前置き 田中太郎の時代
第一話 不審者さんは苦労性
話は転生をする日の晩、同僚と酒を飲んでいる時にさかのぼる。
「最近のアニメとか見てると主人公TUEEは仕方ないんだろうなぁ」
私の同僚であり、高校からの同級生でもある友人、坂田は言う。私の飲み仲間はアニメを程々に見る人ばかりで、深夜枠の有名どころはもちろん、あまり人気がなかったりする作品もちょくちょく見ていたりする。
もちろん、私も多少は見ているので坂田の話に大きくうなずく。
「そうだなぁ、某二刀流剣士がゲームの世界に閉じ込められる話なんて、完全に主人公押しだもんな~。そのあとの展開見てると、ハーレムをあっさり形成してるしな!」
「そうそう!あんなの反則過ぎるわ~。俺らもモテたいよなぁ。そう思わねぇか?既婚者の木本さんよぉ!」
坂田は手に持ったビールを飲みながらもう一人の飲み参加者に話を振る。
「それで、YESなんて言った日には、妻にチクるんでしょ?わかってるんですよ?」
「チッ、録音してたのに疑りぶかいやつめ…」
「録音するあなたにドン引きですよ、僕は…」
「さすが坂田、人を陥れる手段には手を抜かない男!」
「だろ?」
きりっとしたどや顔でわざとらしいお世辞に乗る坂田、本気で褒められていると思っているようだったので、木本さんと私は苦笑いである。
そんな感じでとめどない会話をしつつ、ひとしきり最近のアニメの話を終え、満足した坂田は会計を済ませて店を出たときにこんな話をした。
「そういやさ、話は変わるんだけどさ」
「ん?どうした?」
「どうせ、明日の飲みはおごれとかだろ?」
真面目に聞こうとする木本さんに坂田の性格から予想した話を適当に言う。
苦笑いしながら、「ちげーよ、バカ!俺がそんなこと言うわけないだろ!」という坂田。おとといに自分が言った発言を忘れるのだから都合のいい頭である。
「そうじゃなくてさ、最近小説でもそうだけど【転生】する話って多いじゃん?もし、転生できたらお前らするの?」
「なんだ?酔った頭が異世界にトリップでもしたのか?」
「んなわけねぇだろ。俺はいつでも頭脳明晰だぜ?」
「高校時代の成績を思い出してからそれを言うんだな」
通知表オール50のギリギリ卒業が何を偉そうに言ってもバカである。
坂田は苦虫をかみつぶした顔で「それでどうなんだよ」と返す。
「そうですねぇ、私はパスですね。妻や子供を置いていくと考えただけでもぞっとしますし。」
「なんだ?幸せアピールか?この野郎め!」
そんなんじゃないですよ、と苦笑いしながら木本さんは言う。
「今の生活ですでに幸せなので、それを捨てる必要性がないと思っただけですよ。わざわざ危険を冒していくのは意味もないですし…」
「まぁ、そうだろうな。異世界行ったからって別にハーレムできるわけじゃないしな!」
そんなことしか考えていないんだろう、この煩悩頭め。
木本さんの返答に納得しつつ、私も坂田に聞いてみる。
「そういう坂田はどうすんだよ?どうせ行くんだろ?」
「いや?行くわけねぇじゃん、あぶねぇし」
至極まっとうなことを言い出した。こいつ頭を打ったのか?
「ああ、酒で寄ってるから当たり前か」
「おい、今失礼なこと考えたろ」
なぜばれた。
ため息をつきつつ、詳しく理由を付け加える坂田。
「確かに異世界っていうのも魅力的なんだけどさ。木本もいったけど危険を冒して命失ってりゃ世話ねぇからなぁ。まだこの世界でダラダラ生きてるほうがましな気がしてんだよなぁ」
感慨深げにそんな話をする。バカでもちゃんと考えてんだな。バカなりに。
「おい、本音漏れてんぞ?」
いい感じにキレた顔でにらんでくる坂田。おっと本音が漏れ出ていたか、失敗失敗。
「そういうテメェはどうなんだよ、田中。お前こそなんだかんだで残りそうじゃねぇか。」
「まぁ、そうだなぁ。その時にならなきゃわかんないけど多分行くんじゃねぇか?」
「お、意外だな。平々凡々すべてを可もなく不可もなくやる人間がリスクを冒すか?平凡から一歩でたんじゃねぇか?」
驚きながらも煽ってくる坂田。自分でもそう思ってるから何とも言えんな。
「まーむしろ平凡だからこそ、一度冒険してみたいってのがあるのさ。」
「そんなもんかねぇ…」
すごく意外そうな顔をする坂田と木本さん。って木本さんも言葉に出さないだけですごく意外そうな顔をしてるな、失敬な。
「それはともかくとして急にどうしたんだよ?そんなこと聞いてさ」
「あーいや、ただの興味本位だ。気にすんな」
いつも通りの酔っぱらいであった。まぁ、転生なんて実際問題なさそうだけどなー。ほんとにできたら苦労しねぇか。
「んじゃ、また明日会社で~」
「おう」
「はい、ではまた」
そうして2人とはいつも通り、そういって別れた。いつも通りの帰り道を通って、家に帰宅。いつも通り服を着替え、歯を磨き、そうして布団に入る。営業成績も変わらずなのだ、そろそろ結果を出したいものだ。
(またあした、仕事だ…いつも通りに頑張ろう…)
まぁ、だからと言って今更一念発起することもないんですがね…。
そんなことを考えつついつも通りに目を閉じようとして…
急に窓からドンドンと音がした。
…ここ2階だぞ…。
そう思いながら、閉じかけていた瞼をこじ開け右のほうにある窓を見るが、特に何もいない。
気のせいかと思ったが、念のため窓の周りに何もいないか確認するべく体を起こす。
(まぁ、どうせ風でなんか飛んできて窓に当たったんだろう)
そう思いつつ窓を開ける。そうして窓の外を確認しようと、首をのりだして、
上のほうになんかいた。人のような何かが。
壁に逆さに張り付いていて、マントを羽織っててよく見えないが、すごく気まずそうな雰囲気をしてるのを察した。当然ここで平凡な私がとる行動は、そっと窓を閉じて何も見なかったことに、
「ちょ、ちょっとまってください!お話が!」
ガシッ、と窓を閉めようとする私の手を不審者さんはつかむ。
「そっちにあってもこっちにはないんだ!他を当たってくれ帰ってくれ!」
「そうむげにしないで!こっちもここで13件目なんです!さすがにここで返されたら、もう行く当てがないんですお願いします助けてください!」
マントを羽織ってて不気味なやつが壁に張り付いてこっちを見てて話を聞こうと思う奴のほうが不思議だろう!
「知りません帰ってください!私は明日も早いんです!」
「そういわずに!ここで帰ったら上司からこっぴどく叱られるんです!洒落にならないんです!私を助けると思ってお願いします!」
不審者社会にもいろいろあるんだねー。
「知ったことか!ここで家に入れたらさくっと殺されるとかそんなんだろ!んなのごめんだ!」
「そんなことしませんよ!とりあえず、話だけでも聞いてください!悪いようにはしませんから!」
「危ない人の常とう句は『悪いようにはしません』なんだよ!それを言ったということはつまりお前は危ない人だ!だから閉める!」
「ああもう、ほんとに何もしませんて!話を聞いてください!」
窓の攻防は相手も強く、拮抗する一方だ。これ以上やると窓も壊れそうだ…修理費もバカにならんからこれ以上はきついか…。
「だー!もうわかった!ちょっと話聞くから少し落ち着け!」
「聞いてくれますか!?聞いてくれるんですね!?」
「ああ、聞いてやるからちょっと力を弱めろ!」
「ここで『やっぱなし!』って言って窓閉じるのとかなしですよ!」
「わかった!わかったから緩めろ!」
お互い、手に力を入れるのをやめる。少し窓を開け、通れるくらいにする。
「ほら、とりあえず入れ。んなところいても不気味だし。」
争いは無益という言葉を心の中に刻みつつ、入るよう促す。
「あぁ…よかった…やっと話を聞いてもらえた…もし返されたら確実に上司に本気のげんこつ10発食らって死ぬところだった…」
不審者さんは涙交じりにそう言う。苦労が絶えないんだろうなぁ…げんこつってガキっぽいけど大人がやるとシャレにならないからな…。
そうしてひとまず、落ち着いたところで私はお茶を入れ、不審者さんに出す。
「ありがとうございます…」
正座状態で受け取る不審者さん、部屋に入ってもマントは脱がないようで顔はなぜかマントでうまく見えない。どうなっているのだろう。
お互いお茶を飲んで一息ついたところで「あ、あの」と不審者さんが切り出す。
「実は…今回田中さんに折り入ってお願いがありまして…」
「なぜ、名前を…」
「そこは気にせず…」
「いや、気にせずにいられるわけ…まぁいいや。で、何?」
話がまたややこしくなるのでさっさと先を促す。とっとと寝たいのだから話をさっさと断って寝よう。
そこで急に不審者さんは全力で土下座をして床に頭をぶつけながら言う
「お願いします!異世界に転生してみませんか!?」
…………………………………おう、まさかの急展開。
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