第五話 別れは突然に

 転生してからここ8年、特に問題もなく順調に人生をスタートした。安全な町とはいっても異世界。なにかしら、問題が起こると思っていたが何もなくて拍子抜けしたくらいだ。入学試験も予想以上の結果が出て満足していたし、これは嬉々として報告して両親を喜ばせて安心させてやろう。そんな子供心があった。

 なのに、


 なんだ、うちに帰ってみれば。この人だかりは。


 なんだ、扉の前で倒れてる2人は。


 なんだ、取り押さえられてるやつが持ってる剣についてる赤い液体は。



 転生して、8年。親を失った。


 

 近くにいた野次馬に話を聞けばなんてない話だった。酔っぱらった冒険者がたまたま家の扉をぶち抜いて倒れ、帰っていた父親が怒って謝罪を求めたらそれにキレた冒険者が装備を外していた父を斬ったのだ。それで慌てて助けに来た母親に謝るどころかさらに斬りかかり…。


 この町では、珍しい部類ではあるがなくもない例らしく、あとでその冒険者は冒険者資格をはく奪されるだけだそうだ。やじ馬たちは興味もなくなったのか、各々自分たちがやりたいことに戻っていく。


 さて、残ったのはもちろん俺。亡骸となった両親は兵士の人たちが丁寧に弔ってくれるらしい。もともと父親は兵士だったわけで、部下の人たちが来て泣きながら運んで行ってくれた。


 さて、すべてが終わって残るのはもちろん俺だ。家がそこなのだから当たり前だろう。立てつけが壊れた扉はもうすでに直した。それ以上何をどうするとか、一切頭にはなかった。しかし、明日は入学の日、突っ立ってるよりはさっさと寝たほうがよいだろう。

 この8年、いつも通り寝る前に身体強化の魔法を使って魔力をぎりぎりまで使い、寝床につく。いつもなら、それで疲れ果てすぐ眠れるのだが、今日はなぜか眠れなかった。ただひたすらに胸の内がぽっかりと空いて、その中にもやもやとした何かが渦巻いてる感じだった。そんな状態が日が出るまで続いて体を起こす頃に、やっと自分の状態を理解した。目から流れるが確かに教えてくれた。


 

 中身はおっさんでもやはり子供として怒ってるし、悲しいのだと。



 声にならない声で泣いてしばらく嗚咽が止まらなかった。まさか、親の死を2度も経験するなんてことは普通に暮らしててもないだろう。

 親戚が死んだときは、それでも多少悲しかったくらいだった。ああいうときは悲しいっていうことを普通に理解することができる余裕があったからかもしれない。だが、親は悲しいと理解するのすら難しい。生きている間、ずっと自分のことを考えて育ててくれるのだ。ただ愛を尽くしてくれた人を失った悲しみは、自分の体を失うよりも重いものがある。そんな中で悲しみを理解することなどできなかった。なぜか?

 


 直視するのがつらいし、信じたくないからだ。



 それでも見なきゃいけない、時間はただ進む。そんなことを思い出して心を切り替えようとした頃に悲しみが押し寄せてくるのだ。子供にとっては残酷すぎる現実だ。こんなことが前にもあったというこの世界はとても理不尽なものだ。

 ただただ、鮮烈な感情。子供特有の激しい感情があふれた。


 泣き終わる頃には完全に朝になり、外では人が行き来しているのが聞こえた。たとえ、そんな事件が起きたとしても各々の日常は変わらない。

 目は赤くなってしまったかもしれないが、そんなものは見えない。ここで立ち止まってても転生した意味がないのだ。誰もいなくなってしまった家を背に学園へ向かう。


 学園につけば壁に矢印のようなものがあり、それぞれのクラスに向かうらしい。俺の場合は特例としてややこしいので、編入のような形をとるらしく一度先生のいるところへ向かった。といっても、校長室の場所しか知らないのでそちらへ向かう。

 校長室へ着いたので中に入る。


 「失礼します」

 「どうぞ、入りたまえ」


 中に入るとガルドさんは書類仕事をしていた。少したって書き終えたのか、こちらを確認する。


 「おお、ウィル君か。手続きなら先生たちのところでできるぞ?」

 「すいません、まだ場所がわからなかったもので…それと一つお願いが」

 「ああ、そうだったね。まだ教えてなかったのだから当然か。後で私が一緒に行こう。それでお願いとは何かね?」


 それはですね、と言って少し間をあける。そして、朝思いついたことを口にする。



 「僕を先生の息子、もしくは弟子として私を育ててくれませんか」



 「…そうか、昨日の乱闘騒ぎの家は君のところか…だが…」


 話自体はすでに広まっていたらしい。もちろん、知り合いが少ないものもいるためガルドさんも自分の言葉に疑問はないようだが、素直に引き取るなどせずにガルドさんは受け入れ拒否の言葉を口にしようとする。

 

 だが、こちらもそうはいかない。


 「いろいろと調べさせていただきました、かつて冒険者として名をはせその剣技の多彩さと魔法の連携で数えきれないほどのダンジョンを攻略していたそうですね。それでついたのは『業火の剣豪』。

 最後のダンジョンで、ボス相手に治癒不可能な傷を負わされ冒険者を引退、学園の長としてギルドからオファーを受け、今に至る、と」

 

 この世界の冒険者ギルドでは依頼達成数やその能力によってランクが与えられる。大きく分けて、E、D、C、B、A、S、SSの7つだ。

 SS冒険者は存在するが、その存在の詳細はギルド長のみしか知らないうえ帝国にとって最大の機密レベルの情報になっている。そのためSS冒険者が何人、どんな人なのかは一切わからない。

 そして、S冒険者こちらは一握りレベルで両手で数えるほどしかいない、帝国屈指の精鋭だ。その所在は転々としており、東西南北を任される4人を除けば自由に動いてるのは約5人ほどだ。

 そして目の前にいるガルド=ガイアスこそつい2年ほど前まで自由にダンジョンを攻略していたS冒険者その人なのだ。

 しかし、ダンジョン攻略の際に腕にけがを負い、自由に剣が振れなくなったために引退したそうだ。


 「…昔の話さ、今となっちゃあただの死に遅れさ」

 「確かに傷が今もあるのならそうでしょう」


 ですが、と言葉を続ける。



 「もうすでに傷はよね?」 



 席から立ち上がり、眼で睨みつけてくるが、動揺を隠しきれない様子のガルドさん。

 実はこの話には続きがあって、治癒不可能といわれていた傷は実は数か月で治っていた。だが、のためにけがを偽り、学園の長という立場でそれを達成しようとしている。

 

 「……どこでそれを知ったかは知らんが、俺はもう戦いから身を引いて未来の若き英雄たちを育てる仕事に就いた。だから、もう戦うことはしないし、自分で戦いを教えることはしない」

 「ですが、今でもこうやって冒険者関連の仕事についている。あなたほどの人なら働かなくとも生活するだけのお金はあるでしょう。それでもこの仕事をしているのは何かしら冒険者に未練があるんじゃないですか?」

 「それを言ったところでどうする?」



 「決まってます、僕がそれをかなえましょう」



 たかが8歳の子供。生まれてそんなにたっていないにもかかわらず、目の前の子供が無意識に自分の心の救いとなる言葉を投げかけ、ガルドさんはその言葉に衝撃を受ける。


 「ッ!…8歳の君にできることなどないよ。君では力不足だ」

 「重々承知しております。だからこそ、僕には力が必要です。なにより自分のためにもね。それに探し人は早く見つけたいでしょう?せめて自分が死ぬまでには」

 「…どこまで知っている?」

 「さてね。僕が持ってる情報はそこまでくらいです。それにここで変にあなたを怒らせて殺されてしまうのは勘弁ですしね。なので、僕も目的を伝えておきましょう」

 

 すでに子供を見る目じゃないガルドさんはまるで呪い殺すかのようににらみながらこちらに問う。


 「…それはなんだ?」



 「この国を変えます。ただ、それだけです」



 なのでこちらも本気で答えた。昨日のことではっきりした。おそらく、このままいけば魔王は負ける。そうなると、帝国が完全に国を支配し、ある種独裁になる。そうなったときにこのままでは今の俺のような人がもっと増えるだろう。

 神様の望む方向はこっちなのかはわからないが、少なくともこの国を変えなければいけない。その間に魔王に負けてもらっては困るし、この国に世界の在り方を教えなければいけない。

 やるべきことは多いが、それでもやらなければいけないのだ。


 にらみ合いはしばらく続き、やがて根負けしたように


 「あーもうわかった。それで取引成立としよう。これ以上時間を使っても仕方ないし、先ほどの目的が嘘ではないだろうしな!それに今君をどうにかしたところで、裏の手があるんだろう?」

 「いえいえ、そんなことありませんよ。ガルドさんなら引き受けてくださると思いましたし」

 「さて、どうなのかねぇ…まぁ、いい。放課後になったら来なさい、話はそのあとだ。ひとまずは編入の話を先に進めよう」

 「はい、わかりました、お願いします」


 実際のところ手はなかった。けがが治っている元S冒険者にかなうわけはなかったし、情報をばらまくことも考えていたがそんなことをしたってこちらには何の得もない。内心交渉がうまくいって、足が震えそうだ。

 なにはともあれ、直接指導が受けられる。もちろん学園で得られる技術はたくさんいただいておいて、ここで明確に力をつけなければやることもできない。そのためには目前に控えた13歳クラスに気合を入れなければ。


 やることは決まった。あとはやるだけだ。

 

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