幕間 ガルド=ガイアス

 かつての私はトップを張れるS級冒険者だった。国では私が単独でいろいろなダンジョンを攻略しているといわれていたが、実際には違う。一人でダンジョン攻略など本来なら危険だらけなのでありえないといわれるのだが、S級だから問題ないと思われてるため、そのことには誰も気が付いていない。実際にはどうかというと、一緒に行動してくれるA級の相棒がもう一人いた。


 彼の名は今でもしっかりと覚えている。忘れることのできないだからだ。






 とあるダンジョン攻略の際のことだ。

 そのダンジョンはA級の上位であれば何とかギリギリ、S級でもつらいほどの魔物がぞろぞろ出てくるところであった。なぜつらいかというと、普通のダンジョンは通路の敵と戦うことが多いため、1体2体を相手にしながら戦うことができるのだが、そのダンジョンは通路一切なしの大広間だけだったからだ。一気に来れば敵の相手はつらいためソロには向かないダンジョンであった。

 周りを見れば迷宮特有の誰かが整備したのかといわんばかりの石造りの壁や天井が広がっている迷宮で魔物はうじゃうじゃと湧いてくる。


 幸い、相棒に背中を任せることでダンジョンは楽に進めた。彼はダガーと彼の長所ともいうべき敏捷さを武器に敵を翻弄し、容赦なく切り裂いていった。彼のダガーは特別製で黒く鋭く、だが異様に軽いもので彼の動きをより充実させる武器に間違いなかった。もちろん、ダガーだけでなく体術もできる。

 例えば、人型であれば容赦なく足払いをして敵が起き上がる前に脳天を片手でたやすく突き刺す。獣型であれば、その敏捷を活かして、敵の不意を突き、懐に入って掌底を胴体にたたきつけ、ひるんだところを足を斬って動きを遅くさせ、弱点にダガーを刺して絶命させる。彼の戦術は彼のダガーありきの部分が特に多いといえるだろう。

 私も負けてはいられない、と得意武器である手持ちの大剣を全力でふり、炎波を飛ばして敵を断面から燃やしていく。体力を消費するが消費した分を回復する間の時間は相棒が作ってくれるからやりやすい。


 そんな風に順調に地下に進み大体9階ほどまできたところで、戦闘中に急に相棒が突然上の階層へと戻りだした。慌てて相棒に声をかけたがその勢いは止まることなく階段をのぼって行った。その時の彼の顔を私はしっかりと覚えている。



 いたのだ。まるで元々こうするつもりだったとは言わんばかりに。



 もちろん、背中を任せられる相手もいないので大剣で牽制しながら壁のほうへと背中を向け9階層では事なきを得た。そして、落ち着いた私は膝を抱え込んで混乱した。

 

 なぜ裏切られた。何か私は彼にひどいことをしたか。


 彼と出会ったのはとある酒場でだ。駆け出しのころ、ダンジョン帰りに飲んでいれば相席を丁寧に頼んできたので一緒に飲んだ。話してみればとてもいいやつですぐに打ち解け、お互いが冒険者であるという話になった所、一緒に行動するようになった。

 それからいくつものダンジョン攻略した。危ない時もあったが、それでも無事に攻略を進め、気づけばS級とA級という組み合わせになり、とても充実していた。

 もちろん、相棒のS級は私から推薦したのだが、国王陛下は認めてくださらなかった。同時に2人だと実力が伴っていいない場合がある、と言って。

 彼は気にしていない様子だったので特に問題にはならなかったのだが、もしかしたらそのことだったのか…?今となっては聞けないし、わからない。


 いくら考えても結論は出ないし、今はダンジョンの中だ。こんな風に考えことをしていたら死んでしまう。そう考え、ひとまず上へと戻ることを決意した。


 しかし、そこからは地獄であった。背中を壁に向けながら戦っていれば問題なさそうに見えるだろうが前へ出て戦うことができない。そのために弱った敵が後ろに下がったとしてもそれを見ているしかない。1歩踏み込めば倒せる、それでもだ。

 もちろん、通常の大剣使いと違って私はある程度中距離の敵にも攻撃は飛ばせるのだが、後々のことを考えると技に使う体力は出来る限り減らしたかったのだ。なので、防戦しながら敵を倒していくという苦行を強いられた。


 逃げることも考えた。だが、それは不可能であったのだ。私の敏捷性では敵の獣型にすぐ追いつかれ背中をやられる。そうすればさらに出血で体力を消費するだけだ。


 8階での戦いの途中からはそんな戦いのことはもう覚えていなかった、満身創痍でただひたすら目の前にいる敵を倒すことに集中していた。


 獣型が口を開けばとびかかる。そこに大剣を思いっきり振り込んで真っ二つに。魔物の血が飛びちるが、気にしていられない、すぐ消える。


 グール型なら近づかれる前に両断する。なぜか内臓まで人と同じように作っている奴らは胃酸をばらまいて、装備を溶かす。剣だけは解けないが体の節々がやけどのようになる。だが、回復ポーションを使う余裕などなく次が来る。


 後ろから矢が飛んでくる。小さな小人がフードをかぶって顔が見えない敵で、小さな弓から毒矢をひたすら撃ってくる。だが、この敵は距離が遠いため、ひたすら矢を弾き返し敵にあてていくしかない。全ての矢をはじくなどは出来ずに一部が腕や腹をかすって毒が体に入っていく。そのたびに気力を循環させリフレッシュするがこれもじり貧だ。


 そうやってたかだか3種類の敵が30体集まってきただけで階層ごとに死にかけながら、合間に回復ポーションを飲んでどうにかする。残りの数は8階層の時点で7個。国から支給された上級より上の数少ない最上級ポーションではあるが、1個でも体力が全回復とまではいかない。それほどまでに消耗する戦いをつづけた。


 結果的に1階層まで戻って敵を何とか薙ぎ払っていると、集中力が切れていたのだろう。敵の矢をもらにくらってしまった。

 いくら、毒を治せるとはいっても、毒が塗られた矢を直接もらってしまっては治せず、徐々に視界がかすんでいく。敵が10体ほどになったところで意識が消えかけた先で私が見たのは入り口から入ってくる冒険者達であった。






 目が覚めて最初に見たのはS級になりたての頃によく見ていた天井だった。昔はまだダンジョンにいっても無茶をしてけがをすることが多く、よく王室お抱えの医者に診てもらっていた。王室の一部であるこの部屋は一応客室らしいが、冒険者でしかない私としてはその豪華さにとても怖くなったものだ。

 なにともわからない絵画だったり、見た目がなぜか豪華な暖炉、上から垂れ下がっている照明は1つでいいのに1つ以上の小さな照明がたくさんついたよくわからないものが釣り下がっている。名前は確か…シャンデリア?とかいったものらしい。この国では製造していないらしいが、別国には金属とガラスの技術が詰まった国があるらしく、そこで作っているらしい。もっとも私には縁のない話だが。


 まだその時は記憶が混濁していたのだが、目が覚めたことに気付いたメイドが国王陛下を呼びに行っている間に自分の状況を思い出した。

 それからしばらくすると、国王陛下がいつも外に出る際に来ているお忍び用の服で現れた。この時期は過ごしやすい気候で、はたから見れば品のいい老紳士くらいにしか見えないような見た目が燕尾服のような服を着てやってきた。後ろには護衛の騎士を二人連れている。

 国王陛下とはS級昇格の際にあって話しただけだが、とても気さくな方だった。ただ、その一方で魔族を強く憎み殲滅を死ぬほど願っている一面もある。その危うさが今でも気になっている。

 部屋に入ってきた国王陛下は頭にかぶっていた帽子を取ってこちらに歩きながら、


 「どうかね、ガルド。体の調子は」


 と聞いてきたので、


 「どうですかね、無理に動かせばあるいはですが、今は指一本動かしたくはないですね」


 と返した。戦闘で無理に体を活性化させすぎて、全く動かなくなっていた。

 それを聞いて国王陛下はというと心配するどころか、むしろ笑って見せた。うっすらとこの人なら笑うと思ったので今更驚きもしないが、後ろに控えている護衛の騎士2人は目を見開いて驚いていた。護衛が初めてなのだろうか、国王陛下ならこれが日常なんだがなぁ。

 国王陛下もいい年なんだから、そんな腹抱えて笑うなよ。また腰をやらかすぞ。


 「そうかそうか、昔は馬のようにあたりを駆け回ってけがするたびにここに運び込まれておったガルドが指一本も動かせんか、ふぉっふぉっふぉ」


 目に涙を浮かべ、笑いながら言葉を続ける国王陛下。余計なお世話だ。顔を合わせたのはS級昇格以来だろうに。

 不満顔を察したのか、国王陛下も笑いを抑えながら、本題に入ろうとする。


 「すまんすまん…さて、目が覚めたばかりですまんが少し話を使用かの。を8個も使って命からがら出て、も寝ていた事情をの」


 さっきまでの雰囲気がうそのように眼を鋭くさせてこちらを見る国王陛下。今では慣れたが、昔は目を向けられるだけで寒気がしたぞ。その証拠に後ろの二人は固まってるし…。

 もちろん事情は説明した。一緒にいた相棒に裏切られたことくらいしかなかったが、彼がもしかすれば魔族とつながりがあるのかもしれないということも。

 それを聞いただけで国王陛下の殺気があふれて部屋の中に充満した。さすがにぞっとするレベルだ。後ろの二人気絶してるけど大丈夫かよ。

 さすがにまずいので殺気を収めるように促す。


 「国王陛下、気持ちはわかりますが、少し殺気を抑えてください。王室にまで殺気が行ったらパニックになりますよ」

 「む…すまん、助かった。さすがに憎くてところであった」

 「しっかりしてください…すでにあなたは現役を退いて王なのですから…」


 この国王、見た目はただのじじいだが、元SS級冒険者という噂がある。それくらい彼の実力はこの年でも私と引き分ける。それほどまでにもともとの能力が高かったのだろう。

 基礎能力は基本的に不変ではあるが、年を取ると職業が老人となり全ステータスが半減する、というのが神の与えた生命をもつものすべてへの呪いだ。老人になっても能力が変わらないのはさすがに恐ろしいので当たり前の話だが。


 ある程度殺気が落ち着いたところで国王陛下と話し合った。しばらくは療養となることと、相棒を探してこの件を確認したいと。国王陛下は二つ返事で条件を付けて承諾した。

 一つはS級としての地位の剥奪。

 一つは必ずそいつを見つけてその首をもってくること。

 一つは国唯一の学園の長となって後見人を探せ、と。


 この三つの条件を飲んだ。絶対に見つけてやると心に誓って。




 そして、3年後。療養とその間になまった体の鍛えなおしをして、私は学園に来た。学園は唯一しかないため名前がついていない。ただ、学園と呼ばれている。学ぶ園、それ以上でもそれ以下でもない一つの組織だ。

 誰でも入学できるが、戦うことのできるものだけがこの学園を卒業していく。中には冒険者になっても低いランクのままでダンジョン攻略よりも人々の助けとなるクエストばかりやる、ある意味おとなしい生活で収まるものもいるし、A級まで駆け足で上がり、活躍していく生徒もいる。

 ただ、A級とS級の壁は高く乗り越えたものはそういない。学園の卒業生でS級になったのは私を含めた3人だけだ。その一人は今東のほうで砦を守っていることだろう。と言っても魔族の住むエルム地方は西にあるため、基本暇らしいが。


 何はともあれ、私は学園長として学園に来た。相棒、いや、奴を必ず見つけてその真意をただし、もちろん殺す。そのためにも後見人を見つけ、育て、私の意志を引き継ぐものを探さねばならない…。




 そして、学園に就任後、1年で不思議な少年と会った。見た目はとても幼いが、人生をどうも達観している少年であった。まるでもう1度新しい人生と言わんばかりにふらふらとしている感じであった。入学試験で優秀な成績を収めた時には後見人にありかもしれないと思い、その日のうちに国王への手紙を書いていた。すると夕方の日の沈むころに彼が再びやってきた。

 最初は忘れ物か何かかと思ったが、違った。どこから仕入れたかわからないが、こちらの事情の一部を把握していた。もしかすると奴の差し金かもしれないと思ったが、少年の答えを聞いて違うと思った。目をまっすぐとこちらに向けて言い放ったその言葉、それは、



 「この国を変えます。ただ、それだけです」



 であった。

 確かにこれだけ聞けば普通の人なら魔族だと思うかもしれない。だが、この少年はといった。魔族ならこの国を侵略することしか考えていないため協力者なら侵略することしか考えない。

 おそらくこの少年はこの国の危うさを感じたのだろう。私も感じた国王陛下の危うさと同じように。

 もしかすると、この少年は私の目的を最高の状態で終わらせてくれるかもしれない。それほどまでにこの少年の底の知れなさに興味がわいた。


 この子にしよう。





 その日から私はこの少年に自分の教えられる限りの技術を叩き込もうと決めたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る