第8話
スインベルン・オンラインが正式サービスを始めて、もう10日以上が経過した2031年 3月27日 木曜日。
わたしは今日もマイアバターではないアバターで、スインベルン・オンライン へログインしていた。
ログインと言ってこのマップにプレイヤーどころか、NPCやモンスターの姿さえ無い。
わたしは今、実装前のマップへGMアバターを使いログインしている。
目的は防具や
武具を装備しては変更し、いいと思うモノはスクリーンショットを撮影。
運営経由で現実世界のアドレスへ送信する事が出来るので送る。と言っても、わたしは別にスクリーンショットが欲しいワケではない。武具の試着テストをしつつ、アップデート予告に使えそうな武具の写真を運営チームのPCへ送っているだけだ。
試着テストでは変更した方がいい点、例えばキャラクターの髪型によって装備した時の感覚が変わる帽子系や、[防御強化]した際に感じる違和感などはないか、全てプレイヤー目線となりチェックし、変更した方がいい点は今クチで伝える。
「この防具、防強した時に増える右腕パーツがちょっと邪魔かも。左または右に追加するって感じに選べないの?」
現在GMアカウントで装備している防具は【ウォリアメイル】の[防御強化]。
腕や足、胸に鉄パーツが増え、いかにもタンカーらしい見た目に仕上がるが、腕の鉄パーツが邪魔をして武器を振る時に若干窮屈というか、違和感を覚える。
実装前のフィールドを一人堪能出来る今の状況はプレイヤーとしては最高だが、好き勝手に楽しむワケにもいかない。
あくまでも仕事中。
わたしの声はインターフェースを通り、港区にあるcuriosity社のスインベルン・オンライン運営部がある七階フロアに響く。
なぜ七階全体にわたしよ美声が響き渡る仕様にしているのか謎だが、まぁそれはどうでもいい。
『細かい選択機能、例えば防強した際に左腕だけパーツ追加!とかは同時期に実装する予定だよ、それより...鎧が絶望的に似合わないね~うちGMちゃんは』
ドロップ率調整マニアの滝口さんが現実世界からスインベルン・オンラインの世界へ声を届けた。
インターフェースで繋がっている状態なのはリアルも同じ、会話しながら変更点や追加案を話せるのはお互い楽だ。
「本当似合わないね...男キャラに変更しようか?」
『それは最後にするネ、次はスキルの確認して欲しい気持ちヨ』
わたしの声に応答したのは滝口さんではなく、スキルや装備を舐め回すチームのボス、韓国からの侵略者 ソフィ。
ソフィの声が響き終えるとメッセージ受信音が鳴る。
視界に表示されたメールマークをタップし開くとスキルツリーが表示される。
運営限定のツリーメール。
わたしはスキルツリーを確認し、全てのスキルをテストする。パッシブスキルももちろん確認し、変更点などをソフィ所属のチームへ言う仕事。
今朝タブレット端末で覗いた不定期クロニクルHP。
そこにはついにプレイヤー達が、フィールドダンジョンである[ゼリアスの森]のボス[ゴブリン アーマント]を発見したと書かれていた。
わたしの予想より大分遅いペースだが、フィールドダンジョンのボスが発見されたと言う事は、そのボスが討伐されれば[インスタンス ダンジョンLv15]が解放される。インスタンスダンジョン───インダンLv15を攻略すれば、次の街が解放され、次のフィールドを攻略すればまた...。
スインベルン・オンライン正式サービス初のボスモンスターである[ゴブリン アーマント]を討伐する際はパーティを集めた、レイドパーティが組まれるだろう。
1パーティの最大数は4。
レイドはその1パーティ10集める事が出来る。
1レイドの最大数は40名。
現段階で40名集まるか怪しい所だが、最初のフィールドボスが発見された以上、わたし達は次のアップデートの最終確認と、そのまた次のアップデートの準備を始める。
一通りスキルテストを終え、変更の有無を話し、GMアバターはログアウト。
わたしはレインがlstしてから現在までキャラクター作成していない。
まだ心の何処かにレインへの未練があるのだろう...いや、無いワケがない。
α、β時代にlstしていったプレイヤーをわたしは何人、何十人と見ていた。βラストはPKでlstしたプレイヤーも存在する。
消えていったプレイヤー達の気持ちは「辛いだろうなぁ」程度にしか考えていなかったが、現実は少し違った。
辛い、悲しい、よりも虚しいに似た感情が心を曇らせる。
少なくとも、わたしは簡単に次へ行く気にはなれない。
プレイリングルームで目覚めたわたしはスインベルン・オンライン運営チームのメインルームへ向かった。
ログイン中はラフを越えたダル着でログインしているわたしは、軽く一枚羽織りメインルームへ。
「お疲れさん」
わたしを出迎えてくれたのは武具のプロパティ、アイテムの効果、スキルなどを考えるソフィと同じ開発チームの日本のボス、鈴木さん。
わたしは軽く言葉を返し、水を受け取った。
冷たい水を飲み脳の現実スイッチを入れていると、運営チームの各開発部隊の隊長達が、モニターを見て声を溢していた。
普段モニタリングなどしないが、データログの保存状況や保存にどれ程のラグが発生するのかを調べていた所で、レイドパーティの情報を拾ったらしい。
詳しい状況までは解らないが、今何人のプレイヤーが何処に居るのか。程度ならざっくりわかる。
12人のプレイヤーが足並み揃えて、ゼリアスの森の奥へ進んでいる。周囲に他のプレイヤーは無く、恐らくこれがボス討伐レイドだろう。しかし...12人───3パーティで倒せる程[ゴブリン アーマント]はぬるくない。
「...こいつ等死んだな」
鼻で笑う様に言ったのはPKシステムに熱を出す男、
この人の事はあまり好きではないが、プレイヤーとしての碓氷さんは正直凄い。
正式サービスでプレイする気は今のところ無いらしいが、彼のPS───プレイヤースキルは高く、特に対人戦闘はファンタジー系ゲームのPSや思考ではない。テストプレイ中[ゴブリン アーマント]の攻略方法も彼がいち早く気付き、テストバトル中のわたしへ助言してくれた。
嗅覚というか...観察力というか...その辺りのPSが驚くほど高い。
「碓氷くんクールだねぇー、おっさんもクールに言っちゃおうかな? 彼等...散ったな」
ノリの柔軟性が高い滝口さんはキメ顔で言い放ったが全員がスルースキルを発動させ、滝口さんの言葉は浮き、散った。
しかし...何かがおかしい。
レイドパーティでの行動となればレイドリーダーが先頭に立ち、現状を即座に把握、指示を飛ばすのだが...このレイドはレイドと言うよりは3パーティが集まっただけだ。
「ねぇ、このレイドのプレイヤー名って検索出来る?」
わたしは違和感を消す事が出来ず、モニター付近へ移動しつつ言うと、青葉さんが「普段は不正やトラブルが無きゃやらないんだけど...」と苦笑いしつつ、プレイヤー名をものの数秒で調べてくれた。
リストアップされたプレイヤー名に[メルセデス]や[リバー]、[パンミミ]の名前は無かった。
プレイヤー名がわかればレベルや装備、スキルまで調べる事が出来るが...青葉さんが言った様に、このレイドは不正やトラブルとは無縁。一般プレイヤーを盗み見する真似は出来ない。
「下見...ならいいけど、ボスを討伐するつもりなら、このレイド崩壊するね」
わたしがポツリと呟くと、碓氷さんは「ほっとけ」と笑い飛ばす。
無茶するのもMMOの楽しみの一つだが...スインベルン・オンラインはそこにリスク、lstが付いて回る。
このレイドが17.8のプレイヤーだけのレイドだとしても、武装ゴブリンには勝てないだろう。いや、このゲームを知り尽くした上にPSが恐ろしく高かったら不可能ではないが...討伐はほぼ無理だ。
そう思った直後、わたしは小さく息を吐き出し、心に生まれたモヤモヤを薄くした事に気付く。
これは...安心した?
このレイドにlstの危険があるのに、わたしは “このレイドではボスを討伐するのは不可能” と答えを出した瞬間に安心した。
倒されるのが嫌なワケではない。ボスが倒されなければ[スタートルの街]からこのゲームは進まない。もちろんフィールドボスを倒した程度では次の街は解放されないが。
なら、この安心は何だろうか。
簡単だ。
わたしがいない場所でボスを倒されるのが嫌なだけだ。オンラインゲームにどっぷりハマっている、またはこのスインベルン・オンラインにどっぷりハマっているプレイヤーならば、必ず思う事。
フィールドボス、インダンボスは1度しか倒せない、リポップしない超絶レアなモンスターなのだから。
「自分が参加してないレイドでボスを倒されるのは嫌、自分の知らない所でゲームが進められる事が嫌、自分が1ミリも関わってない状態で解放された街へ行くのが凄く嫌、そんな顔してるわよ?」
レンズ越しのニヤつく瞳をわたしへ向け、愛ちゃんがそう言い、わたしの肩を軽く叩く。
「オンラインゲームをプレイする人間のほとんどが、似たような事を考えるわよ。別に悪い事じゃないと思うけど...そう思うなら、行ったら?」
「え?どこに?」
「プレイヤーとしてスインベルン・オンラインに。レベル1からだから...今回は無理でも次回から参加したり、徐々に参加したり、運営としてじゃなく、プレイヤーとして少しでも関われば気持ちも変わるんじゃない?」
愛ちゃんのこの言葉に続く様に滝口さんがクチを開く。
「ほら、ギルメンの面倒ばかり見ていたらギルマスの成長速度が遅くなったりして、最初はいいけど、後々ギルドなのか甘やかし場所なのかわからなくなる時もあるじゃん?」
「いや、タッキーそれ意味わかんないし、今そんな話ししてないじゃん?」
滝口さんの言葉の意味が理解出来ず───理解は出来たが今その話しじゃないだろ!と思ったわたしはスルースキルを使う事なく対応した。すると滝口さんは「あらら」と溢し、すぐまたクチを開いた。
「ゲームをもっと面白いものに、もっとこのゲームを良くしよう!って気持ちは運営チーム所属なら絶対必要な気持ちで当たり前の気持ち。でも、れいんちゃんは運営チーム所属であり、プレイヤーでもあるワケでしょ?ゲームのお世話するのも大事だけど、プレイヤーとして楽しむ事もしなさいな って事」
ゲームのお世話...運営とプレイヤー。
両立させるのは難しい事だと思っていたけど、両立させようとしていた頃が、れいんとレインが存在していた頃が一番...運営としてもプレイヤーとしても楽しかったのは確かだ。
「システムやアイテムへただならぬ欲と、プレイヤー目線でゲームを見極めれるキミだからこそ、運営兼プレイヤーのポストを与えたのだが...プレイヤーを捨てるつもりなのか?れいん」
わたし達のボス、スインベルン・オンライン代表の赤城さん。
確かに今のわたしはプレイヤーではなく、運営で、テストするだけでゲームへログインしている。それもGMキャラで。
「全部知っていたら楽しめない。そう思い、各チームがキミにも秘密でアイテムや装備品、モンスターを追加しアップデートしているんだ。プレイヤーとしてのキミは運営ではなく、ユーザー。我々はユーザーに楽しんでもらう事が何より大切で、楽しませるのが仕事だ」
確かに現時点で、わたしの知らないダンジョンや装備が実装されていた。
実装後にそのデータを確認して、バランス崩壊まで行かないが、まぁまぁの壊れ性能を見せた防具などを知り、あの時、確かにワクワクした。
「楽しみたいならプレイヤーとして、自分でキャラクターを作成して、スインベルン・オンラインへ行きなさい。もちろん運営業も確りやってもらうが、管理者権限を使ってレベルアップさせる事も出来るが...キミにはナンセンスだろう?」
「...そうですね。プレイヤーとしてもう一度スインベルン・オンラインへ行こうと思います。管理者権限は...知識だけで充分です」
代表の赤城さんへそう答え、わたしはもう一度キャラクターを作成する事を決めた。
やっぱり、わたしはプレイヤーにもなりたい。
運営でプレイヤー、それがわたしのポジションで、それがわたしの求めていたポストなんだ。
プレイヤー部分を失ってはじめて、プレイヤー部分の大切さがわかった。
ゲームを楽しむ事を、レインはlstしてまで教えてくれたんだ。きっと。
「運営でプレイヤーも楽じゃないネ」
「ちょ、ソフィ、それわたしのセリフじゃん!」
「...?、わからんワ、日本語むずかしネー」
もう一度、スインベルン・オンラインへ。
プレイヤーとして。
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