレーザーのような熱線が飛び出す。熱線は伸びていきそのまま天井を突き破る寸前で、


 「クカッ!?防がレたか!」


 と、同じく左頭上から声がしたかと思えば、熱線が天井で掻き消え、そこから落ちてきたローブの男がこちらを伺うように着地する。こんなところまで追ってきやがったのかよ!?


 「むぐ!?ィル君あえあに!?」


 「エルルとの約束に遅らせる原因になった人…って言えば良いのかな?あと、肉を食べる手をひとまず止めてね」


 一応危ない雰囲気でてるはずなんだけどな…店員含め呆然としてる人もいれば、これ幸いにと食い逃げに走る奴までいるし…あ、入り口であの男性店員に捕まってる。意外と冷静なのかな。

 

 『ルーテシア、ありがとう。全く気づかなかった』


 『いえ、気づいたのは入って屋上にくっついた時点でございましたし、当てたもののダメージは皆無のようでございます』


 気づきもしてなければ反撃もできない俺の無能さが知れ渡るからそれ以上自分を卑下しないで欲しい…。


 「どうする?襲撃バレした時点で決着がつかないと思うし、周りに被害が出るからあまりここで戦いたくはないんだけど?」


 「カカッ!そうサなァ、俺も下手ニ騒ぎを起こシてしまうノはちと困ルんだがナぁ…ただ疑問点は解消シておきタいってのもアルんだヨな?」


 「疑問点?」


 何のことを言っているのかはわからないが、再襲撃することでその疑問点が解消できる…何だ疑問点って?


 「マぁ、こうシて失敗しちマった以上、警戒が強まっテ次のチャンスはナイだろウし?おとナしく退散して報告サ!カー!めんドクせぇことさせヤガって!」


 ぶつくさと文句を言い始めたかと思えば、唐突に頭をかきむしりながら地団駄を踏み、店の床が割れていく。

 そこへ冒険者のナリをした男性が近づいていく。


 「おい、兄ちゃん。なんだか知らねぇが、ここは飲食店だ。騒ぐのはよそで――」


 「雑魚ガ俺に触れルな!」


 諭しながら近づいた男性が肩をつかもうとした瞬間に、ローブの男は殺気を噴き出す。噴き出した殺気は煙幕となって飲食店内が一気に視界が悪くなる。噴き出す直前に見えたのは肩をつかもうとした男が煙幕で弾かれるように外に吹き飛ばされる姿だった。


 「ん〜!?あぃおえ!?ぃううんおうなってるおぉ!?」


 「わからないけど、とりあえずじっとしてて!!あといい加減食べるの止めて!?」


 まだ食ってたの!?どう考えても異常事態だと思うんですけどォ!?

 未だ食べているエルルはほっといて、煙幕を晴らすために風魔法を行使する。バレないようにはしたいが、今は緊急事態だし仕方なしに天井をマンホールくらいの太さの熱線で焼き、そこから風魔法で煙幕を飛ばすことにする。

 ルーテシアに熱線をお願いして、こちらは風魔法を組んでいる間に、ローブの男は声だけでこちらに警告してくる。


 「どウイうカラクリかは知らネェが、マぁいイさ。まタ会う時までニは考えトくことニスる…じゃアな!」


 「ッ!待て!」


 魔法が完成したと同時にルーテシアが熱線を撃ったので、続けてそこから珠状に固めた風の塊をそこに飛ばしていく。珠は煙幕を巻き込みながら外へと飛んでいき、結果的に煙幕は晴れた。

 しかし、煙幕の晴れた店内にはローブの姿はなく穴のあいた天井と、割れた木製の床が残されているのみだった。


 再襲撃することで何かやり残したことがあったのをどうにかしたかったんだろうけど…だとしたらガルド先生の話となんらかの関係があるのは間違いなさそうな気がするな…。


 「ウィル君、どうなったの?」


 テーブルにあった山積みのステーキ皿を横にのけたエルルがこちらに問いかけてくる。


 「ひとまずはなんとか、ってところなのかな。逃げられちゃったけど…」


 「ふーん…そっか。で、結局あれはなんだったの?」


 「僕にもわからないかな、家に帰った時もあれに襲われちゃって、その時も結局逃がしちゃったんだ」


 一段落ついた中で軽く問答した結果、エルルは最後の答えから何を思ったのか再び考えこんでしまった。

 まぁ、逃げられたのは仕方ないんだけど…この惨状の弁償代はどうなるんだろうか…?

 

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