冷やし中華はじめました
朝倉あき
第1話 冷やし中華はじめました
石油ストーブの上で湯気を吐くやかんを観ながら運ばれてくるのを待つ、それは壁に貼ってある各メニューの中から選んだ。
まる文字で書かれた豊富なメニュー。その中でも主張が激しく、
おそらく年中貼ってあると思われる「冷やし中華はじめました」
その文字の下には絵心をまったく感じない冷やし中華が描かれていた。
「お待たせ致しました。冷やし中華になります。」
そっと置かれたそれは確かに冷やし中華だった。
「でもこんな時期に冷やし中華を頼まれる方がいるとは思いませんでした。」
「大好物なんです。それにこの絵が気になってしまって」
「あっそれ私が描いたんです。」
画伯はここにいた。
「おじいちゃんには止められたんですけど」
心中お察しします。
「すいません。麺がのびてしまいましから、おあがりください。」
「いただきます」
ズルズルと食べていると、
ガッと引戸が鳴った。
すりガラスには人影が、微かに「開かない」と聞こえる。
彼女はガッと鳴らして「開かない」とつぶやくこと十五分
ガラーと店内に入ってくると目が合った。
彼女の第一声は「#$%%&*@\△○〒♪○△」
寒さで顎が震えうまく喋れないようだ。
けして記載できない単語だったわけではない。
「いらしゃいませ」
奥から画伯が顔を出した。
ピー子さんが店内を見渡して「鍋焼うどんと温かい飲み物を」と言った。
「今はココアしかありませんが、よろしいでしょうか?」
「それでいいわ」
「かしこまりました」
画伯はトコトコと奥へ入っていった。
私を残して。
ピー子さんが石油ストーブ前の席に腰をおろすと
画伯がココアをそっと置いた。
「ありがとう」
温かい湯呑みを持って見せた笑顔に不覚にもドキッとさせられた。
その後、ピー子さんのところに鍋焼うどんが運ばれた。
私は食べ終わったので会計を済ませて引戸を開け
「ご馳走様」店をでた。
「ありがとうございます。またお願いします。」
閉まるまで頭を下げ、涼夏が見送る。
「お客さんさんか?」
奥から白髪のおじいさんがでてきた。
「おや、いらっしゃい」
私に気づいて言った。
「珍しいことがあるもんだな。この季節にお客様が来られるとは」
「私は、この近くにある滝を撮りに来たんです。」
バックから名刺を取り出して渡す。
「キャメラマンですか。」
「…」
「滝というと仁王滝ですか」
「はい。二対の滝が凍っていて幻想的でした。」
「もう見られて来られたんですね。」
「その帰りに吹雪にあいまして。行燈の明かりが見えてホントに助かりました。」
「そうでしたか」
おじいさんは言いながらテレビに電源を入れる。
そのとき初めて知ったこの村が大雪と雪崩により県道が封鎖され孤立していた事を。
私は聞かずにはいられなかった。
「あのこの村に若い男性はお住まいですか?」
「いや、この村にはジジババしか居らんよ」
冷やし中華はじめました 朝倉あき @asakura369
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