第十七話 試験前
哲学者や宗教というのはその時の時代風景やその人を取り巻く環境によって、言いたいことが決まるものだ。
ある哲学者は本人が所謂『ゲイ』だったのだが、周りの人におかしいといわれ差別された経験に基づき、
「人は自分とは違うものに嫌悪をもつ」
といった、哲学っぽいことを言って名を残している。実際のところは『ゲイでもいいじゃない』ということであるにもかかわらず、だ。
また、宗教も同じようなところがある。その時代では戦いが続き、争いばかりでどうすれば助かるのか、どうすれば救われるのか、と人々が苦しんだ末に
「これを信じればあなたの魂は救われるのです」
といった宗教ができて、それが信仰されるのだ。今の私たちからしてみれば、何の根拠もない妄言だ、という人もいるかもしれない。しかし、そこになんらかの根拠などは必要ではなく、ただ救われる可能性があることが重要でそれが真実だと盲目的に信じるしかなかったのである。
教室でテムル先生が何か喋ってるのを聞いているふりをしながら、自分はそんなことを考えていた。おそらく、体力テストの何らかの話であるだろうから、聞かなければいけない内容だろう。しかし、転生してからというもの自分の中で少し性格が変わったようで、昔であればこういう話は一回も聞き逃したことがないのに今では別のことを考えているのだから、転生というのは面白いものである。
さて、異世界転生というものがこうして自分の身に起こったことを振り返ってみると神様というのは本当にいたらしい。しかし、この転生にはいろいろな疑問があった。
まず、自分でやりたいことだと思っている『国の全容の解明、およびシステムの変化』だ。これはこの世界に来て勝手に自分で考えた末にやろうと思ったことだが、これが本当に神様のやりたいことかはわからない。それが正しいと思っているのは自分の生来の環境がそうさせたといっても他ならない。だから、これが正しいとは言えないのだ。もちろん、やめる気はないが。
もう一つは何がゴール地点なのかだ。これは神のやってもらいたいこと、という意味ではなく、人生のという意味だ。異世界に来てしまった以上、この世界に自分の骨を埋めるしかないのかなぁ、と思っているが、腐ってもファンタジーである。もしかすれば不老不死できそうだな、と思っているのだ。
しかし、今までのファンタジーあるあるで一人で不老不死になっても仲良くなった人たちが結局死んでしまうから辛いという話を聞く。確かに永遠の生は一瞬の死と同じ苦しみがあるというから、納得できる。しかし、死んだからと言って神様が何をしてくれるかわからないから…どうにもなぁ。
今、うんうん考えても仕方ないので意識を現実に戻していくとしよう。
まだ説明を終えていなかったらしく、テムル先生がいまだに話し続けている。
「……ので、今から別室に移動して今説明したとおりにテストを行います。また、ウィル君はガルド先生のところに行って別で受けてくださいね。では、移動しますよー」
一通り説明が終わったようで、テムル先生は再び出席簿をもって別室へと移動していく。自分以外の生徒もどうやら移動していくようで席を立ち始めていく。
すると、エルルがササッとこちらに近づき、
「まったあとでね~♪」
と、わざわざ声をかけて手を振りながら教室を出ていった。周囲を見回したところ、ランテさんもすでに移動したようだ。
自分も移動しないとな、と席を立つ。ガルド先生のところというと、校長室的なあれだろう。しかし、別ということしか聞いていなかったがどういう風には変わるのだろうか…?
身体能力の上昇具合はガルド先生もわかっているだろうし、今更かけっこはないだろうなぁ、とか思いながら校長室へ向かう。
廊下をてくてくと歩いて、階段を降り、1階の中庭が見える渡り廊下を通っていく。今日も今日とて、輝く朝日がまぶしい。こういったところを見ると、異世界も元の世界も魔法を除けば同じなんだなぁ、と感じる。
そういえば、異世界あるあるで「月が二つ」とか「世界は球状ではなく、平面世界、コロニーだった」なんて話もあるが、ここではどうなるんだろう。それに異世界の神様がいたということはほかにも世界が存在して、そこから自分の元いたところにいる可能性も…これは世界の真理の一部をのぞいた気分でわくわくするな。
それに他にも自分みたいな人がいる可能性が高いだろうし…まぁ、同族探しとなると多少骨が折れそうではあるが。
なんせ、こっちに来る際は転生という手段をとるので見た目では判断できないし…俺みたいに幼少期から何かしら頭角を現している人を探せばいいのかね。
ギルドランクの高い人間がこの場合怪しいだろう…もしかすると、魔物側にもいるのかもしれないな。その場合はどう話をすればいいものかねぇ?
まぁ、そんなことを今考えても仕方ないし、目の前のことをこなすか。
俺はとりとめのない思考をひとまずおいて、校長室へ足を進めていった。
見慣れてきた校長室の扉を軽くたたき、声をかける。思えば、試験当日からほぼ毎日といっていいほど、この扉を見てる気がするな。
「ガルド先生、いらっしゃいますか?」
すると数秒もたたないうちに中からガルド先生の声が聞こえ、
「おう、ウィルか。入ってこい」
と、中に入るように催促されたので、失礼します、と言いながら中に入る。こういった形式は同じのようだ。
中に入るといつだかゴロゴロしたいい感じのソファにガルド先生が座って、マグカップのような入れ物をもって、何か飲んでいた。
「何飲んでるんですか?」
興味本位で聞いてみることに。臭いからすると、お茶のような…でも、それでいて果物のような…うーむわからん。飲み終えたようで入れ物から口を話したガルド先生は、
「ん?これか?これは、俺たちが住んでる山でフィーがとった植物を熱湯に浸して取っただけの湯だ。気になるなら飲んでみるか?」
どうやら市販物ではなかったようだ。ってか、なんだそれ。よくわからないまま突っ込んで飲んだのか、怖いな。
まぁ、この様子だと大丈夫そうだしもらってみよう。
「じゃあ、一杯だけ…」
「おう、ちょっと待ってな」
そういって、ガルド先生はソファから立ち上がり、彼の仕事机にあったポットのようなものから別のカップに入れる。最初のころに比べ、比較的冒険者だったころの素が出始めているな、ガルド先生。なんかこういった逞しさをみてると冒険者って気がするな。
そう考えてるうちに入れ終わったようで、カップを渡してくるガルド先生。お礼を言って中の液体を見てみる。
見た目はコーヒーのような感じなんだけど、漂ってくる香りがフルーツティーのような…なんだこのあべこべ感。怖さしか感じないが飲んでみないことには…ええい、ままよ!!
一息に飲んでみると、紅茶でした。それもよく飲んでたアールグレイの。
すげぇな、アールグレイもどきが住んでた山に生えてるとかでたらめだろう。さすが異世界。汚い異世界。最高だな異世界。
懐かしい味にほっとしつつ、ここに来た本来の目的を今更思い出し、ガルド先生に話しかける。
「ガルド先生?」
「おう、なんだ?まずかったか?」
「いえ、とてもおいしいですよ。それよりもここに来た理由についてなんですが…」
というか、この人が俺の試験監督者なのにお茶ふるまってんだ、しっかりしてくれよ。思い出さなかったらこのままティータイムで終わってたぞ。
と、そこまで話して思い出したのか、ガルド先生が、あ~、とか言いながら左の掌に右手をグーにして、ポン、と叩く。
完全に忘れてやがったな、このおやじ。
「すっかり忘れてたわ、すまんすまん」
と言ってガッハッハと笑うガルド先生。堂々とぶっちゃけやがったぜ!悪びれもせずに!ここまで堂々としてるといっそすがすがしいなぁ、おい。
「んじゃ、それとっとと飲み終えていくぞー」
「了解です」
そういわれて一気に飲みきってしまう。今度、フィーに頼んで俺のも用意してもらおう。うまいわ、これ。
そうして、二人で校長室を後にして例の白い部屋に向かう。今頃ほかの生徒は運動場的な場所で走っていることでしょう。
そういや、今日の全員の服装は最初から運動用になのか、女子も含めほとんどが動きやすそうな服装だったな、いわゆる短パン祭り。ランテさんだけは謎のポリシーなのか、ジーパンっぽいいつもの恰好であった。ランテさんのおみ足を拝める日はいつになるのか…いえ、なんでもありません。
そういや俺、自分の一張羅であるこのいかにも村人Aみたいな服装もどうにかしないとなぁ。一度家に戻って…でも、大丈夫かなぁ。結構な時間戻ってないから、勝手に入られててもおかしくないぞ…
この世界には家にカギという概念がない。だから、盗まれる可能性は十分にある。盗みがないのは単に人通りが多いゆえにわざわざ人目に付く時に行動はしたくない、ということからだ。逆に言えば、夜なんかは盗まれる可能性が高くなる、それも家主がいなければ当然だろう。
この世界の住人の良心を信じよう…。
帰りに一度、元の家に戻ることを決意しつつ白い部屋に到着。扉が閉まったのを確認して、今回のテスト内容をガルド先生に尋ねる。
「ガルド先生、今日はどういった風に試験を?」
「おう、普通ならおまえもかけっこなわけだが、身体強化の魔法を使える時点でこの試験はお前の場合、意味をなさないよな?そこで、だ」
前を歩いていた彼は振り向きざまにこういった。
「お前のステータスもなぜか前より上がっているようだし、ちょっと実戦試験と行こうか」
なーんかデジャヴですよー…。
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